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ジュプ・エ・ポァンタロン (1)入学ガイダンスで

 初日ではあったが、大学に来たことをすでに後悔していた。
 新入生たちが大きな講義室に集められガイダンスが開かれた。大学の偉い人が壇に上がって挨拶を始めた。差し障りのない話しで、小学校、中学校、高校の朝礼で校長先生が何かを話すのと同じようだった。『朝のテレビニュースで流れていた話題を一つでも盛れば、少しは関心がわくかもしれないのに』と孝子は思った。

 孝子はプレゼンテーションというものに興味があった。地元の本屋で一時期、この「プレゼンテーション」という言葉がタイトルになった本が何冊も平積みされていたことがあった。それを見て、父親に聞いてみたことがある。「モノを売る計画を作るのに仲間や上司をうまく説得する方法」だと教えられた。魔法みたいもの? そんなことが勉強で身につくのであれば、いつかは誰かに教えてもらいたい。でも、その誰かは今、壇上に立っている先生ではないような気がした。

 次は学生課の担当者という人が上ってきて、受講科目を登録する手続きを説明し始めた。重要なことに思えたので、講義室に入る時に渡された紙の資料を見ながら耳を傾け、メモも取ったが、十分も経たずに資料に書いてあるのをなぞるように話しているだけだとわかった。その渡された資料も入学手続きの時に案内された大学のウェブサイトに載っていた文面や図表を印刷用に体裁を整えただけだった。

 受験勉強を本格的に始める前に大学に関する資料や本を集め、ウェブサイトでもいろいろと調べていた孝子にとっては目新しいものはなかった。だいたいは想像していた通りだった。
『授業はどうなんだろう。知らないことを教えてもらえるのであれば楽しいだろうけど…』
 少し心配になってきた。
 でも、孝子にとって今日のガイダンスは想定の範囲内だった。後悔の理由は別のところにあった。

 退屈で無意味な時間が終わった。帰ろうと立ち上がった時に、後ろから男子三人が壇上に上ってきた。
「一年Cクラスの人は集まってください」
 孝子はそのクラスだった。講義デスクのすぐ近くに座っていたので、同じ席に座りなおした。後ろから人が集まってきた。人の移動が一段落したころに三人のうちの一人が話し始めた。
「こんにちは。僕たちも一年Cクラスのメンバーです。これから四年間、大学生活を共にすることになります。それで、どうでしょうか。このクラスの親交を深めるために、近くのレストランで夕食でも取りませんか? どうでしょう? 一番前に座っている君」
 いきなり自分が指名された。
「えっ。まあ」
 突然のことで答えを準備していなかった。あいまいにしか答えられなかった。
「いっしょに行きましょうよ。その後ろのあなたはどうですか?」
 賛成したと思われたらしい。いつの間にか後ろに座っていたうちの一人に声がかかった。
「レストランだったら、行ってみてもいいかな」
「行きましょう。行きましょう。その隣の君は?」
 仕切っているのは調子のよさそうな男の子だ。その場に集まった全員に声をかけていた。
「だいたい人数がわかりましたので、レストランに連絡してみます。集合場所と時間を後で連絡しますので、みなさんの連絡先を教えてくれませんか? メールでもフェイスブックでもいいのですが」
「LINEがいいんじゃない? そのほうが便利だし」
 誰かが提案した。メールアドレスよりはそっちのほうがいいか。何かあればブロックすればいいし…。しかし、別の学生から
「個人情報だろ。いいのかよ。了承を得たとしても、後の管理が大変になるぞ」
と声があがった。やっぱり何かおかしいと思った子がいるんだ。
「それじゃ。どうしましょう…。最寄り駅集合にしましょうか。集まったらお店に案内するというのではどうでしょうか。時間は…。そうですねー。夕方の五時ごろにしましょうか」

 三人組の用件が終わったようで、集まったクラスメートたちは出入り口に向かって歩き始めた。
 「それじゃ。時間までに集まってくださいねー」
 三人組の一人がみんなの背中にむかってそう大声を上げた。その声に応える人はいなかった。何か強引に進められているようで、三人に好感を持てなかった。


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