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ニシダ著『不器用で』が描く人の弱さ

失礼しますとしきりに声を掛ける滝くんは、声でわたしたちの領域を主張している。わたしにはそう見えていた。

p150「焼け石」より

娘を持つ父親目線で読むと滝くん最推し、という私情はさておき。
序盤は一途で空回りしがちな滝くんの初々しさに目がいきがちだったが、読み進めるにつれ主人公の大人ぶって強がっている描写が際立つ。大丈夫じゃないのに「大丈夫です」と言ってしまう弱さ。「大丈夫じゃないよ」と言える人間関係がどれほど貴重かを丁寧に描いている。

個人的お気に入りの焼け石以外にも4作品掲載されており、全体を通して「人の弱さ」を具体的に描いているのかな、と勝手に共通点を考察してみた。例えば冒頭の『遺影』ではいじめに加担してしまう、加担するしかない弱さ。人を見下すことで自分の価値を見出す『アクアリウム』。惰性で日々を過ごして特に目的を見出さない『テトロドトキシン』に、年甲斐もなく小さな嫉妬をしてしまう『濡れ鼠』。

話のシチュエーションはかなり独創的で新しいが、個々の「人の弱さ」という所に注目すると、どれも自分に当てはめられる普遍的な物に感じる。本の中で並んでいる話の順に年齢層も上がっているのかな。自分の年代はおそらくテトロドトキシン辺りだけど、焼け石が一番面白かった。精神年齢がまだ大学生なのかもしれない。

ワードセンスはもちろん言及するまでもなく良いが、この本の価値はそれぞれの弱さにしっかり寄り添っているところ。そして道筋を説教くさくせず示しているところかなと感じた。amazarashiがヒットする現代社会において、「励ますのではなく寄り添う」本著は評判以上に価値があると思う。おすすめ。


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