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舞台 「SLAPSTICKS」 観劇レビュー 2022/02/12

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【写真引用元】
ロロTwitterアカウント
https://twitter.com/llo88oll/status/1474323412097310721/photo/1


公演タイトル:「SLAPSTICKS」
劇場:シアタークリエ
劇団・企画:KERA CROSS(キューブ×東宝)
作:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
演出:三浦直之
出演:木村達成、桜井玲香、小西遼生、壮一帆、金田哲、元木聖也、黒沢ともよ、マギー、亀島一徳、篠崎大悟、島田桃子、望月綾乃、森本華、羽島翔太、柏木凱斗
公演期間:12/25〜12/26(東京)、1/8〜1/10(大阪)、1/14〜1/16(福岡)、1/28(愛知)、2/3〜2/17(東京)
上演時間:約180分(途中休憩25分)
作品キーワード:ロマンチックコメディ、サイレント映画、くすっと笑える
個人満足度:★★★★★☆☆☆☆☆


ナイロン100℃を運営する株式会社キューブと東宝株式会社が合同で企画して、ケラリーノ・サンドロヴィッチさん(以下KERAさん)の過去の戯曲を様々な演出家によって上演していくプロジェクトである「KERA CROSS」の第四弾を観劇。
今回は、1993年にナイロン100℃で初演された「SLAPSTICKS」を、劇団ロロの三浦直之さんによる演出で上演し、主役のビリー・ハーロック役に木村達成さん、相手役のアリス・ターナー役に元乃木坂46の桜井玲香さんを迎えるという豪華キャスティング。
私自身もKERA CROSSの舞台作品は初観劇だが、KERAさん作の観劇は2度目であり、三浦さん演出は3回目の観劇となる。

物語はサイレント映画をテーマとしたロマンチックコメディ。
1939年のアメリカで、中年のビリー・ハーロック(小西遼生)は、1921年にとある事件で人気が失墜してしまった伝説のコメディアンであるロスコー・アーバックル(金田哲・はんにゃ)に関するサイレント映画作品を上映したいと、映画配給会社のデニー(元木聖也)に持ちかけるが、もう既にトーキー映画が主流になりつつあるハリウッドで、サイレント映画は、、、といった反応で難色を示した。
そこでビリーは、当時人気絶頂だったアーバックルがなぜ地に堕ちてしまったのかが繰り広げられるというもの。

とにかく舞台セットが豪華でファンタジックでお洒落。
ロマンチックコメディというジャンルに相応するかのように、華やかで洋風な建物が立ち並び、それらを上手く移動させてストーリーが進展していくので楽しかった。
またなんといっても、サイレント映画を題材とした舞台作品なので、場転でスクリーンに実際のサイレント映画の一部が上映されるのが見どころ。
舞台作品のレビューとは少し逸れてしまうかもしれないが、20世紀初頭のハリウッドではこんな体を張ったサイレントコメディが製作されていたのかと度肝を抜かれた。

ただ、ロマンチックコメディと言いながら、ビリーとアリスのキュンとさせるシーンはそこまで多くなかった印象で、終盤はかなりシリアスというか色々と観客に解釈を委ねるタイプのKERAさんらしい脚本構成だったので、ちょっとイメージしていたのとは違ったと思う観客は多いのじゃないかと思う。
演出的にも、もっと面白い観せ方はあったのじゃないかと感じるくらい、いつものロロの作品ほどはグッと惹き込まれるシーンは少なかった印象。

キャスト陣は、木村達成さんの爽やかな好青年ぶりに男性である私自身も魅力を感じてしまうくらい素晴らしかった。
あとは太っちょのコメディアンであるアーバックルを演じたはんにゃの金田哲さんの演技が好きだった。

舞台セットや舞台照明・音響がとても豪華で舞台芸術としても非常に見応えたっぷりの作品なので、多くの人に観て頂いて、ハリウッド初期のサイレント映画時代というものを知って頂きたいと思った。

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【写真引用元】
ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/gallery/news/459431/1731857


【鑑賞動機】

2021年11月に観劇したナイロン100℃の「イモンドの勝負」で、KERAさん脚本の魅力に惹かれ、それを私の好きな劇団であるロロの三浦直之さんが演出すると聞いたので観劇することにした。
内容も20世紀初頭のハリウッドのサイレント映画を扱うロマンチックコメディということで、非常に面白そうで楽しみにしていた。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

1939年のアメリカ。40歳が目前の中年のビリー・ハーロック(小西遼生)は、映画配給会社のデニー(元木聖也)にとあるサイレント映画の上映許可を持ちかけていた。それは、1921年まで人気絶頂にあった伝説のコメディアンであるロスコー・アーバックルが出演するサイレントコメディ映画であった。
しかしデニーは映画配給会社に勤めているにも関わらず、あまり映画には関心を示さず、ましてや当時トーキー映画が主流にありつつある中で、サイレント映画を上映しても儲からないと言わんばかりに、あまり関心を示してくれず後ろ向きだった。
そこでビリーは、デニーに対して1921年、ロスコー・アーバックルの人気が地に落ちてしまったとある事件のことについて語り始める。

1921年、若き頃のビリー・ハーロック(木村達成)は、当時ハリウッドでサイレントコメディ映画の映画監督をしていたマック・セネット(マギー)の元で助監督として働いていた。そして当時人気コメディアンとして人気を博していたロスコー・アーバックルを憧れ尊敬していた。
その日も、セネットは映画に出演するキャストに体を張った演技をさせてサイレントコメディ映画を撮影していた。マダムの格好をしたドロシー(森本華)やチャップリンを似せた格好をしたハリー(亀島一徳)、そしてやたらと食べる女マリー(篠崎大悟)などがキャストとして起用されていた。そこへ、セネットの元へ女優として出演したいと申し出るルイーズ(島田桃子)がやってくる。ルイーズの母(望月綾乃)もルイーズをセネットの映画へ出演させてくれと依頼する。
ルイーズを迎え入れて、セネットは早速映画の撮影を始める。しかしその時、キャリー(望月綾乃)という女優が遅刻して現場にやってくる。セネットは彼女の遅刻を責め立てるが、キャリーは首に包帯を巻いていて先日の撮影で窓から突き落とされて川に流された結果首の骨を折ったのだとセネットを責める。セネットは、そんなこと大したことないとキャリーの首の骨が折れたことにお構いなしだった。

ここで、20世紀初頭のロスコー・アーバックルと共演者の女優メーベル・ノーマンドの実際のサイレントコメディ映画の一部と、オープニング映像が流れる。

時は1921年9月4日の午後11時。深夜に仕事場で仕事をしていたビリーは、女優メーベル・ノーマンド(壮一帆)に絡まれる。ビリーは最初は彼女が泥酔しているのかと思っていたが、最後に一つの折りたたまれた薬包紙を渡されたことで、彼女はもしかしたらと気がついた時にはメーベルは去ってしまっていた。
ビリーは恐る恐るメーベルから渡された薬包紙を開ける。するとそこには白い粉、つまりコカインが入っていた。驚いたビリーは慌ててしまった拍子にコカインを間違って吸ってしまいむせ返る。
そこへ、仕事場の電話が鳴り始める。ビリーは電話に出る。その電話は、あのビリーの憧れの人気コメディアンであるロスコー・アーバックル(金田哲・はんにゃ)だったのだが、ビリーはパニック状態だったため、電話越しが警察だったと思ったらしく、ワーワー喚いてそのまま眠りについてしまった。
アーバックルは電話の受け答え人が、あまりにも意味のわからない返事をして、且つ途中で眠りについてしまったことに驚き呆れ、電話を切る。

ビリーは夢を見た。それは、8年前の1913年に彼が恋したアリス・ターナー(桜井玲香)という女性のことについて。
アリスは、サイレント映画上映時のピアノの生演奏を行うピアニストの卵だった。サイレント映画に合わせてピアノを弾くアリスは、いつも「テンポが早い」だのと叱られていた。
そんなアリスは、同じくサイレントコメディが好きなビリーと知り合い惹かれ合うことになる。
ビリーはアリスを自分の父(小西遼生)に会わせる。しかし会話を重ねていくうちに、アリスはビリーよりも自分の兄貴の方が好きみたいで結婚したばかりの兄貴の話ばかりしてしまい気まずい雰囲気になる。
結果、ビリーとアリスは別れてしまうことになるのだが、そんなアリスに8年越しに再会するところで目が覚める。

翌日の1921年9月5日の朝、セネットの元へアーバックルから連絡が入り、昨日の深夜に連絡をしたら電話番の者が受話器に出ながら途中で眠ってしまったということを報告。途中で眠るくらいなら電話に出なければいいのにと話す。
アーバックルはその日、サンフランシスコのホテルへ宿泊し、そこでパーティを開くことになっていた。
そこへ駆け出しの女優で売れていないヴァージニア・ラップ(黒沢ともよ)も、アーバックルの宿泊するホテルに居合わせ、彼に相談に乗ってもらおうと近づこうとした。すると、アーバックルが丁度今夜パーティを開くことになっているから出席すると良いと、ヴァージニアをパーティへ誘うのだった。

ビリーとアリスは、老婆(森本華)が営むブロマイド店を訪れる。そこには沢山のブロマイドが並べられていて、老婆の話に度々ブロマイド店に訪れる若い客も珍しいと言う。
ビリーとアリスは、2人でどのブロマイドを購入していくか決める。2人とも太っちょな俳優のブロマイドを手にする。それは、紛れもなくビリーの憧れのロスコー・アーバックルのブロマイドだった。

その夜サンフランシスコのホテルで事件が起きる。ヴァージニア・ラップは、そのパーティの最中に突然死亡した。ヴァージニア・ラップの遺体には体に暴行を加えられた痕跡があり、誰かに殺されたのだろうと類推され、その犯人としてロスコー・アーバックルが疑われ逮捕された。
各新聞メディアは、アーバックルが逮捕されたと知るや否や、これは大スクープだとばかりにどの新聞も彼を批判する記事を発行した。人気絶頂だったロスコー・アーバックルは、たちまちのうちに地に落ちることとなった。

ここで幕間に入る。

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【写真引用元】
ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/gallery/news/459431/1731861



死んでしまったヴァージニア・ラップが、何か話しながら歩き回っているが、声が一切聞こえてこない。まるでサイレント映画を見ているかのようである。ヴァージニアは、アーバックルやビリーに話しかけているが、如何せん彼女は声を発していないのでまるで彼らに彼女の存在は見えていないかのようだった。
アーバックルは牢獄の中にいた。看守(柏木凱斗)にこの牢獄の鍵を開けるように指図する。アーバックルが手にしていた新聞には、彼のことを非難したニュース記事だった。これは黙ってはいられまいと彼は牢獄を後にした。

ラジオ番組で、サンフランシスコのホテルでのパーティでヴァージニアが死亡した事件について取り上げていた。ビリーもそのラジオを聞いていた。
ラジオ番組には、アーバックルを擁護する者が話をしていた。しかしそこへ突如アリスがラジオに呼ばれてやってくる。ビリーは驚く。アリスは、彼女が事件当時唯一しらふの状態で現場にいた証言者としてラジオで取り上げられていた。アリスは、アーバックルがヴァージニアに対して暴行加えていたことを目撃したと伝える。
ビリーはそれを聞いてさらに驚きを隠せなかった。アリスは嘘を付いていると思った。

アリスは母親が引き出しから、アーバックルの直筆サイン入りのブロマイドを見つけた。そして、そこには「ビリー」という見知らぬ男性の名前が入っていて追及される。
8年前、アリスはアーバックルと初めて対面する時。アリスが手にしていたアーバックルのブロマイドに直筆のサインを書いてもらっていた。色々とサインを書く位置と書く内容で混乱があり、アーバックルの顔写真の上に文字を書く羽目になる。
アーバックルはコメディアンとしての演技やパフォーマンスをアリスに見せる。アリスは非常にテンション高く面白がる。しかし、アーバックルが椅子を太鼓のように扱って叩き出すと彼女はしらけてしまった。

アーバックルはレストランで、ビリーやセネットらと話をしていた。彼の人気が失墜してしまってどうしたものかと。
そこへレストランからも、彼がアーバックルだと知ると追い出されることになった。

ビリーはアリスと再会して店で会った。
ビリーは先日ラジオ番組でアリスが嘘の供述をしたことについて追及し、次の裁判では嘘の供述をしないように約束してくれとお願いする。アリスは頷く訳でも、首を振る訳でもなくこう言った。もはやアーバックルの一連の事件は、彼とヴァージニアの問題から逸脱してしまった。もはやこれはビジネスで、様々な映画配給会社やメディアがこの一連の騒動を利用していると。
ビリーはトイレに行きたくなってしまい、少し待っていてくれとアリスに頼むが、アリスはアーバックルのブロマイドを捨てて立ち去る。
戻ってきたビリーは彼女がいなくなっていることに絶望する。

1939年のアメリカに戻り、ビリーとデニーはお腹が空いたからとラーメン屋へ行こうとしたが、椅子が一つしかなくて何時間も待たなければならなかったから、別の姉妹店を教えられて行ってみたらまさかの家具屋で(たしかに椅子は沢山あると案内されたが)、そこから何時間も歩いてようやくご飯を食べてお腹が一杯になった所であった。
デニーはこの先の話の続きが気になっていた。結局アリスはどんな行動に出たのかとか、アーバックルはその後どうなったのかなど。
ビリーは話す。アーバックルは三度の裁判で無罪となった。アリスが彼を有罪にしようとした努力も無駄だったのかというと、そうではなくそもそも彼女はビリーと会ってから裁判には現れなかったのだと言う。その理由は誰も知らない。
そしてアーバックルは無罪になったものの、世間からの厳しい視線は変わらず、彼を以前のように人気者呼ばわりすることはなくなっただけではなく、彼を批判し続けた。
デニーは、現在アーバックルはどうしているかと尋ねると、ビリーはアーバックルもメーベルもみんな亡くなったと告げる。

若きビリーは、その事件後ずっと悪夢にうなされていた。優しいだけでは出生は出来ない。もっとずる賢く悪い人間にならなければ監督としてやっていけないと。

ヴァージニアが現れる。ヴァージニアは口元を見ると何かを仕切りに話しているのだが、声を全く発しておらず何を喋っているか分からない。その様子がスクリーンに映し出され、モノクロとなりそしてまるで20世紀初頭のサイレント映画のようになっていった。ここで物語は終了する。

1913年のビリーとアリスが恋した時代、そして1921年のアーバックルが逮捕された事件、そしてサイレント映画の時代が終わりを告げ、トーキー映画の時代へと移り変わった1939年の3つの時間軸を並行させながら、憧れや夢を追いかけた先に見えたものは決してポジティブなものではなく、大人の事情でビジネスや人道を欠いたような横行が広がっていてそこに飲み込まれていく光景に、色々と考えさせられることがあった。
今作ではサイレント映画からトーキー映画へという時代の移り変わりを描いているが、こういった古きものが新しきものへと取って代わる事象というのはいつの時代にもあって、現代にも通じる普遍的な真理であるあるな話ではあるからこそ深く心に響くのだと思った。
ただ、もう少しロマンチックコメディ要素が個人的には欲しかったなという印象。若きビリーとアリスの仲睦まじいシーンが、ビリーの父に紹介するシーンとブロマイドを購入するシーンくらいで、もっと欲しかったと思った。自分がそこを期待していたからだと思うが。
気になるのは、ヴァージニアが物語後半で幽霊となって現れるが全てサイレントになっている内容だが、こちらは考察パートで触れることにする。

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【写真引用元】
ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/gallery/news/459431/1731862


【世界観・演出】(※ネタバレあり)

この舞台作品は本当に舞台美術にものすごくこだわりを感じて、それらを楽しむだけでも結構な値打ちはあると思う。
舞台装置、衣装、映像、舞台照明、舞台音響、その他演出についてみていく。

まずは舞台装置から。
巨大なパネルが上手、下手、中央にそれぞれ用意されていて、移動可能な形になっている。全てのシーンでそうだった訳ではないが、上手と下手のパネルは客席に対してコの字になるように若干斜めに配置されていた記憶。
装飾は、全体的に黄色と緑といった明るい色合いで、ロマンチックコメディらしいファンタジックな仕上がりとなっている。パネルの要所要所に四角い窓のようなものが取り付けられていて、開閉可能な部分も存在する。
中央のパネルの裏は、2階建ての舞台装置となっていて、その2階部分でラジオ番組の演技が行われたり、ビリーがアリスに次の裁判で嘘を付かないようにお願いするシーンで使われていた。
また、そのパネルとは別に2階建ての縦に長い舞台セットが存在し、特に序盤のビリーがコカインを吸った時にアーバックルの電話に出るシーンで使われた、1階部分がセネット監督の仕事場となっていて、2階部分がアーバックルの居室で電話が置かれていた。
個人的に好きだった舞台装置は、アリスがピアノ演奏で使用していた大きな木造のピアノが、ピアノの屋根が部屋の壁としても利用出来る工夫がされていて面白かった。

次に衣装。
個人的に好きだったのは、アリスの衣装。アリスの金髪のカツラが凄く似合っていて愛おしかった。豪華な衣装も好き。そして、8年後にビリーと再会した時の衣装がまたがらりと変わっているのが興味を惹かれるところで、羽帽子を被って少し大人びた衣装というよりは、夢憧れていた姿から現実を見つめる大人の女性に変貌してしまったなと感じさせるのが色々考えさせられるものがあった。
アーバックルの体だけ太っちょに見せるように中がとても厚くなっている衣装を着ているのがなんとも滑稽であった。顔は普通の金田さんのほっそりとした顔なので、あの不格好さが非常に面白かった。
メーベルの豪華で黒々とした衣装も非常に壮一帆さんに似合っていて素晴らしかった。もうオーラが違うというのがひと目で分かる。

次に映像。今作はサイレント映画を題材にしているというのもあって、映像が果たす役割は非常に大きい。
映像の大きな役割としては、場転で実際の20世紀初頭に製作されたサイレントコメディ映画の一部を上映している点と、一番ラストのヴァージニアのサイレント演技をくっきりと映し出し、まるでサイレント映画として仕立てて終わる点。
まずサイレントコメディ映画に関しては、私自身が今まで鑑賞したことがなかったのだが、CGが存在しない時代によくもこんなに体を張った撮影をしていたものだと驚いた。例えば、自動車に人間が蛇のように直列になってぶら下がってそのまま走行しているシーンや、50mくらいありそうな高台の上に人が登ってそれが倒れてくるシーンだったり、本物のライオンを使って人間を襲わせるシーンだったりととにかくぶっ飛んでいた。これは絶対死人が出ると思った。サイレント映画時代は、音がなかったので映像で人々を惹きつけなければならない。だからとにかくインパクトのあることをやって撮影していたのだろう。当時の映画俳優たちの覚悟も色々感じられる。そして、セネットが言っていた首が折れたくらいで・・・という台詞は決してあり得ない発言ではなかったのだろうなと思ってしまう。
もう一つの、ヴァージニアを映し出したサイレント映像だが、あの段々とモノクロになっていってサイレント映画っぽくなっていく映像演出は凄く好きだった。あの演出だけで、色々なことが語られているなと感じた。あまり味わえない特殊な演出で好きだった。

舞台照明についてみていく。
劇団四季の「ロボット・イン・ザ・ガーデン」まではいかないけれど、非常にミュージカルのようなカラフルでポップな舞台照明だった。特に、ビリーとアリスが出会うシーンの照明がロマンチックで好きだった。
シリアスなシーンとしては、幕間が終わって後半に差し掛かった直後のアーバックルが牢屋に閉じ込められているシーンの冷たく白い照明も非常に味があった。
物語終盤の、若きビリーに対して移動式の舞台装置に乗ったキャストたちが、出生するためには優しさは邪魔もの的なシーンでの照明が、紫がかった悪夢のようなイメージを想起させる演出で印象に残っている。凄く好きだった。
あとは照明というよりは映像に近いのだけれど、プロジェクションマッピング的に舞台装置パネルに投影される映像が非常に凝っていた。例えば、パネルの窓枠部分に合わせて四角く黄色く照らされるまるでディズニーの世界に来たかのようなメルヘンなプロジェクションマッピングが印象的。窓には黄色く輝く雪のようなものが降るプロジェクションマッピング演出もあって素敵だった。
また、どこのシーンかは覚えていないが、壁一面がダイヤの模様で装飾されたようなプロジェクションマッピングが投影される演出もあった。

舞台音響もとにかくお洒落だった。
まずは音楽からみていくが、客入れ客出しに使われているBGMが、今このレビューを書いている時点でも頭から離れず脳内でリピートされるくらい心に残る音楽だった。「トムとジェリー」で流れていそうな音楽で、ちょっと滑稽で可愛げのあるBGM、ドラムロールが入っていたり、「ヒューン」とか「ピューン」とかそんな滑稽な効果音が途中で入っている、この作品にぴったしの音楽で好きだった。
あとは効果音だが、映写機の効果音を上手く使っていた印象。場転でサイレントコメディが上映されるたびに映写機の効果音が入っていて、より昔の映画っぽさを醸し出していたあたりが好きだった。

最後にその他の演出について。
一番印象的だったのは、アーバックルとアリスの2人のシーン。アーバックルがコメディアンとしてアリスの前で演技を披露して、アリスがそれを楽しそうに笑うのだが、アーバックルが椅子を太鼓のように叩くとアリスはしらけてしまうという設定らしいのだが、アーバックルつまり金田さんが椅子を太鼓みたいに叩くシーンで色々アドリブを入れてシーン自体を長くするものだから、アリス役の桜井さんが思わず笑いをこらえきれなくなってしまう下りが凄く好きだった。そこを金田さんが、「ちょっと笑っているね」とイジるあたりも好きだった。とても楽しそうなシーンで観ているこちらもほっこりする。
あとは、靴音を立てながら足をバタバタさせながら踊るシーンがあって、非常にチャップリンぽくて好きだった。たしかそこを演じていたのは、ロロの女優陣だった気がするが。

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【写真引用元】
ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/gallery/news/459431/1731871


【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

豪華俳優陣プラス「ロロ」の劇団員というキャスト構成で、個人的には非常に大満足なキャスティングだった。演出がロロの三浦さんという点で嬉しいし、小劇場出身の三浦さんがシアタークリエという大きな劇場で、そして木村達成さんをはじめとする大物俳優を演出するという舞台作品に喜びを感じる。
特筆したい俳優に絞ってピックアップしていく。

まずは、主人公の若かりしビリー・ハーロックを演じた木村達成さん。木村さんは2.5次元ミュージカルを中心として舞台俳優として活躍されているが、演技拝見は今回が初めて。
第一印象は、思った以上にピュアで好青年な方なのだと思った。まさしく、今回のビリーにぴったしといった印象。ビリーは人気コメディアンロスコー・アーバックルに憧れて、助監督としてサイレントコメディ映画に携わるが、色々とドジばかり踏んで新米と言ったようなキャラクター設定が非常にハマっていて素晴らしかった。
個人的に好きだったのは、序盤のシーンでコカインを吸ってしまったまま、アーバックルからの電話に応答したときの慌てふためく演技、本当に見応えがあった。また、アリスに裁判で嘘の証言をしないように約束させるシーンで、結局アリスに逃げられてしまった時に落ち込むビリーに同情してしまった。あの時は、中年ビリーに自分も感情移入して慰めてあげたくなってしまう。あのシーン本当に好きだった。

次に、アリス・ターナー役を演じた元乃木坂46の桜井玲香さん。彼女の演技を拝見するのも初めてだが、以前乃木坂46(元乃木坂を含む)の方を舞台で拝見した井上小百合さん、伊藤万理華さん、久保史緒里さんや鈴木絢音さんとは違って、個人的には女優向きではないかなと感じてしまった(ファンの方すみません)。
たしかに演技は全てが愛おしくてずっと観ていたくなるくらいの魅力をお持ちなんだけれど容姿を含めて、なんか演技が嘘くさく感じられてしまうのが勿体ないかなと思った。
特に、アーバックルとの2人でのシーンで、アーバックルがコメディアンとして芸をやった時の「アハハハ」と笑うあの笑い方が、結構馬鹿にしているような嘘くさい感じがあって、あれは私でも「うーん」となっていた。
演技がずっと引きつっている感じがあって、もっと朗らかにやってほしい感じはあった。

ロスコー・アーバックル役を演じたお笑い芸人はんにゃの金田哲さんは良かった。演技を拝見するのは初めてなのだが、今までお笑い芸人としてテレビで観ていた金田さんとは一味違う。ちょっと落ち着いた感じがあって、あの太っちょの衣装を着ながら遊べる俳優って素晴らしいなと感じられた。

そして、メーベル・ノーマンド役を演じた壮一帆さんの存在感も素晴らしかった。調べてみたところ、彼女は元宝塚歌劇団雪組トップスターだと知って腑に落ちた。
非常に逞しい女性といった感じで、衣装も相まって大物オーラが半端なかった。それが、メーベル・ノーマンド役に非常にハマっていた。
一番好きなシーンは、序盤の若きビリーにコカインを渡すシーン。泥酔してるかのようにビリーに絡んできて、ビリーがタジタジとなってしまうくらいの大物ぶりを出す感じが凄く良かった。

デニー役の元木聖也さんも演技が上手いかと言われたらそうでもないのだが、キャラクターとしては好きだった。
元木さんは株式会社キューブに所属で、YouTuberとして活躍されており彼のYouTubeチャンネルである「こんにちせいや」はチャンネル登録者数6万人超えと人気を博している。
彼は今作には若干合っていないかなと感じさせるようなチャラい感じの演技で、作品として観ると「うーん」と言ったところなのだが、途中でバク転したり芸を見せてくれたりと見どころがあったので、好感はもてた。はまり役ではなかったかな。

映画監督マック・セネット役のマギーさんは素晴らしかった。映画監督としての貫禄もあって演技も上手くて見応えがあった。
キャストに無理をさせるあくどい映画監督っぽい人をイメージするかもしれないが、外見は至って温厚なおじさんというギャップも良い。好きな俳優だった。

そして、メインキャストではないけれどあげておきたいのが、劇団ロロ所属の森本華さん。本当に森本さんの演技はいつ観劇しても好きで、今回も森本さん節が満載なのは嬉しかった。結構出番も多くて台詞量もあったので。
個人的には老婆を演じる森本さんが好きだった。最初はずっと腰を曲げて下を向き続けながら話をするのだが、声は凄くピンピンしていて森本さんの勢いをそのまま感じる。そして老婆の正体がバレてからは、まるで年を取っているとは思えないような軽やかな動きをするので、それがまたユニークでコメディっぽくて好きだった。あれだけ広いシアタークリエで森本さんの独壇場的な演技がお披露目されていたのは本当に嬉しかった。

それ以外だと、中年ビリーを演じた小西遼生さんは味があって良かったし、ヴァージニア役を演じた黒沢ともよさんは、なんといってもラスト涙を流しながらサイレントで演技が出来るあたりが素晴らしかった。

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【写真引用元】
ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/gallery/news/459431/1731869


【舞台の考察】(※ネタバレあり)

ロスコー・アーバックルにまつわる事件は、もちろん実際に起きた出来事であり、これによって今まで人気を博していたアーバックルがどん底へと突き落とされたのも事実のようである。
三大喜劇王として知られる、チャールズ・チャップリン、ハロルド・ロイド、バスター・キートンは、ロスコー・アーバックルの後に登場した1920年代に活躍したコメディアンたちである。劇中でもあったように、このロスコー・アーバックルは、映画監督マック・セネットの元で三台喜劇王たちを脇役に据えてサイレントコメディ映画を上演していたようである。

しかし、ロスコー・アーバックルは1921年のサンフランシスコホテルの事件で失墜し、三大喜劇王たちも1930年以降に訪れたサイレント映画からトーキー映画への時代の変遷によって徐々に凋落していくことになるのだった。
劇中でも、デニーという若い映画配給会社の社員がサイレント映画は時代遅れだからと言わんばかりに相手にしていなかったのも凄く時代を反映しているのである。

こういった時代の変遷にエンターテインメントは大きく左右され、それまでの時代で謳歌してきた俳優・芸術家たちが凋落していく様子を描いた作品は多い。例えば私が2020年12月に観劇した、シス・カンパニーの「23階の笑い」もそうである。あの作品は時代は1950年代であったが、今までテレビでコメディを視聴するというスタイルが冷戦の激化によって難しくなっていた時代背景を描いている。そういった時代に左右されて凋落することで、徐々に居場所を失っていく俳優・芸術家を主人公とした作品には共感出来るものも多く、いつの時代においても人々の胸に残る普遍的なテーマでもある。


またこの作品では、かつて若い頃はビジネスとかしがらみとか考えずに、ただ憧れの存在を追いかける純粋な気持ちしかなかったのだが、現実を知って夢を捨てていくような光景も伺える。
まさしく、ビリーとアリスの2人がそうである。ビリーとアリスは同じサイレント映画好きということで出会い惹かれ合って、2人ともサイレント映画業界の一員となっていくが、ロスコー・アーバックルの一連の事件もあり、現実を直視せざるを得なくなる。
ビリーは優しさだけでは出生できないと悪夢にうなされ、なかなか助監督として思うようにいかない日々を過ごす。
アリスは、ビリーからアーバックルの裁判の証言で嘘を言わないようにお願いされたのだが、果たしてその時彼女の心境にあった気持ちはどんなものだったのだろうか。事件はもはやビジネスとして利用されていることを悲観するようなアリスの心境を察することは出来た。きっとアリスは夢だけを追ってはやっていけないという現実に直面し、何かを悟ったのだろう。アーバックルの裁判に現れなかったということは、もうそんなサイレント映画業界に関わりたくないという決意だったのかもしれない。最初アーバックルが悪者であるかのように嘘をついたのは、自分も散々な目に遭ってきた腹いせかもしれない。

しかし、ビリーはそんな夢を捨てきることは出来ず、サイレント映画が凋落してトーキー映画になろうというそんな時代であるにも関わらず、ロスコー・アーバックルの存在を訴え彼の出演作品をリバイバル上映しようとした。
それを踏まえて、ラストのヴァージニアのサイレント演技の涙は一体何だったのだろうか。途中のシーンで、ヴァージニアが仕切りにアーバックルとビリーに何か訴えている場面があった。ヴァージニアもきっとサイレント映画に憧れてハリウッドを目指した女優なので、こんな結末になってしまったことを嘆き悲しんでいることだろう。
であるとすれば、自分のせいでこんなアーバックルが凋落してしまうようなことになってしまった。涙は現実に対する怒りと悲しみなのかもしれない。

となると、これはサイレントコメディではなく、ただのサイレント映画ということになる。もしかしたらビリーは、アーバックルの出演作品のラストにそんなヴァージニアのサイレントの涙の訴えを追加したのかもしれない。これによって、1939年を生きる人々にサイレント映画の良さが伝わったんじゃないかと。
私自身はトーキー映画しか知らない世代なので、サイレント映画を目新しいと思ってしまう人間だが、サイレントで涙だけを流す演技にはどこか魅力的で、サイレント映画だからこその魅力をそこで感じたような気がする。
サイレント映画からトーキー映画への変遷の時代を扱って、今を生きる人々にも伝わる強いメッセージだと思った。

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【写真引用元】
ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/gallery/news/459431/1731868


↓KERAさん脚本作品


↓三浦直之さん演出作品


↓黒沢ともよさん出演作品


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