きみは短歌だった

【選び取る②】 「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日/俵万智

笹の葉さらさらさらさらさらさら気の狂うまでリフレインさせているスーパーで、つかの間の正気のように「7月6日はサラダ記念日!」というポップが出ていた。七月になったのだ。

その手書きポップはカット野菜コーナーの前にあった。普段は離れた場所にあるドレッシングもいくらか移動してきている。まるで織姫と彦星のように、この時ばかりは近くにいられるわけだ、と思うけれど思考がさらさらさらさらに戻ってしまうからやめる。

でも、この「サラダ記念日」の短歌をどのぐらいの人が知っているだろう。多くの客は、このスーパーが独自に設けたキャンペーンか何かだと思うんじゃないか。だって短歌は俳句よりも認知度が低いし、俳句と短歌を混同している人も多い。僕は俵万智さんの本を読んだから、サラダ記念日の短歌も知っている。短歌ばかりなのに意外と読みやすくて、面白い本だった。なんなら家にある。誰にだって貸せる。妻が置いていったから。正確には妻だった人が。

野菜を食べないと体調を崩す年齢になってしまったので、僕はとにかくカット野菜を買う。サラダ用に洗われて切られたレタスと大根と水菜とパプリカが色とりどりに混ざっている。ほうれん草が入っているものは、傷みやすいし高いからあまり買わない。

ふと、このポップを書いたのは妻じゃないかと思う。そうに違いないと思ってしまう。絶対に違うのに。

絶対に? そう言い切れるのか?
わからない。

僕はずっと前から正しいことがわからないのかもしれない。妻にとって、僕たちにとって正しいと思っていたことをやってきたはずだった。でも妻はいなくなったし、もろもろの準備が整い次第再婚するらしい。彼女は別の道を選び取った。僕もアイダホへ行く。異動を希望したら内示が出た。家族を持っている社員は海外転勤を拒むらしく、渡りに船だったようだ。選び取ったんだよ、僕だって。

けれども、アイダホに行こうが時差があろうが、七月六日になれば思い出すだろう。サラダ記念日だと言って、妻が十八種類もの具沢山サラダをつくったことを。僕はケンタッキーを買って帰ったことを。笹も用意しておけば良かったねと笑いあったことを。知るかよ、もう全部無いんだ。まるで呪いだ。どこまでも追いかけてくる。

賭けてもいいけれど、来年の七月六日、僕はアイダホでポテトサラダをつくる。我ながら大変格好悪いと思う。

あらゆる記念日から、僕は逃げ切れるだろうか。


◇短歌◇
「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日
/俵万智『サラダ記念日』


【選び取る①】https://note.mu/youwere57577/n/n659ab94578d4

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