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舞台 「う蝕」 観劇レビュー 2024/02/24


写真引用元:瀬戸山美咲さん 公式X(旧Twitter)


公演タイトル:「う蝕」
劇場:シアタートラム
企画・制作:世田谷パブリックシアター
作:横山拓也
演出:瀬戸山美咲
出演:坂東龍汰、近藤公園、綱啓永、正名僕蔵、新納慎也、相島一之
公演期間:2/10〜3/3(東京)、3/9〜3/10(兵庫)、3/16(愛知)
上演時間:約1時間45分(途中休憩なし)
作品キーワード:不条理劇、会話劇、シリアス、震災
個人満足度:★★★★☆☆☆☆☆☆


演劇ユニット「iaku」を主宰し、最近では第27回鶴屋南北戯曲賞を受賞した劇作家の横山拓也さんの新作書き下ろし戯曲を、読売演劇大賞優秀作品賞や菊田一夫演劇賞を受賞している演出家の瀬戸山美咲さんの演出によって上演されたので観劇。
横山さんの戯曲は、最近だと「iaku」で『モモンバのくくり罠』(2023年12月)を観劇するなど、合計6回観劇しており、瀬戸山さんの演出は、『彼女を笑う人がいても』(2021年12月)、音楽劇『スラムドッグ$ミリオネア』(2022年8月)と2度観劇している。

物語は、「う蝕」と呼ばれる災害が起きた離島でデンタルチャートを作成しようとする歯科医たちの話である。
「う蝕」が起きたコノ島では、これが本島に戻れる最後の乗船だとアナウンスが流れて船が出発してしまう。
残された歯科医の加茂(近藤公園)は、コノ島で遺体を探索しようとするが足が地面に埋まってしまって動けない。
後輩の歯科医の木頭(坂東龍汰)がやってきて助けようとするが抜けない。
コノ島の向こうにはカノ島という島もあって刑務所のある島なのだが、そこでは「う蝕」は起こらず、コノ島ばかり被害に遭っていると二人は嘆く。
同じくデンタルチャートを作成する歯科医の根田(新納慎也)や、木頭と交代しようと駆けつけた同期の剣持(綱啓永)もやってくるが、もう一人、土木作業員の佐々木崎(相島一之)だと言って遺体捜索を手伝おうとする、見るからに不潔な老人がやってくるのだが...というもの。

終演後に公演パンフレットを読んでいて知ったのだが、今作はどうやら横山さんが不条理劇を意識して創作した戯曲らしく、普段の横山さんの戯曲とはまるで違う印象を感じながら観劇していた。
過去に6作品の横山さんの戯曲を観劇している身からすると、今作は劇中で登場する登場人物たちの言葉がどうも表層的過ぎて掴みどころがないように感じて、この作品が訴えたいメッセージを全然捉えきれなくて拍子抜けした。
横山さんの戯曲というのは、こんなにも軽薄であっさりとした内容だったかと首を傾げてしまうほどだった。
それほど脚本の出来に私は納得いかなかった。

不条理劇を表しているものの、私の知っているような不条理劇とはほど遠かったし、非常に抽象度の高い会話がずっと続いていて、これをそもそも演劇として上演する意味があるのかと思ってしまった。
普段の横山さんの戯曲には後半に必ず胸にグッと突き刺さる登場人物たちの会話の応酬があって、それが演劇として見応えがあったのだが、今作はそこまでの会話の応酬がない上に、不条理劇と表して全然伏線が回収されていかない感じがして物足りなかった。
抽象度の高い会話劇も、どこか核心を付いているようで誰でも思いついてしまいそうな浅はかな内容に個人的に感じてしまって、あまりのめり込めなかった。

そして、奇しくも今年(2024年)の初めに能登半島を巨大地震が襲ったため、その出来事と関連付けて考えられずにはいられなかったのだが、その会話の途中に急に登場するコミカルな会話が、逆に自然災害をエンタメとして消費しているようにも感じてしまって違和感を抱いてしまった。
このコミカルさは不条理劇としての側面らしいのだが、私は受け付けなかった。

ただ、役者陣は皆素晴らしかった。
特に、今作に出演している若手男性俳優を私はあまり存じ上げなかったが、坂東龍汰さんも綱啓永も素晴らしい演技をされていた。
そして新納慎也さんや近藤公園さん、相島一之さん、正名僕蔵さんといったベテラン俳優はしっかり味を出していて、演技力が素晴らしかったからこそ、今作の会話劇も聞いていられたのかもしれないとも感じた。

戯曲として台本を読むとまた違った印象に変わるかもしれないが、役者の演技レベルは非常に高いので、シアタートラムという小劇場でハイレベルなストレートプレイを楽しむという目的だけでも十分見応えのある演劇かもしれないと個人的には思った。

写真引用元:ステージナタリー 「う蝕」より。(撮影:細野晋司)




【鑑賞動機】

私の大好きな横山拓也さんの新作書き下ろし公演だったから。また、演出家に瀬戸山美咲さんの名前があって、瀬戸山さんの演出も好きだったから。この二人がタッグを組んで上演するのは初めてだと思うので、どんな化学反応が起こるのか期待しての観劇だった。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。

4つのダンボールのような平面によって隠された舞台装置が、不気味で力強い効果音と共に開いていく。そこには、ベンチが傾きまるで地震によって地割れしたようになった足場の悪い地面が広がっていた。
その後アナウンスで、今から出港する船は本島へ向かう最後の船なので、島を離れないといけない方は今すぐに乗り込むように指示される。そして船が出港するような音が聞こえる。
しばらくして、一人の男性(新納慎也)がやってきて辺りを歩き、下手側手前に一本の柱を立てて去る。
次に、歯科医の加茂(近藤公園)がやってくる。加茂は恐る恐るゆっくりと歩いていたが、下手側手前の所で足が地面に沈んでハマってしまい、身動きが取れなくなる。
そこへ、加茂の後輩で同じく歯科医の木頭(坂東龍汰)がやってくる。先輩の加茂の足がハマってしまって抜けないので助け出そうとするがなかなか抜けない。木頭は諦める。
加茂と木頭は、二人でぼんやりと太陽を眺める。木頭は太陽が下りると言っていて、加茂は太陽は下りるではなく沈むだと訂正する。木頭は、なんでそんな簡単な言葉が出てこなかったんだと自分を責める。二人の会話から、どうやらここはコノ島(このしま)という離島らしく、そこで「う蝕」という災害が度々発生していて、その災害によって沢山の人が生き埋めになっているから、彼らを捜索してデンタルチャートを作成して身元を特定しないといけない歯科医たちのようであった。

そこへ、先ほど一度登場した根田(新納慎也)がやってくる。根田も歯科医らしいが木頭も加茂も彼のことを先生と呼んでいるので、二人よりももっとベテランの歯科医なのかもしれない。根田はコノ島で歯科医をやっていた人物らしく、根田もデンタルチャートの作成で、コノ島に残って生き埋めになった遺体を探し、身元特定のための調査をしていた。
根田の話には、コノ島から少し離れた所にカノ島(かのしま)という離島もあるという。カノ島は、昔流刑者が島流しされてたどり着いた場所になっていて、今では刑務所が建設されているそうで、多くの囚人たちがそこで暮らしている。「う蝕」が起こっているのは、コノ島だけで周囲の島々には何も災害が起きていない。どうして囚人たちが多くいるカノ島では「う蝕」は起きないのに、コノ島ばかり起きるのだと根田は嘆く。

そこへ、一人の汚い作業服を着た男がやってきた。彼は佐々木崎(相島一之)だと名乗る。佐々木崎と名乗る男は、どうやら土木作業者の一人らしくて、コノ島が「う蝕」で大変な状況なのでその作業要員として本島からやってきたようであった。佐々木崎は、根田たちから佐々木崎は言いづらいからと「佐々木さん」と呼ばれて憤慨する。自分の名前は「佐々木崎」だと。
そこへ、一人のスーツを着た男性がやってくる。彼は、剣持(綱啓永)と名乗っていて木頭の同期であり、木頭がデンタルチャートの作業を交代したいと言ってきたから駆けつけたのだと言う。木頭は、親が金持ちでブランド品を沢山身につけて、スーツを着ている剣持に対して皮肉を言う。剣持なんて強そうな苗字をして実際は腰抜けだと。
剣持は佐々木崎と言葉を交わして疑問に思う。佐々木崎はどうやってこの島にたどり着いたのかと。佐々木崎が土木作業員であるのなら、きっと船には食料などを沢山乗せた巨大な船でやってきたに違いないが、船着場にはそんな船は一台も見られず、小さな漁船しかなかったと剣持は言う。佐々木崎は、その小さな漁船でやってきたと言う。
佐々木崎は、どうやら歯が痛むらしく苦しそうだった。剣持は佐々木崎の口の中を見ると、非常に口の中が汚くて虫歯だらけであった。剣持は、佐々木崎の口の中をしっかりと確認しようと器具を取り出して検査しようとした所、巨大な「う蝕」が再び起こる。その「う蝕」によって、ずっとハマったままであった加茂の足がようやく抜ける。
「う蝕」が収まると、先ほどまでここにいた佐々木崎がどこかに行方をくらませてしまった。加茂と木頭は、佐々木崎の行方を探そうとこの場を立ち去る。

日が暮れて、この場には根田と剣持だけになる。剣持は、かつてカノ島へ歯科検診の歯科医として呼ばれて行った時のことを話す。初めてカノ島の刑務所に足を踏み入れた剣持だったが、そこは想像を超えるほど残酷な環境だったと言う。囚人たちは手足をグルグル巻きに縛られて、歯科検診など受けたくないから無理矢理口の中を開けて歯の検診をする。人権なんてあったもんじゃなかったと。囚人たちは、よくこんな歯をしていて生きていられるなというくらい虫歯まみれで辛そうだったと言う。剣持は、二度とカノ島に足を踏み入れたくないと言う。
そんな剣持の話を聞いて、根田はカノ島に一度でも行こうと思っただけ凄いと讃える。

暗転し、時間は過去に遡る。ステージ上も「う蝕」が起きる前の地面が整備された状態となり、ベンチも正しい位置にちゃんと配置されている。

一人の白衣を着た男性(正名僕蔵)がやってきて様子を窺って立ち去る。
その後、先輩の加茂と後輩の木頭は5年ぶりの再会を果たす。木頭は、自分の同期の剣持がコノ島の「う蝕」によって遺体のデンタルチャートをやっていたが、交代してほしいという依頼があったので代わりにやってきたのだと言う。本当に剣持は腰抜けだと木頭は剣持を貶している。
加茂は、ずっと何か形のないものに怯えているという心境を木頭に打ち明ける。死というのは形のないものである。いつ自分が「う蝕」によって死んでしまうか分からないという形のないものによってずっと恐怖していると言う。死だけではなく、情報、仮想通貨、嘘といった形のないものがこの世には沢山ある、そういったものに自分は振り回されてしまっていると言う。木頭は、まるでバカにでもしているかのように鼻で笑い、加茂を落ち着かせる。
そこへ、先ほどの白衣を着た男性が再び現れる。彼は、先ほどの加茂が抱えてた恐怖に対して興味深いと共感する。白衣の男は自己紹介する、名前は久留米といって何でも科の診察をしているという。加茂と木頭は、そのなんでも科という科に疑問を抱きながらも、二人は彼の言葉を聞いていた。久留米は、「う蝕」を経験することで見えない何かにずっと恐怖することになると言う。
久留米が去ると、加茂は早速木頭を連れて遺体安置所に行こうと言う。そこにはデンタルチャートを作成しなければいけない遺体がいると言う。木頭は早速その言葉に恐怖する。剣持が自分に交代を申し出た理由が少し分かった気がすると。二人は捌ける。

暗転して、再びステージは劇前半と同じように、ベンチは傾き、地面は地割れによって足場が悪い状況に様変わりする。そして辺りは夜になって真っ暗闇である。

根田は懐中電灯を照らしながら、地面から何かを探そうとしている様子である。そこへ、加茂と木頭もやってくる。佐々木崎と名乗る男は探したけれど見つからなかったと言う。そして加茂はまたしても片足が地面に埋まってしまって身動きが取れなくなる。
そこへ、佐々木崎を捕まえた剣持がやってくる。逃げていた佐々木崎を捕えたと、今度こそは逃さず歯科検診をすると言う。そこへ、白衣姿の久留米がやってくる。加茂と木頭は久留米のことを知っていたが、他の人は久留米とは初対面だったので、自己紹介する。そして久留米は、ここにはこの島にいてはいけない人物が紛れていると力強い口調で言う。久留米は、実は自分はなんでも科の人間ではなく、カノ島の刑務所に務める警察官?であることを明かす。
久留米は佐々木崎と名乗る男を指指し、お前は佐々木崎ではない。クリガキだと叫ぶ。佐々木崎を名乗っていた人物は自分が佐々木崎でないことは認めるが、自分の名前は栗ではなく粟だ、アワカキだと叫ぶ。そして久留米は、アワガキと叫んで、アワカキだと、ガキでなくカキだと主張する。
久留米は、カノ島の囚人を4人コノ島の作業員として派遣したが、このアワカキが他の三人の囚人を殺してコノ島に逃れていると訴える。

アワカキは話す。自分は他の三人の囚人と小さな漁船でカノ島からコノ島に向かっていた。しかし、その中にいた二人の囚人が船の中で取っ組み合いを始めて一人が一人を殺してしまう。殺してしまった囚人に対して、何をしているのだと大きな体格をした三人目の囚人が、殺してしまった囚人を追及する。そして再び取っ組み合いが始まり、囚人を殺した囚人を誤って海に突き落としてしまう。まずいと思った体格の良い囚人は、その囚人を助けようと同じく海に飛び込む。その二人の囚人は海から上がって船に戻ってくることなく、アワカキだけを乗せてコノ島にたどり着いたのだと言う。
そんなアワカキのエピソードを聞いて、根田が彼に質問する。アワカキがこの島に一人でたどり着いてから今までどうしていたのかと。根田は、アワカキがコノ島にたどり着いてからの心境やなどを聞きたいと言う。アワカキはそこについては話してくれず、根田は徐々に感情的になって話してくれとアワカキに迫る。根田は、自分もずっとそういう状況でその気持ちを共感してくれる人がいないと。
アワカキは久留米に連れて行かれてこの場を去る。

木頭は沈丁花を見つける。沈丁花はどうやら近くの瑞香院という神社に沢山咲いているようである。木頭は沈丁花を口にすることによって、自分の歯も虫歯にならずに保たれると知って興奮する。木頭はそのままさらなる沈丁花を探しに、元気よく根田と加茂の元を離れていく。加茂は、木頭のことを変わった奴だと呆れている。
その時、根田は自分がいた場所から靴が片方だけ見つかる。それと同時に、加茂のハマった足も抜ける。不穏な音楽と共に、根田と加茂は目を合わせ、根田は靴が見つかった場所に木造の柱のようなものを立てて埋める。ここで上演は終了する。

上演中は、抽象度の高い会話がずっと続いていて、その会話が果たして劇全体としてどういう意味を持つのかを捉えきれなかったものが多かったが、こうやって詳細にストーリーを記憶を元に順々に書き出していくと、色々と見えてくるものがあった。
きっと今作は、実際に震災などによって被災された方が観たらきっと感じ方は全く異なってくるのではないかと思った。実際に震災を経験することによって、ずっと自分の住んでいる環境がとても住めるような状況でなくなってしまう状態が何年も続いたり、自分の身近な人を亡くした経験がある人であったら、きっと今作を観劇して感じることは他の経験していない方よりもだいぶ異なってくると思う。そういう意味で、自分はまだ「う蝕」の本当の恐ろしさを知らない木頭の立場に近かったのかもしれない。そう考えると、自分の経験もまだまだ浅はかだったし、まだ経験していないが故の感性の鈍さもあるのかなと思った。
被災された方がこの作品を観たらどう感じたのかも知りたくなる脚本だった。

写真引用元:ステージナタリー 「う蝕」より。(撮影:細野晋司)


【世界観・演出】(※ネタバレあり)

横山さんの戯曲を、今作では演出家の瀬戸山美咲さんが演出するということで、果たしてどんな作風に仕上がるのかと楽しみだったが、割とシリアスでずっと心の中が不穏な気持ちで包まれるそんな演劇に仕上がっていて、演劇としての没入感が凄い作品だった。
舞台装置、舞台照明、舞台音響、その他演出の順番で見ていく。

まずは舞台装置から。
シアタートラムのステージに、巨大な段ボール箱を横に倒したような舞台装置が一つセットされている。段ボールの蓋に相当する4枚のパネルは、客席に向かって開いていて、その巨大な段ボール箱の箱の中がステージになっていた。
舞台セットの外観は、とにかく段ボール箱に沢山の紙を無造作に貼り付けたようなセットで、そこからは地震のような震災によって辺りが瓦礫まみれになってしまった風景を表しているようだった。簡単に作れてしまいそうで、実は意外と舞台セットとして見たことがないユニークな作りになっていて面白かった。
劇の構成として、木頭たちがアワカキに出会う場面と、その少し前の「う蝕」が酷くなっていなかった加茂と木頭が再会する場面と、アワカキの正体が分かる場面の3つに分かれているが、そのうちの一つ目の場面と三つ目の場面は、「う蝕」が酷くなってしまった世界線なので同じ舞台セットになっていて、上手側に傾いたベンチが置かれていて、地面は破れた紙が無造作に張られてまるで瓦礫まみれの地面のような世界観になっていた。一方で、2つ目の「う蝕」がまだ酷くなっていないシーンでの舞台セットは、ベンチも下手側に傾かず綺麗に置かれていて、地面にも紙の断片が張られていない普通の床面になっていて大違いだった。
一つ目のシーンと三つ目のシーンで、加茂はそれぞれ片足が地面にハマってしまう。きっとこれは、加茂が見えない何かにずっと振り回されて自由に身動きが取れなくなっているという心情を表すメタファーとも捉えられると思うのだが、その足を沈み込ませられるだけの穴を舞台セットに2つ用意していて、それを毎公演ごとに紙で貼り直すのも大変そうだなと見ていて思った。きっと、他の役者たちは、その穴に気をつけながらステージ上を移動しないといけないと思うから、そういった動線でも注意ポイントがあると思っていて、役者陣の対応力が試されるなとも感じた。
また、物語の序盤に根田によって下手側手前に、終盤に中央におそらく木で作られた背の高い柱のようなものが立てられている。これはラストシーンで片足だけの靴が見つかったことによって立てられたので、これは「う蝕」によって亡くなった人々の碑のようなものであると窺われる。根田は、そこに碑を立てることによって死者への手向としているのだろうと考えられる。
とてもユニークな舞台装置で、そして今作の世界観をとてもよく再現しているので巧みな演出だと感じた。

次に舞台照明について。
舞台照明は、大きく1つ目のシーン、2つ目のシーン、3つ目のシーンで大きく変えられている。1つ目のシーンでは、「う蝕」が起きた日の夕方のシーンなので、どこか薄暗く先行きの見えない感情を想起させる照明になっていたと感じた。そして、徐々に夜に向かうので暗くなっていった照明だった。一方で、2つ目のシーンはまだ「う蝕」が起きる前のシーンなので、全体的に照明も明るかった印象があった。まだまだコノ島に希望?があるシーンに思えた。3つ目のシーンは、1つ目のシーンに続く夜なので暗く青い照明が印象的だった。一番暗い印象を持つ照明だった。また、3つ目のシーンの序盤で根田が照らす懐中電灯の明かりも好きだった。
また、序盤の「う蝕」が起きたと考えられるタイミングでの真っ赤な照明も印象的だった。ちょっとSF映画のようにも感じるオープニングだった。これはこれで凄く引き込まれた。

次に舞台音響について。
音楽は不穏なものが多かった印象だった。場転中や序盤、終盤など基本的に会話が続いているシーンには音楽はなかったが、それ以外のシーンではずっとシリアスなBGMが流れていた。
特に、物語序盤の「う蝕」が起きたとされるシーンでの真っ赤な照明とともに聞き心地の悪い音楽が流れていたが、結構長い時間流れていたので、気分を悪くしてしまう人はもしかしたらいるかもしれない。
あとは、あの船に乗ってください、最後ですみたいなアナウンスはどこかSF映画っぽかった。横山さんの作品でこんな始まり方もするんだと、この段階で今までの作品と大きく違う予感を感じていた。
あとは、沈丁花が強調されるシーンで、シャリーンと効果音が流れることに対してはちょっと違和感があった。なんかケレン味を感じるというか、ここだけ凄くベタな演出だなと感じて横山さんの作品には合わないような気がした。

最後にその他演出について。
考察パートでも触れるが、この戯曲、作品にはメタファーのような機能を果たすものが数多く存在する。
まず「沈む」という言葉について。序盤で木頭は太陽が沈むと言う言葉を思い出せなかった。それは、地盤が「沈む」を意味する「う蝕」をそもそも知らないということを暗に示しているようにも感じた。また、加茂は太陽が沈んでいるのと昇っているのどちらが良いかと聞かれて、昇っている方が良いと答えた。今のコノ島は「う蝕」が起こって地盤が沈んだ状態だから沈むというのがネガティブになっていて、何も起こっておらず日が昇っている方が良いと加茂は思ったのだと思う。
「う蝕」という言葉自体にも色々意味がある。そもそも「う蝕」という言葉は歯が蝕まれるという意味で、虫歯のことを指すようだが、虫歯によって自分の身がずっと痛みで締め付けられる思いというのと重ねて、震災によってずっと自分たちの生活環境が蝕まれて、さらに自分の心さえも蝕まれることを暗に表現しているのではないかと感じた。
加茂が見えないものに振り回されているというのも、足が地面に沈んでしまって抜け出せないという演出でメタファーとして表現している。しかし、それは嘘や情報、仮想通貨、死といった見えないものに振り回されるようだとも言っており、震災を経験してデマ情報が拡散され、緊急事態でパニックに陥った私たちがさらに振り回されてしまうという事実ともリンクする。
思い浮かんだものは上記だが、きっと戯曲を読めばもっとメタファーとして機能している演出は沢山あるのだろうと思う。

写真引用元:ステージナタリー 「う蝕」より。(撮影:細野晋司)


【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

今作には6人の男性俳優が登場し、若手俳優からベテラン俳優まで年齢層も幅広いのだが、どの俳優も皆演技力が高くて素晴らしかった。むしろ役者陣の演技力が皆高かったからこそ今作自体、終盤までずっと没入できたのではと思っている。
特に個人的に素晴らしかったと思うキャストについて記載する。

まずは、木頭役を演じた坂東龍汰さん。実は坂東さんのお名前自体もよく知らずでの観劇だったのだが、非常に若いのに素晴らしい演技力だった。
木頭は生意気な後輩の歯科医という感じなのだが、その生意気さがあまり癪に触らない程度でずっと見ていられる塩梅なのが素晴らしかった。なんで鼻につかないのだろうと考えていたのだが、きっと爽やかで清々しい演技をするからなのだろうなと思う。結構出番の多い役なので、生意気な感じが鼻につくようだったら割と耐えられないところを、坂東さんの巧みな演技でナチュラルに熟されていた印象があって素晴らしかった。
木頭というキャラクター像としては、「う蝕」の本当の怖さを知らないが故に凄くポジティブで元気に満ち溢れている姿が、他の登場人物と違って対照的で記憶に残った。でもきっと、震災の真の当事者になったことがない自分も木頭と同じような立場になるのかなとも思った。無知であるからこその6人の登場人物の中で浮いてしまっている感じ、でも本人はあまりそれに気づかずに自分らしく生きている羨ましさがそこにはある感じがした。

次に、剣持役を演じた綱啓永さん。綱さんも坂東さんと同様で、今まで私が認知していなかった若手実力俳優で、彼も素晴らしく引き込まれる演技をされていた。
スーツをびしっと着て、いかにも育ちが良さそうでというのはキャラクター像のイメージとも合っていてハマり役だった。木頭からは、ブランドものをいつも身につけている、親が金持ちとずっと揶揄されていたが、そんな剣持の方が木頭よりも厳しい環境を知っているというのが興味深い。
個人的に一番引き込まれた会話劇は、佐々木崎がいなくなって直後の根田先生にカノ島での歯科検診の話をするエピソード。囚人たちの手足がぐるぐる巻きにされて人権がない様子などが詳細に語られて、しかも生々しかったので記憶に残った。
当初剣持は凄く恵まれている環境に育って人間で、慈善活動として被災地にやってきて救助活動をしようとする、よくいる迷惑YouTuber的な存在かと思った。しかし全然違う所に着地してキャラクターとしても好きになれる要素があったから良かった。

個人的に最も印象に残ったのは、根田役を演じた新納慎也さん。新納さんはあまり横山さんの作品に出演されるイメージがなく、いつもミュージカルとかコメディばかりやっている印象があったので、シリアスな演技はどんな感じなのだろうと思って観ていたが、非常に似合っていて新納さんの普段とは違う側面を観られた印象。
観劇していて思ったが、根田は「う蝕」によって大切な人を亡くしているのだろうなとずっと思っていた。観劇中は誰を亡くしているかは分からなかったが、アワカキが一人でコノ島に上陸した話を聞いて、その後の話をしてくれと懇願したのは、おそらく大切な人間を亡くした時の感情のやり場について共感したかったのかもしれない。根田も、「う蝕」によって大切な人を亡くしたことによって、そのことをずっと引きづりながら生活している、つまり自分の心も「う蝕」によって蝕まれているのだろうと解釈である。

最後に、佐々木崎と名乗っていたが本名はアワカキだった囚人を演じた相島一之さんも素晴らしかった。相島さんは、ゆうめい『ハートランド』(2023年4月)や『多重露光』(2023年10月)で演技を拝見しているが、ちょっと身元不明なおじさんを演じるのが凄く上手いなと思う。
佐々木崎が最初に登場した時も、ちょっと怪しいおじさんだなと思いながら観劇していたが、彼のコミカルさが上回って、あまり彼を疑うような思考を与えなくて、物語に没入させてくれる演技をしていて素晴らしかった。
あとは『多重露光』の時でも感じたが、モノローグを語るのが上手いなと思う。人を惹きつける話し方を心得ているなと思う。囚人たちが次々と死亡していってしまう描写を淡々と且つ力強く物語れるって凄いなと感じた。

写真引用元:ステージナタリー 「う蝕」より。(撮影:細野晋司)


【舞台の考察】(※ネタバレあり)

ここでは、今作の横山さんの戯曲について考察していく。

公演パンフレットを読むと、この作品は2024年1月1日に起きた能登半島地震があったことをきっかけに大幅に戯曲が改稿されて上演されることになったそうである。改稿せずに上演に臨むとなると、内容から震災の被害を想起させてしまうものになってしまうためだそう。きっと、急ピッチの大幅な戯曲の改稿だったと思うので、横山さん、瀬戸山さんを始め、スタッフの方々は水面下で多大な対応された上での上演だったと想定されるので、まずはそちらの対応に関して痛み入る。
偶然にも災害を扱った今作の上演の1ヶ月前に、能登半島地震が起きてしまったのだが、能登半島地震が記憶に新しかったからこそ私は改めて震災のことについて、今作を通して考えるきっかけにもなった。
特に印象に残るのは、物語中盤に登場する加茂が語る台詞で、「う蝕」が起きてから見えないものに恐怖するようになり振り回されるようになったと言っていたこと。見えないものというのは、死かもしれないし、嘘、情報、仮想通貨といったものも振り回される恐怖対象になると言う。ここで私が想起したのは、まさに能登半島地震によってSNS上で拡散されたデマ情報である。能登半島に住む人々だけではなく、日本全国に住む人々が能登半島地震の発生について衝撃を受け、恐怖したことは記憶に新しいことだと思う。だからこそ、そういった恐怖に漬け込んで嘘の情報が流れてしまい、それに翻弄されてしまうというのはあると思う。大地震後の二次災害のようなものだが、地震といういつ起きるか分からないことによって、人々は見えないものに恐怖し、だからこそ嘘や情報にもすがってしまう恐ろしさは誰もがあの時痛感したのではないだろうか。
そしてその時の感情はたしかに「う蝕」によって蝕まれた感情だなと、今作を観劇して改めて思った。
加茂が発する、嘘、情報、仮想通貨(仮想通貨まで入れてしまうのは少々乱暴に思えたが)のくだりは、横山さんが果たして能登半島地震が起きる前から書かれていた台詞だったのか、それとも能登半島地震が起きてから書き足された台詞なのかは気になる所である。もし前者であれば、横山さんがまさに先見の明があったかのように素晴らしいメタファーだと思うし、後者であったとしたら「う蝕」と能登半島地震を意図的に関連づけようという演出にも感じられる。

公演パンフレットによれば、今作は日本の不条理劇を代表する劇作家である別役実さんの『眠り島』を参考に書かれているそうである。『眠り島』は私も読んだことがなかったが、あらすじは以下のようなものである。
眠り島という離島があって、かつてはそこは軍艦島として使用されていて、それが今では軍艦島として機能していた炭鉱が閉鎖されて眠り島と呼ばれるようになったらしい。その眠り島には、行方不明になっているトム・トム・オーベルという人物がいて、主人公のホーボーは彼を捜索するために眠り島に足を踏み入れるのである。
しかし、ホーボーは眠り島で彼を捜索しているうちに、次第に色々なものを失っていく。自分が何者なのか分からなくなったり、ここに来た目的が分からなくなったりするのである。
それは、眠り島というのがある種国家というメタファーを持ち合わせているからで、人々は皆社会の中で生きることによって、次第に国家に知らず知らずのうちに順応していってしまうという不条理を描いた作品でもある。

この『眠り島』をベースに考えると、眠り島と国家、そして「う蝕」と震災をメタファーの関係と捉えると、不条理劇的な今作の解釈が出来るのかもしれない。
人々は震災という形のない恐怖対象に翻弄されることによって、しらずしらずのうちに心が蝕まれて支配されてしまう。その支配からは簡単には逃れることが出来ない。
きっと、これは実際に震災を体験した人の方が理解できるものなのかもしれない。私は東日本大震災の時に関東にはいたので、そこそこ大きな地震というのを経験はしたことあるが、大地震によって家が倒壊したり知人を亡くしたみたいな経験はないので、そういう意味では被災者になったことはない。もし、今作を被災者の方が観劇したのならば、きっとこの震災によって心が蝕まれるという感覚が、もっともリアリティを持ってくると思うので、被災者の方がこの作品を観劇してどう思うかは非常に気になった。
度重なる余震に耐えながら、いつライフラインが復旧するか分からない、いつ物騒なことに巻き込まれるか分からないという恐怖の中で生き続けることによって、たしかに人の心は振り回されて正気を失ってしまうものなのかもしれない。

過去の横山さんの戯曲を合計6本観劇したが、今作は今までの作品とは大きく違って不条理劇にしているとのことだったが、だとしても過去の作品と比較して私もしっくりこない箇所があった。
それは、カノ島が登場することである。横山さんがカノ島を登場させて何を描きたかったのか、そこに関しては改めて内容を思い返しても納得いくアンサーは見出せなかった。
コノ島は一般住民の暮らす普通の離島だが、度重なる「う蝕(=地震)」が襲う。一方でカノ島には刑務所があって、囚人たちが暮らす監獄島のような存在だが、「う蝕」は起こっていない。多くの人々はカノ島を恐れ近寄らなかった。カノ島は、普通に暮らす人々が直視しようとしない存在へのメタファー、つまり貧困、社会問題みたいなものなのかなと思う。社会から排除された存在みたいなものだと思う。しかし、その要素があまり「う蝕」と上手く絡んでこなくて個人的には回収されない感じがした。

あとは、私は上演後にSNSの感想を読み漁って知ったのだが、ラストで加茂と木頭は実は既に2回目の「う蝕」で死亡していたというオチのようである。根田が2つの碑のようなものを立てるのも、その二人が死んでしまったかららしい。
だからこそ、根田は自分だけ取り残された時の気持ちはどこへ持って行ったら良いのかみたいな感情になるのだし、剣持は再びコノ島に戻ってくるのである。しかし、この映画『シックス・センス』的な要素って果たして必要だったのかと思った。そんなエンタメ要素に頼らなくても、不条理劇として十分メインメッセージは伝わるし蛇足なのではないかと思った。

個人的には、やや不満が残る戯曲だったが、横山さんが描く不条理劇も今後も興味あるのでまた観劇に行きたいとは思う。

写真引用元:ステージナタリー 「う蝕」より。(撮影:細野晋司)


↓横山拓也さん過去作品


↓瀬戸山美咲さん過去演出作品


↓新納慎也さん過去出演作品


↓相島一之さん過去出演作品


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