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舞台 「なかなか失われない30年」 観劇レビュー 2024/05/05


写真引用元:アガリスクエンターテイメント 公式X(旧Twitter)


写真引用元:アガリスクエンターテイメント 公式X(旧Twitter)


公演タイトル:「なかなか失われない30年」
劇場:新宿シアタートップス
劇団・企画:アガリスクエンターテイメント
脚本・演出:冨坂友
出演:伊藤圭太、淺越岳人、北川竜二、山下雷舞、古谷蓮、矢吹ジャンプ、榎並夕起、鹿島ゆきこ、雛形羽衣、兼行凛、斉藤コータ、前田友里子、江益凛、菊池泰生
公演期間:4/27〜5/6(東京)
上演時間:約2時間5分(途中休憩なし)
作品キーワード:シチュエーションコメディ、パラレルワールド、SF、バックステージ、笑える
個人満足度:★★★★★★★★☆☆


昨今では、フジテレビドラマ『生ドラ!東京は24時-Starting Over-』(2024年3月)の脚本・演出を務めたり、代表作の『SHINE SHOW!』が東宝プロデュースで上演されるなど、勢いのある喜劇作家の一人である冨坂友さん。
そんな冨坂さんが主宰する劇団「アガリスクエンターテイメント」の新作公演を観劇。
「アガリスクエンターテイメント」の作品を観劇するのは、『ナイゲン(2022年版)』(2022年6月)以来2度目である。

物語は、30年以上も歴史のある新宿歌舞伎町にある雑居ビルのカワダビル4Fが舞台となっている。
2024年、河田誠一(伊藤圭太)は父からカワダビルを相続し、空き室となっているカワダビルの4Fにやってくる。
河田は、あと2時間後にやってくる不動産業者と相談してカワダビルを売却しようとしていた。
このビルの電気関連の設備員である常本誠(淺越岳人)がこの空き室のブレーカーを落としたその時、部屋が暗転するとなんとそこは闇金業者のオフィスと化して、団長の大黒(北川竜二)、大黒の子分の中山(山下雷舞)、闇金営業のアルバイトの広瀬(古谷蓮)が突然姿を現した。
河田も闇金業者たちも、お互いに不法侵入と罵り合い口論になる。
しかし話を聞いてみると、彼ら闇金業者たちはここが1994年であると思っていることが発覚する。
大黒たちの闇金事務所は、1994年にこのカワダビルの4Fにオフィスを構えていたことが分かり、ブレーカーを落としたことでこの空き室だけ時間が混在したのだった...というもの。

この後のストーリーの流れとしては、1994年にこの雑居ビルを使用していた闇金事務所だけではなく、ブレーカーをさらに落とすことで、2004年にこの雑居ビルを使っていた風俗店、2014年にこの雑居ビルを使っていた「演劇衆団ZI-PUNK」の人々もいきなり出現してさらに混乱を極めていく。
時間混在とコメディを掛け合わせてワンシチュエーションで喜劇を展開する作品は、私の知っている限りでもヨーロッパ企画『サマータイムマシン・ブルース』をはじめ、アナログスイッチ『信長の野暮』、遅咲会『ソウル・ザ・ペアレンンツ』といくつかある。
もはややり尽くされているのではと思ったが、全然そんなことはなく2時間5分、一瞬たりとも飽きず大満足だった。

まず脚本に関しては、1994年、2004年、2014年、2024年の4つの時間軸が登場するので、当然その時代に生きていた人々は未来について何が起こるか知らない。
その登場人物たちの生きている時間のズレによって生じる認知のズレが会話を面白くしていて飽きなかった。
例えば、1994年や2004年に生きる人々にとってYouTubeはなんのことだか分からないし、2004年の人々にとってSARS(サーズ)は恐ろしい病気だが、未来の人にとってそうではなくなっているなど。
みんなが知っている時事ネタを会話に盛り込むことで、誰でも楽しめる会話劇に仕上がっている点に面白さを感じた。

そして演出面に関して、舞台セットの作り方が非常に上手いと感じた。
最初は部屋に物が何一つなくてガランとした空き室だけが存在している。
そこからブレーカーを落とすごとに、1994年の舞台装置、2004年の舞台装置、2014年の舞台装置と次々と物と人が増えて賑やかになっていく。
パネルを回転させることで、壁面に何もなかったのに暗転中に一瞬で色々な物が飾られ生活感が溢れる。
その演出が演劇向きで素晴らしかった。

そしてこの作品が書かれた背景が、「アガリスクエンターテイメント」のホームのような劇場であった「新宿シアター・ミラクル」の閉館を元にして作られているから尚更感じるものがあった。
「新宿シアター・ミラクル」は、2023年6月をもって閉館してしまった新宿歌舞伎町の雑居ビルの一画にあった小劇場である。
ホームであった劇場が閉館して感じた物悲しさがあったからこそ書けた作品なのではないかと考えると、ただ面白かったというだけではなく別の感情も湧き上がってきた。

役者陣は、基本的に小劇場出身の役者さんばかりで、だからこそ小劇場を轟かせるような熱量があって素晴らしかった。
そしてその熱量こそ、小劇場演劇を観られたという実感もあってこの作品に似合っていた。
「アガリスクエンターテイメント」の劇団員である伊藤圭太さんは初めて演技を拝見したが、観客と一緒にこの奇妙なパラレルワールドに驚き翻弄される様が観ていて面白かったし、風俗嬢を演じた4人の女性もそれぞれ個性があって、そして平成っぽさが時代に合っていて印象に残った。

冨坂さんだからこそ描ける脚本で、冨坂さんだからこそ演出できるワンシチュエーションコメディで、「アガリスクエンターテイメント」という小劇場演劇集団だからこそ演じられる熱量溢れる芝居が観られて感無量だった。
「新宿シアター・ミラクル」はなくなっても、そこで培われた実力が今後大きく演劇業界で羽ばたいて欲しい。
観劇三昧Liveで5月18日まで配信で観られるので、コメディ好きな方はもちろん多くの方に見て欲しい作品だった。

写真引用元:ステージナタリー アガリスクエンターテイメント 第31回公演「なかなか失われない30年」より。(撮影:石澤知絵子)


↓公演予告動画




【鑑賞動機】

「アガリスクエンターテイメント」の冨坂友さんは、テレビドラマの脚本を担当するようになったり、商業公演で脚本を担当するようになって(『SHINE SHOW!』や『逃奔政走』など)売れ始めていた。テレビプロデューサーの佐久間宣行さんも「アガリスクエンターテイメント」の前作公演『令和5年の廃刀令』を絶賛していたので、2年ぶりに公演を観劇しようと思っていたから。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

ストーリーに関しては、私が観劇で得た記憶なので、抜けや間違い等沢山あると思うがご容赦頂きたい。

2024年、カワダビル4Fの空き室に河田誠一(伊藤圭太)がやってくる。時計の針は7時を指している。どうやら河田は、父親からこのカワダビルを相続されたのだが、特にこの物件に興味を持っている訳ではなく、別の不動産業者に売却の検討をしていた。あと2時間後の9時に、不動産業者がやってくる。その前に初めてこのカワダビルに入って中を確認しに来ていた。
そこへ、このカワダビルの電気関連の設備点検を行う常本誠(淺越岳人)がやってくる。河田は常本に、空き室の入り口に掛けられている時計は誰のものなのか尋ねる。すると常本は、このカワダビルは以前劇場が入っていて、この空室はその楽屋として使われていたので、劇場の持ち主が置いていったものかもしれないと告げる。
常本はそのまま、空き室を出てブレーカーのある部屋へと向かったようである。河田が空き室の中で部屋の中を確認していると、いきなり部屋が真っ暗になってしまう。

そして明転したかと思うと、部屋にはいつの間にか黒いソファーと卓上机が置かれており、そこには暴力団の組長のような格好をした大黒(北川竜二)、その子分と思しき中山(山下雷舞)と広瀬(古谷蓮)がいた。河田も暴力団たちもお互いびっくりして不法侵入だと言い合いながら口論を始める。そこに常本もやってくるが、暴力団たちは常本のことはよく知っていて凄く老けたなと言ってくる。
そこから、暴力団たちは河田が持っているスマホをそれはなんだと問い正したり、お互いに認識が噛み合わないことに気が付く。そして暴力団たちに今は何年かと尋ねると、1994年(平成6年)だと答える。それによって、この暴力団たちは、30年前にこのカワダビルに事務所を構えていた闇金事務所の闇金業者たちであることが分かり、先ほどの常本のブレーカーを落としたことによって、30年前のこの雑居ビルの光景と現在とが時間混在してしまったことが発覚する。
「グローファイナンス」から金を借りている債務者の藤井(矢吹ジャンプ)もやってくる。河田は、2024年の出来事を色々話そうとするが、大黒はバタフライエフェクトになるからあまり話すなと言ってくる。
大黒の闇金事務所は「グローファイナンス」という違法金利の賃金業を営んでいて、このアタッシュケースに入っている大金を、これから取引先へ渡すことになっている。大黒は、それ関連で一時的に部屋を退出する。
その時、中山は河田に相談を持ちかけてくる。実は、このアタッシュケースの中に大金は入っておらず紛失してしまったのだと、そしてそれは大黒には言えないのだと。そのため、なんとかして紛失した大金を用意しないといけないのだと。

河田と常本たちは、そんな30年前のトラブルに巻き込まれたくないと、再びブレーカーを下ろしに行く。
すると、暗転して今度は椅子も増えて、アイ(榎並夕起)、クミ(鹿島ゆきこ)、ヒカル(雛形羽衣)、ミカ(兼行凛)の4人の風俗嬢が突然現れる。河田と中山たちはびっくりする。しかし4人の風俗嬢たちは、あたりに他の男性がいることをお構いなしに猛烈な議論をしていた。
どうやら彼女たちが働いている風俗店にマツダイラという客が来る様子だが、指名を受けているアユミが欠席のため代わりに誰が相手をするかを話し合っていた。アイは、マツダイラが中学時代の恩師なので絶対に鉢合わせしたくないと言う。しかし、ヒカルは彼女が国連難民高等弁務官を目指して国連でインターンしていた時にマツダイラが上司だったため会いたくないと語り、クミはマツダイラがママ友の旦那なので、こんな仕事をしていると知られたくないと語り、ミカはマツダイラが親戚なので絶対会いたくないと語って議論は平行線にあった。
その時、ようやく風俗嬢たちは、河田や中山たちを認識して驚く。そして4人の風俗嬢たちは、今から20年前の2004年にこの部屋が風俗嬢の待合室として使われていた時代にいた人々であることが明らかになる。風俗嬢たちは、ハクビシンを怖がっていて、理由はSARSに感染するかもしれないからだと言うのだが、河田たちはハクビシンはSARSの感染リスクはないと安心させる。
風俗嬢4人の中で、誰がマツダイラの元へ行くべきかを指名し合うとアイになり、アイは自分が中学時代に不登校でそれをマツダイラが助けてくれたエピソードを語りしんみりさせる。中山は、大黒にアタッシュケースのことを知られたくないので、議論が長引けば長引くほど良いので、たっぷり議論させようとしている。
その間、広瀬は4人の風俗嬢にいじられる。広瀬の顔をどこかで見たことあると思ったら、すぐ近くでケバブを売っている店員だったと。広瀬は社長になりたいのに、10年後にケバブの店員をやっていて悔しがる。
誰がマツダイラの相手をするか、河田・中山たちも含めて投票することになる。結果、アイがマツダイラの元へ行くことになりこの部屋を出る。
その時、大黒が部屋に戻ってきてアタッシュケースを持って部屋を出ていく。取引先の相手に大金を渡すためである。中山は焦る。そのアタッシュケースには大金は入ってなくて、代わりに河田が誤って入れたピストルが入っているから。

常本は、早くこの状況を切り抜けようともう一度ブレーカーを落として暗転させる。
すると今度は、部屋にはさらに楽屋らしき化粧台などが増えており、半被のような衣装を着た渡辺ZIN(斉藤コータ)、タカハシマオミ(前田友里子)、大島晶(江益凛)の3人が突然現れて取っ組み合っていた。渡辺ZINとタカハシマオミは、本番が始まるからと言ってすぐに部屋を出て行ってしまう。
河田はすぐに大島に今何年かと聞くと、2014年と答えていてやっぱりとなる。2014年では、この部屋は劇場の楽屋として使われていて、隣には劇場があって劇をやっているのだと言う。大島たちは演劇衆団ZI-PUNKという団体に所属していて、今『FANG〜赤穂浪士〜』を上演中なのだが、15人出演するはずだった出演者のうちの11人が本番直前で辞退してしまって、4人で何役もこなしながら『FANG〜赤穂浪士〜』を上演しているようである。出演者の4人目の松井大輔(菊池泰生)は、度々ステージから楽屋に戻ってきて小道具を取りに来ていた。
松井の話によれば、演劇衆団ZI-PUNKは、10月に次回公演を吉祥寺シアターで上演するらしく、そのヒロインを演じる女優がまだ決まっていなかった。そこで大島は、この舞台で渡辺に気に入られて次回公演のヒロインに抜擢されたいと切に願っていた。そして渡辺は、そんな大島のことを惚れ込んでしまう。ところがその渡辺と大島との関係にタカハシは嫉妬して、その三角関係がずっと公演中バチバチさせていて、それが出演者大量降板のきっかけになっていたのである。
松井や大島たちは、広瀬を見てトラックのドライバーの人だと言う。広瀬は20年後も社長ではなくトラックのドライバーをやっていて悔しがる。
大島は、朝ドラのヒロインにいつかはなりたいと夢を高らかに語っていた。しかし、河田のスマホを取って調べると、この先10年間、朝ドラのヒロインに自分の名前がなくて絶望してしまう。周囲は、朝ドラのヒロインになることが女優の全てではないと語りかける。そんな中、大島の出番がやってきてしまうがショックのあまりステージに向かうことが出来ない。楽屋のスピーカーから劇場の様子が音声で流れているが、必死で渡辺が場を繋ぎ続けている。

こんなに破茶滅茶な展開になってしまってはと、常本はもう一度ブレーカーを下ろして元に戻そうとするが元に戻らない。2034年は、もうこのビルがない可能性もあるとして、1984年にはこのビルには誰もいなかったのかと河田は思う。
そんな中、アイがこの部屋に戻ってくる。なんだかアイは嬉しそうである。アイは、マツダイラがアユミが良かったということを利用してキャンセルしてきたと言う。他の風俗嬢たちはずるいと言う。「チェンジ○」「チェンジ×」「行かない」で再度4人で誰がマツダイラの元に行くか投票するが決まらない。というか、行きたくない人が無理やりマツダイラの元へいく必要がないのではとなる。
中山と河田たちは、いよいよ大黒が戻ってきてしまったらマズイと、藤井を変装させて台湾にマフィアとして乗り込もうと計画する。藤井に先ほどの『FANG〜赤穂浪士〜』の舞台で使っていたお面を被せ、半被を着て部屋を出ていく。
しかし、その直後変装が解けてしまった藤井と大黒がアタッシュケースを持って怒り浸透で戻ってくる。河田と中山、広瀬は沈黙している。大黒はアタッシュケースにピストルしか入っていないのは何なんだと怒鳴り散らす。中山と河田が正直に弁明する。金が無くなったことを大黒に言っていなかったのは中山のせいで、ピストルを誤って入れてしまったのは河田のせいだと。大黒は部屋を出ていく。

その時、松井がステージから楽屋のこちら側にやってきて、劇中で使うピストルがないのだけれど、代わりのピストルどこかにないかと聞いてくる。河田は、先ほどアタッシュケースに入れていたピストルがあるが、それを部屋の外から持ち出してしまうと、部屋の外は時間軸は変化していないので持ち出せないのではと言うが、そのピストルは1994年の物なので、それを劇場のどこかに隠しておいて、それを松井が2014年に掘り出せば辻褄が合うと言って、その計画を遂行する。
河田が1994年のピストルを劇場のどこかへ隠して、2014年に松井がそのピストルを見つけて劇中に使う。楽屋のスピーカーの音声から「バン」という音がして無事劇は成功したことを確認する。
いつの間にか、この部屋には河田と常本しかいなくなっていた。もしかしたら、ここでブレーカーを引いたら元に戻るのではないかと河田は言う。常本はブレーカーを落としてみる。

一時暗転して音楽がかかり、河田にスポットが当てられた状態で、全員のキャストがステージ上にあった舞台セットを片付けて、2024年の何もない空き室に戻していく。

明転する。河田は一体今見たものは何だったのかと常本に語る。夢だったのかと。
そろそろ9時になる。不動産業者がやってくる時間である。常本はもう用はないと言って部屋から去る。
9時に、部屋に不動産業者の社長がやってくる。河田は驚く、その不動産業者の社長が広瀬だったから。ここで物語は終了する。

まずは、圧倒的な伏線回収の仕方が見事で、こんなに盛りだくさんなのに無駄な描写がなくて素晴らしかった。時間軸が4つもあるので、それらを全てミックスさせた上で全部回収していくのは、脚本家の腕の見せ所でもあると思うが、観ているこちら側も楽しく観られるので大満足だった。
1994年のシーンでは、アタッシュケースに入っていたはずの大金がなくなっていて大変なことになる。2004年のシーンでは、アユミの代わりに誰がマツダイラの相手をするのか議論が白熱する。2014年のシーンでは、出演者3人の三角関係が原因で大量に出演者が降板してしまい大変な中で『FANG〜赤穂浪士〜』が上演される。3つシナリオが同時進行に描かれているのに、全然観客は混乱しない脚本と演出の見せ方の上手さには脱帽した。
一つ一つシナリオを取り上げてみると、確かに起承転結までは綺麗になってなくて、全てに決着がついている訳ではない。しかし現実世界、物事が綺麗に収まることはないし、むしろ2024年のシナリオで、それら過去の話も含めて全部この雑居ビルで行われた内容で、そういったことも含めて30年の歴史があるのだと教えられた気がして素晴らしかった。
また、こんなに登場人物を登場させておいて一人一人のキャラクターが薄くならず、しっかりとキャラが立っている点も見事だと感じた。そこも冨坂さんの脚本家としての腕が光っていた。
数々の伏線回収の中で、最後の伏線回収である広瀬の現在について。闇金事務所のアルバイト、ケバブの店員、トラックのドライバー、そして2024年には不動産会社の社長として河田の前に現れる。完璧な終わり方だと思う。ずっと広瀬は社長を夢見て30年間も迷走していたが、満を持してようやっと不動産事業の社長になれる。さらに、自分の思い出の場所であるカワダビルを手にできる。なんの思い入れもない河田が手にするよりも、広瀬が買い取った方が絶対良いであろう。そういう意味でのハッピーエンドとしても好きだったが、広瀬は長い年月ずっと迷走してようやく社長の座を手にしたという過程を知れたことも、観客に感動を与えてくれるものに感じて好きだった。長い間努力をしてもがいていれば、いつかは報われる時がくる。そう教えられたような気がして好きな脚本だった。

写真引用元:ステージナタリー アガリスクエンターテイメント 第31回公演「なかなか失われない30年」より。(撮影:石澤知絵子)


【世界観・演出】(※ネタバレあり)

ワンシチュエーションコメディの頂点と言っても良いくらい、完璧に舞台セットを活かしていて素晴らしい演出だった。
舞台装置、衣装、舞台照明、舞台音響、その他演出について見ていく。

まずは舞台装置から。
ステージには序盤はカワダビル4Fの空き室がガランと設置されていた。下手側奥に部屋の入り口ででハケにも使われる扉が設置されている。その真上には大きな壁掛け時計がある。下手側はトイレに通じる扉が一つ設置されている。あとは、何も飾られていない灰色で一面が塗られた壁になっていた。いかにも何も使われていない古びた雑居ビルの一室という感じである。
しかし、ステージ後方の灰色のパネルは、どんでん返しのようにひっくり返せる仕掛けが施されていて、そこを反転させることでその壁面だけ過去にタイムスリップしたかのように演出出来るのが、今作で凄いと感じたポイントの一つである。ステージ背後の一番下手側の出入り口の扉に近いパネルは、ひっくり返すと1994年の闇金事務所のオフィスの壁面になって、昔の小さい四角型の壁掛け時計とホワイトボードが出現する。その上手隣のパネルをひっくり返すと、2014年の舞台の楽屋の壁面になって、新しめの壁掛け時計と新しめの化粧台(鏡などがついている)とスピーカーが出現する。さらにその上手隣(といっても一番上手側)のパネルをひっくり返すと、2004年の風俗店の待合室の壁面になって、同じく壁掛け時計とモデルの写真などが貼られた壁面が出現する。
2014年まで全ての時間軸が交錯したシーンになると、ステージ背後には4つの時計が一列に並ぶ構造になるのでビジュアル的に面白かった。そして時代は違うのに時計の針が刺している時刻は皆一緒というのも面白い。そしてそれぞれの時計が全てデザインが違うのも面白くて、特に闇金事務所時代の時計には時代を感じた。
また、壁面だけでなくステージ上も時間軸が増えるごとにモノが増えていくのが面白かった。1994年の闇金事務所のシーンで黒いソファーと卓上机が増え、2004年の風俗店のシーンでソファーや椅子がさらに増え、2014年の楽屋のシーンでハンガーラックが増えるなど。舞台セットが増えていく様と、人の多さが、ストーリー展開が混乱していく様とも重なってわちゃわちゃ感があって見事だった。それが、今は何もないガランとした空き室だけれど、かつては賑やかだったんだぞという雑居ビルの嘆きにも感じられるから良いのだと思った。

次に衣装について。
ちゃんと時代を反映した衣装になっている点も興味深かった。
1994年の大黒、中山、広瀬、藤井たちはいかにも平成初期といった感じのダサい衣装で良かった。昔のチンピラといった感じの衣装で、そのダサさが良かった。
また、2004年の風俗嬢たちのギャルっぽさが平成っぽさがあって良かった。もう今となっては平成らしさも昔の産物である。安室奈美恵とか浜崎あゆみとかあの時代の感じをこの風俗嬢たちは醸し出していて似合っていた。
一方で、2014年の演劇衆団ZI-PUNKたちの衣装に、そこまで古さを感じないのも理にかなっていた。たかだか10年前だから。ただ、ちょっと不思議だったのは演劇衆団ZI-PUNKの『FANG〜赤穂浪士〜』の出演者が、時代劇を演じるはずなのにどこか時代劇っぽくない衣装を着ていたのは気になった。何か演出的意図があったのだろうか。特に大島は竜宮城の乙姫みたいな格好をしていたので。

次に舞台照明について。
基本的には、常本がブレーカーを落とすタイミングで部屋が暗転する。それ以外は、ワンシチュエーションコメディなので基本的に照明は変わらない。
ただ一箇所だけ、舞台照明の見所が物語の終盤で存在する。それは、この部屋から河田と常本以外全員捌けて、これならブレーカーを落とせば元に戻るのではないかと信じてブレーカーを落とすシーン。今までのブレーカーを落としてからの暗転は、パネルを一枚ひっくり返して、いくつか舞台上にセットを持ってくるだけの暗転だったが、最後のブレーカーを落として暗転する箇所だけ、脚本の構成上全ての壁を元に戻して、ステージ上にある舞台セットも仕舞わないといけない。それを長い時間暗転させて元に戻すのは物理的に難しいだろう。そこを逆手に取って、敢えて暗転せずに明かりをつけて、主人公の河田に白くスポットライトを当てて、ゆっくりゆっくり音楽をかけながらみんなで舞台を片していく転換の仕方が素晴らしかった。エンディングのようにも感じられるし、明るい楽曲がガンガン流れているのだけれど、どこか哀愁漂う感じが音響照明から感じられてテクニシャンだなと感じた。

次に舞台音響について。
客入れの楽曲は、セカオワやYOASOBIなど最近の流行の楽曲を取り入れていて楽しみながら聞いていた。前回拝見した『ナイゲン(2022年版)』でも、客入れや客出しはJ-POPだったような気がしている。
転換中の明るめの楽曲はワンシチュエーションコメディらしさがあって好きだった。特に一番ラストの部屋を元に戻す転換の楽曲は先述した通り哀愁も感じられた。
あとは効果音も良い味を出していた。一番上手いと感じられたのが、2014年の楽屋のシーンが混在してから出現する、劇場からの音声を流すスピーカー。あそこから、絶妙なボリュームで「リンはまだか」(だったような)と聞こえてくるのが非常に面白かった。あの絶妙なタイミングとボリュームと全てが計算されていた。また、最後にピストルの音が「バン」と聞こえるのも良かった。それで劇場では舞台が中断せずに続いていたことを表していたので安堵する感じを演出として入れてくる辺りが演劇人だなと思った。

最後にその他演出について。
まず脚本の構成にも関わってくる部分だが、複雑な設定を色々混ぜ込んでも物語が破綻していないのは凄いなと思う。たとえば、この作品の設定として時間が混在しているのはこの部屋だけであり、過去のモノをこの部屋から持ち出すことは出来ないという設定である。だからこそ、藤井を台湾に侵入させようと変装させても無意味だった。しかし、その設定を逆手に取って、1994年のアタッシュケースに入っていたピストルをこの部屋の外に隠して、2014年にそれを見つけ出して劇中で使うという時間を飛び越えて使用するということを可能にしていて面白いと感じた。
ただし、このあたりのストーリー構成は、三谷幸喜さんの『ショウ・マスト・ゴー・オン』やヨーロッパ企画の上田誠さんの『サマータイムマシン・ブルース』の影響も大きいだろうなと感じた。逆に影響が大きいからこそ、冨坂さんにとって偉大な喜劇作家の大先輩の作品の一部の描写を拝借して脚本を仕上げいている点にリスペクトも感じられる。三谷幸喜さんの『ショウ・マスト・ゴー・オン』は、劇場で『マクベス』を繰り広げている最中の舞台の楽屋のハプニングを描くバックステージもので、トラブルが起きてもなんとか上演を中断させることなく続けようと出演者スタッフたちが一丸となる物語だが、今作もどこかバックステージもの的な要素もあって面白かった。そして出演者が4人しかいない中で上演を中断させまいと躍起になる演劇人魂も感じられて演劇愛を感じた。
また、ピストルが1994年に隠されて2014年に拾われるという時間を超越した描写で『サマータイムマシン・ブルース』らしさを感じた。『サマータイムマシン・ブルース』でも、エアコンのリモコンが時間軸を超えて発掘されたりするので、今作ではそれがピストルになっていて近しいものを感じたし、そこに冨坂さんの上田誠さんリスペクトを感じた。
また、1994年、2004年、2014年、2024年と4つの時間軸が登場するので、その生きていた時代のズレによる認知のズレが会話劇をより面白いものにしていて笑えた。丁度最近、テレビドラマ『不適切にもほどがある』を観たばかりなので、似たような面白さを感じた所だった。たとえば、1994年の闇金事務所の人々は阪神淡路大震災も知らなければ、9.11も3.11も知らない。9.11と3.11は別か?などと話していた。またYouTubeはU字型のチューブだと思っていた。2004年の人たちは、阪神淡路大震災と9.11は知っているが、SARS(サーズ)がまだまだ恐ろしい存在でハクビシンを頑なに怖がっていた。2014年以降の人たちは、ハクビシンがSARSを媒介する動物ではないことを知っているので、それを2004年の人々に優しく教えてあげる所が好きだった。2014年の人たちは、9.11も3.11も知っているしYouTubeも知っていた。しかし、もう人類はSARSを乗り越えてパンデミックを乗り越え、ウイルスによって人々の生活が苦しめられるようなことは無いと断言していたのが印象的だった。そして1994年の人たちや2004年の人たちが「お〜」となっている中、2024年の河田と常本だけ頭を抱えているのが非常に面白かった。コロナ禍を知っているので。

写真引用元:ステージナタリー アガリスクエンターテイメント 第31回公演「なかなか失われない30年」より。(撮影:石澤知絵子)


【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

前回『ナイゲン(2022年版)』を観劇した時は、「アガリスクエンターテイメント」の劇団員はほとんど出演されていなかったので、実質今作の観劇が初めてといった所だったが、小劇場演劇の役者さんらしく皆面白くてパワフルだった。極上の小劇場演劇を浴びた感覚にさせてくれたのは、今作に出演されている役者さんたちの熱演あってのことだと思う。
特に印象に残った役者について見ていく。

まずは、主人公の河田誠一役を演じた「アガリスクエンターテイメント」所属俳優の伊藤圭太さん。伊藤さんの演技を拝見するのは初めて。
カワダビルのブレーカーを落とすと10年単位の過去の人々が突然現れるという設定に翻弄される感じを上手く演じられていて演技が好きだった。いつも目を丸くしたような感じで、ビジュアル的にも個性的にもハマり役に感じた。
最初はこのカワダビルに思い入れがなくてすぐに売却を検討しようと思った河田。しかし、突如現れた闇金事務所や風俗店、楽屋の光景を目の当たりにして、見方は変わったのだろうか。最後のシーンで不動産会社の社長の広瀬に会って終わるので、彼がその後どのような決断をしたのかは観客の解釈に任されている。
この2時間の一部始終を観て、やっぱりこの物件は売却しないと決めたのか、それとも広瀬にとっては思い入れのある物件だから彼に引き渡そうと思うのか。どちらにせよ、凄く面白いストーリー展開だなと感じる。
あとはアタッシュケースに誤ってピストルを入れてしまって、中山と一緒に大黒に土下座するシーンが滑稽だった。

次に、闇金業者のアルバイトの広瀬役を演じた古谷蓮さんも良かった。古谷さんは、『ナイゲン(2022年版)』で一度演技を拝見している。
物語終盤までは、存在はしているもののストーリー展開に全く出現してこなくて、ただただ社長になりたいとワーワーわめいている奴にしか見えなかった。2004年の風俗嬢からはケバブの店員だと罵られ、2014年の役者たちからはトラックのドライバーだと罵られ。
しかし、物語終盤で2024年に河田の目の前に姿を現した時は不動産会社の社長になっていて個人的に凄く感動した。そうくるか!と思って興奮した。
広瀬の不動産会社の社長の衣装も、ちゃんと闇金アルバイト時代の面影を残しつつ社長になっているので、すぐに広瀬だと気付ける演出も上手いと思った。非常に美味しい役だったが、間違いなく心奪われる魅力的な役だった。

闇金事務所から金を借りている債務者の藤井役を演じた「アガリスクエンターテイメント」所属俳優の矢吹ジャンプさんも印象的だった。
あの体型で、台湾に潜入させようと半被を着させられて、狐のお面を被せられて、それをどこか嬉しそうに体を揺らしながら喜ぶ姿がツボだった。
矢吹さんだからこそ出来る役だったと思うけれど、他の舞台作品でも演技を見てみたいなと感じた。

風俗嬢の中で一番印象に残ったのは、アイ役を演じた「アガリスクエンターテイメント」所属俳優の榎並夕起さん。
ビジュアル的に平成のギャルっぽさが凄く似合っていたのはあるのだが、個人的には中学時代のモノローグには良い話過ぎて感動した。話の脈絡的に感動する場面ではないのだが、やけに感動できる話が途中でブッ込まれるからこそ面白いというか、感動的だからこそ意味があってなかなか良かった。
そして榎並さんはモノローグを説得力を持たせて演じるのがとても上手かった。それはもちろん、役者としての実力もそうだと思うが、そこに榎並さんを配役した冨坂さんの力量も感じた。

あとは、ヒカル役を演じた雛形羽衣さんも印象に残った。雛形さんも『ナイゲン(2022年版)』で一度演技を拝見している。
今では風俗嬢として働いているが、実は9.11を経験したことによって国連難民高等弁務官を目指して国連でインターンをしていたことがあるという設定がツボだった。風俗嬢をしているが、内面は凄く真面目というギャップが凄くパンチ効いていて良かった。

また、演劇衆団「ZI-PUNK」の『FANG〜赤穂浪士〜』に出演した大島晶役を演じた江益凛さんも印象的だった。江益さんの演技拝見は、劇団競泳水着の『夜から夜まで』以来2度目である。
女優としての夢を実現させようと野心が強い感じがハマっていた。朝ドラ女優しか見えていなくて、そのためなら何だってするみたいな野心がリアリティあって良かった。
江益さんのモノローグは、ちょっと怖さがある所がまた良かった。榎並さんは迫力がある感じだが、江益さんは呪われそうなくらい目つきも怖くて、そういった演技が凄くハマっていて素晴らしかった。

写真引用元:ステージナタリー アガリスクエンターテイメント 第31回公演「なかなか失われない30年」より。(撮影:石澤知絵子)


【舞台の考察】(※ネタバレあり)

昨年(2023年)8月には、東宝プロデュースでシアタークリエで冨坂さんの脚本の『SHINE SHOW!』が上演され、テレビドラマでも多数冨坂さんの脚本が放送され、さらに今年(2024年)7月には冨坂さん脚本・演出で鈴木保奈美さんや佐藤B作さん、相島一之さんなど豪華俳優をキャスティングして公演が行われる。冨坂さんは喜劇作家の中でもっとも勢いのある方といっても過言ではないだろう。
その勢いは、今作の前説でも感じられた。前説では冨坂さんが自ら客席前に登場して、上演中の注意事項を読み上げる。順風満帆に徐々に人気も高まって知名度を上げ、今作の評判も非常に良く、その嬉しさと勢いが冨坂さんの前説から窺えた。小劇場演劇からまた一人、こうしてメジャー世界で活躍していく姿を見ることが出来ると、小劇場を応援している私としても嬉しい気持ちになる(そこまでアガリスクの芝居を沢山観てきた訳ではないが...)。
ここでは、今作が書かれた背景について個人的に感じたことを触れておこうと思う。

先述した通り、今作は「アガリスクエンターテイメント」がホームとして使用していた小劇場である「新宿シアター・ミラクル」の閉館を下敷きとした作品でもある。実際「新宿シアター・ミラクル」の劇場が出来る前は風俗店がテナントとして入っていたようである。
「新宿シアター・ミラクル」は、新宿区歌舞伎町の永谷ビルという雑居ビルの2階に入っていた小劇場で、2023年6月に閉館している。「アガリスクエンターテイメント」として、この「新宿シアター・ミラクル」で数回ほど公演を行っている。特に、今作で楽屋のシーンが登場する2014年は、丁度「アガリスクエンターテイメント」が「新宿シアター・ミラクル」でよく公演を行っていたタイミングである。
ホームでもあった「新宿シアター・ミラクル」が閉館するという出来事は、「アガリスクエンターテイメント」にとって非常にショッキングなことだと思うし、それに対して感じるものは絶対あったであろうと思う。

今作の『なかなか失われない30年』というのは、そんな冨坂さんが愛してきた「新宿シアター・ミラクル」への想いが込められている作品にも感じられた。この雑居ビルは、かつては劇場があったということ、そしてそれ以前には風俗店などが入っていたのだということを。
雑居ビルは、様々な業態が出入りして昔の面影がなくなってしまうので、きっとそんな面影を風化させたくなかったからこそ今作を作ったのだと感じた。
演劇作品として上演すれば、そして人々の記憶に残れば、きっと誰かが「新宿シアター・ミラクル」のことを思い出してくれるし失われずに済むと思う。そんな願いを込めて冨坂さんは創作されたのかなと感じた。

そしてそんな「新宿シアター・ミラクル」での経験があったからこそ、今の「アガリスクエンターテイメント」もあるのではないかと考えると興味深い。これからテレビドラマに商業公演に益々飛躍をしていく「アガリスクエンターテイメント」だと思うが、そうなれたのも今は無き「新宿シアター・ミラクル」のおかげなのかもしれない。
先日のこまばアゴラ劇場も含めてそうだが、小劇場が次々に姿を消していってしまうのは悲しいことだが、それを無下にしないためにもこれからのアガリスクには頑張っていって欲しいし、小劇場演劇を支えられる一人の観劇者でありたいなと感じる観劇体験だった。

写真引用元:ステージナタリー アガリスクエンターテイメント 第31回公演「なかなか失われない30年」より。(撮影:石澤知絵子)


↓アガリスクエンターテイメント過去作品


↓江益凛さん過去出演作品


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