高橋由典

社会学者。『社会学者、聖書を読む』2009年、『続・社会学者、聖書を読む』2020年(…

高橋由典

社会学者。『社会学者、聖書を読む』2009年、『続・社会学者、聖書を読む』2020年(いずれも教文館)の著者。京都大学聖書研究会では、キリスト教になじみのない人がふつうに感じる疑問を大切にして聖書を読んでいます。ここでは学期中、週1で開かれるこの会の記録を書いていきます。

最近の記事

♯28 「分裂をもたらすために来た」とはいったい何のことか/ルカによる福音書第12章49-53節【京都大学聖書研究会の記録28】

【2024年5月28日開催】 5月28日はルカによる福音書 12:49-53 を読みました。今回はたとえ話ではありませんが、前回から引き続いてイエスの話です。今回は、前回とはちがい、「再臨」が主題にはなっていませんが、イエスの受難への言及があったりして、何か節目の時を前にした緊張が伝わってくる内容となっています。それゆえ(だと思いますが)イエスの言葉は厳しい。その厳しさをどう受けとめるか。それが今回の課題です。 「火を投ずること」と「分裂をもたらすこと」 ごく短い箇所で

    • ♯27 「目を覚ましていなさい」という勧めを聞き、みんなで頭を抱えてしまった/ルカによる福音書第12章35-48節【京都大学聖書研究会の記録27】

      【2024年5月21日開催】 今回はルカ福音書12:35-48を読みました。いわゆる「再臨」を迎えるにあたっての心構えについて語られた箇所です。 今回は、新しいメンバーも含め、多くの参加者があったのですが、テーマが「再臨」だったせいか、あるいはテキストが細切れ的な構成になっていたせいか、話題があちらこちらに飛び、何だか収束困難という事態になってしまいました。テキストから再臨という問題を突きつけられ、みんなで頭を抱えてしまったといった感じです。今回初めて参加された方も含め、最

      • ♯26 サウルの死をみんなで考えてみた/サムエル記上第31章【京都大学聖書研究会の記録26】

        【2024年5月14日開催】 5月14日はサムエル記上第31章を読みました。サムエル記上の最終章で、王サウルの最期が描かれたところです。イスラエルがペリシテ軍に追いつめられるという状況下で、王サウルがいよいよ最期を迎えます。この章には、①サウルと3人の息子の死(1-7節)、②ペリシテ軍がサウルを斬首し、遺体を城壁にさらす(8-10節)、③サウルに恩義のあるヤベシュの人々がサウルの遺体を引き取り、葬る(11-13節)という3つのエピソードが記されています。 今回の報告 ①

        • ♯25 窮地を脱出するダビデ/サムエル記上第30章【京都大学聖書研究会の記録25】

          【2024年5月7日開催】 5月7日は、サムエル記上第30章を読みました。ダビデの物語の続きです。前回は、ダビデが寄留していた敵ペリシテの民から、「お前は信用できない」と言われ、居留地に帰還するという話でした。これからペリシテ軍の一員としてイスラエルの民と戦おうとしているときに、「信用できない」と言われた。このイスラエルからやって来た人物(ダビデ)は、いざ戦闘となったときに自分たちを裏切るかもしれない。ペリシテの人たちはそう思ったわけです。  サムエル記上第30章 そのダ

        ♯28 「分裂をもたらすために来た」とはいったい何のことか/ルカによる福音書第12章49-53節【京都大学聖書研究会の記録28】

        • ♯27 「目を覚ましていなさい」という勧めを聞き、みんなで頭を抱えてしまった/ルカによる福音書第12章35-48節【京都大学聖書研究会の記録27】

        • ♯26 サウルの死をみんなで考えてみた/サムエル記上第31章【京都大学聖書研究会の記録26】

        • ♯25 窮地を脱出するダビデ/サムエル記上第30章【京都大学聖書研究会の記録25】

          ♯24 「何を食べようか」と「富を天に積む」/ルカによる福音書第12章22-34節【京都大学聖書研究会の記録24】

          【2024年4月30日開催】 4月30日にはルカによる福音書12:22-34を読みました。「命のことで何を食べようか、体のことで何を着ようかと思い悩むな」で始まるイエスの言葉が、記されているところです。マタイ福音書6章にもほぼ同内容の言葉が記されています。マタイの場合、山上の説教(5-7章)の一部を構成していて、「明日のことは明日自らが思い悩む」という有名なフレーズがそこに含まれています。ルカにはその句はないのですが、その代わり、命と体について語った22-31節(①)の後に、

          ♯24 「何を食べようか」と「富を天に積む」/ルカによる福音書第12章22-34節【京都大学聖書研究会の記録24】

          ♯23 「神の前に豊か」とは何か【京都大学聖書研究会の記録23】

          【2024年4月23日開催】 ルカ福音書12:13-21を読みました。今回のテキストは、相続あるいは作物の保管のことが話題となっていて、参加してくださったみなさんが、個人的な経験を披歴してくださったりして、身につまされるとともに、なかなかに楽しい会となりました。ただテキストの信仰的な意味については、漠然とした理解以上に進むことが難しく頭を抱えました。私たちの会では、正直言って、こういうこと、よくあります。大変よくあります、というべきか。全員素人の会なので、致し方ないところも

          ♯23 「神の前に豊か」とは何か【京都大学聖書研究会の記録23】

          ♯22 ダビデは危うく自分の民と戦うところだった/サムエル記上第29章【京都大学聖書研究会の記録22】

          【2024年4月16日開催】 序 4/16にはサムエル記上第29章を読みました。4/9に読んだ28章では、サウルが口寄せ(霊媒)のところを訪ねたという話がメインでした。今回は、一転ダビデの話になります。ダビデはサウルから逃げ回り、イスラエル領内に居場所がなくなったせいか、敵軍であるペリシテ・ガトの王アキシュのもとに身を寄せていました(27章)。ペリシテ人は、地中海方面から現在のパレスティナに入ってきた民で、海岸に近いアシュケロン、アシュドド、エクロン、ガト、ガザという5都

          ♯22 ダビデは危うく自分の民と戦うところだった/サムエル記上第29章【京都大学聖書研究会の記録22】

          ♯21 サウル、口寄せを訪ねる/サムエル記上第28章【京都大学聖書研究会の記録21】

          【2024年4月9日開催】 序 聖書の舞台であるパレスティナの現状が気になって仕方ありません。ガザのジェノサイドは半年以上も続き、少しも停戦の気配がなく、重い気持ちの日々が続いています。ネタニヤフはラファへの攻撃などと言っています。うーむ。 新年度第1回目の今回は、サムエル記上第28章を読みました。はじめにそこに至るまでのストーリーを簡単におさらいしておきます。 サムエル記上は、預言者サムエルの誕生から始まりますが、その後王制の設立、最初の王としてのサウルの登場が描か

          ♯21 サウル、口寄せを訪ねる/サムエル記上第28章【京都大学聖書研究会の記録21】

          ♯20 偽善に注意せよ/ルカによる福音書第12章1-12節【京都大学聖書研究会の記録20】

          【2024年1月23日開催】 1月23日の聖研では、ルカによる福音書第12章1節‐12節を読みました。断片の集積のようなテキストで、脈絡を見つけるのがなかなかに困難でしたが、みなさんと話し合っているうちにおぼろげながら、ストーリーが見えてきた気がします。 最初に12:1-12に何が書いてあるかを紹介しておきます。新共同訳あるいは聖書協会共同訳では3つの段落に分けられています。すべてイエスが弟子たちに向かって語った言葉です。第1段落(1-3節)では、「ファリサイ派の人々のパン

          ♯20 偽善に注意せよ/ルカによる福音書第12章1-12節【京都大学聖書研究会の記録20】

          ♯19 序列化、そして冒瀆の罪/ルカによる福音書第11章37-54節【京都大学聖書研究会の記録19】

          【2024年1月16日開催】 1 今回読んだ箇所 ルカ福音書11:37-54をみなさんとともに読みました。この箇所は、ファリサイ派、律法学者批判がまとめられているところです。「あなたたちファリサイ派は不幸〔禍〕だ。会堂では上席に着くこと、広場では挨拶されることを好むからだ」といった具合です。この調子で、ファリサイ派と律法学者が別々にいくつもの内容にわたって批判されます。 マルコ、マタイにもこれと同様の記事があります。両福音書においては、エルサレム入り後にその批判がなされ

          ♯19 序列化、そして冒瀆の罪/ルカによる福音書第11章37-54節【京都大学聖書研究会の記録19】

          #18 再び和解が消える/サムエル記上第27章【京都大学聖書研究会の記録18】

          【2024年1月9日開催】 サムエル記上第27章を読みました。熱い珈琲を持参してくださった方がいて、美味しい珈琲をいただき、ドーナツを頬張りながらの恵まれた聖研でした。 はじめに27章のストーリーをまとめておきます。 ①ダビデはサウルの追跡から逃れる手段はこれしかないと思い、敵国ペリシテに兵員600とその家族ともども移住する。敵国に逃げれば、さしものサウルも追ってくることはできない。一種の亡命である。 ②ダビデはペリシテ・ガトの王アキシュ(新共同訳)からツィクラグという町を

          #18 再び和解が消える/サムエル記上第27章【京都大学聖書研究会の記録18】

          ♯17 救出されたダビデ/サムエル記上第26章【京都大学聖書研究会の記録17】

          【2023年12月12日開催】 今回もまた大変に恵まれたひと時でした。みなさんとともに聖書を読む楽しさと恵みを存分に味わいました。今回読んだ箇所はサムエル記上第26章。以下のようなストーリーです。 ①ジフの人々が再度ダビデの居場所を通報し(23:19-20にも同じようなことがありました)、サウルはその情報に基づいて捜索を続け、ダビデ軍と相対するに至る。 ②ダビデとアビシャイ(ダビデの部下)は夜間サウルの幕営地に侵入し、就寝中のサウルと司令官アブネルを見つけ、サウルの槍と水差

          ♯17 救出されたダビデ/サムエル記上第26章【京都大学聖書研究会の記録17】

          ♯16 光はすでに届いている/ルカによる福音書第11章27-36節【京都大学聖書研究会の記録16】

          【2023年12月5日開催】 ルカ福音書11:27-36を読みました。 11:27-36にはそれぞれ独立の内容をもつ3つの段落があります。①イエスの母を祝福する女とイエスの応答(27-28節)、②天からのしるしを求める人々に対して、「今の時代の者たちはよこしま」と言い、「ヨナのしるしのほかにはない」と結論づけるイエスの言葉(29-32節)、③目を体のともし火になぞらえたイエスの言葉(33-36節)、という3つの内容です。 ①では、イエスに感嘆した女性が、あなたの母は何と幸い

          ♯16 光はすでに届いている/ルカによる福音書第11章27-36節【京都大学聖書研究会の記録16】

          ♯15 味方しない者は敵/ルカによる福音書第11章14-26節【京都大学聖書研究会の記録15】

          【2023年11月28日開催】 ルカによる福音書11:14-26を読みました。 14-23節には「ベルゼブル論争」として知られる内容が記されています。イエスが悪霊払いをして唖者の癒しを行うが、その癒しを「悪霊の頭ベルゼブルの力で悪霊を追い出している」という者がいたので、イエスが反論。「悪霊が悪霊を追い出す、では内輪もめになってしまう。そんなことはありえない。わたしは神の指で悪霊を追い出している。そうである以上、神の国はもう来ている」。イエスは最後に「わたしに味方しない者はわた

          ♯15 味方しない者は敵/ルカによる福音書第11章14-26節【京都大学聖書研究会の記録15】

          ♯14 ダビデ、キレる/サムエル記上第25章【京都大学聖書研究会の記録14】

          【2023年11月21日開催】 サムエル記上第25章を読みました。今回もみなさんと一緒に聖書を読む醍醐味を味わった感があります。 1 あらすじ ①サムエルの死が告げられた(1節)あと、ナバルという人物が登場する。裕福な人物で、ダビデの集団も彼の牧童たちを守る仕事をしていたらしい(16節)。ナバルが羊の毛を刈る「祝いの日」にダビデは従者を送って、祝いの日のお裾分けを要望した。祝いの日に隣人に(食べ物を)ふるまうことは当時よくあったらしい。ダビデはその慣行を当てにして、何か分

          ♯14 ダビデ、キレる/サムエル記上第25章【京都大学聖書研究会の記録14】

          ♯13 サウル、自らの非を認める/サムエル記上第24章【京都大学聖書研究会の記録13】

          【2023年11月14日開催】 サムエル記上第24章を読みました。洞窟で偶然出会ったダビデとサウルが言葉を交わし、サウルがおのれの非を認めるという箇所です。ストーリーを確認することから始めましょう。 1 24章のあらすじ ①死海西岸にほど近いエン・ゲディというところの洞窟にダビデ一行は隠れていた。その洞窟にたまたまサウルが用を足しに入ってくる。部下は「今が殺すチャンス」とダビデを急き立てるが、ダビデはそれには応えず、ひそかにサウルの上着の端を切り取るにとどめる。切り取った

          ♯13 サウル、自らの非を認める/サムエル記上第24章【京都大学聖書研究会の記録13】