(詩) 「Into Konrad Inhaへ捧ぐ」




あなたの唄をきこうと
あなたの記憶を辿ろうと
もう開く事のない扉の鍵を探し
歩いてまわった時があった

純粋な詩情ポエジー  などという言葉を
信用してこなかった だが
あなたが独り極北を巡りながら
見てきたものとは
何だったのか

もはや誰の目にも隠れていた
あなたは或るいみで
地上の誰より無名だった

あなたが荷物を整えて
奇蹟の旅を始めたとき
空からあなたを見下ろし
励まして
道々を支えていた
偉大な意思があったのか
人間のすることは
時にあまりに奇妙に映る

彼が一九三〇年 息を引き取った
あと 二十世紀とは
どういう時代であったか
不可避的な二度目の大戦に
全地が雪崩れ込んだ
何もかもが潰滅するかと思われた

人が長く静かに守り続けてきた
営為はそこで
灰塵に帰したのだろうか
現代文明とはただ
侵蝕でしかなかったという事か
あなたが記録した風景を
ひとつひとつ追ってみるときに

だが
あなたが慎ましく成し遂げた仕事とは
ただ フィンランドと云うのではない
人類の遺産になった

孤絶した幽境
田畑と うねに幼い記憶が重なる
白い帯のように延びた湖畔
質素な家屋 戸口の風情
極寒に澄み渡るカレリア地峡

それらを横目に
一歩一歩と進んでいく

あなたの足音は誰にも聞こえず
まばらにすれ違う旅人は
見慣れぬ機械を たずさえた彼を
ただいぶか しげに一瞥 いちべつして
そのまま通り過ぎて行った

あなたが鞄の中に置いたものは
決して消え失せない宝石だった
道行く人には分からない
いや あなた自身がそれを
どこまで知っていたか
遠い旅の記憶

到着した農村は
もはや北極を目前にして
水のように広がっている

村道を歩いてゆく
ひとりの少女の姿が
あなたの心を惹いた

一枚の写真を撮影したいと
あなたが訊いたとき
彼女はどのように応じたのか

やがて 居間を借りて
あなたをじっと見凝めた
その眼差しは
百三十年を経たいま
真の意味を伝えている

彼女は永遠に
透明な少女のままでいる