見出し画像

ジュプ・エ・ポァンタロン (8)女性客の来店

 孝子はジャケットとは反対側のスカートのコーナーに近づいてみた。ジャケットと同じようにグリーンの色合いが濃い方から淡い方に色調を少しずつ変化させて掛けられていた。裾の長さは濃いグリーンが長めのミモレ丈、淡いグリーンが短い膝丈と少しずつ長さが変わっていくように配置されていた。同じ色合いのジャケットとスカートを組み合わせるとバランスがいいということなのだろうか? その中に極端に短いミニ丈や逆にくるぶしまである長いマキシ丈は飾られてはいなかった。
『どうしてなのかな? 店長が戻ってきたら聞いてみよう』
 
 お店番の時間が半分ぐらい過ぎたごろ、しゃれた服の女性が入ってきた
「あらっ。店長さんはいないのかしら」。
「用事で外出してます。もう少しで帰ってくると思います」
「そう。お店が開いているから店長もいると思って…。ちょっと見せていただいていいかしら?」
「はい。どうぞ」
 
 女性はジャケットのコーナーに近づき、濃いグリーンから淡いグリーンまで色調を変えた十数着の中から一つをとって
「これどうかしら。似合う?」
 孝子に聞いてきた。
 悪くない。選ぶセンスがあると思った。
「いいと思いますよ。今、穿いているスカートとの色のバランスもちょうどいいと思います」
「そうよね。そう思うわよね。これに決めた。これをいただけますか」
「私、お店番をしているだけなので」
「だから、あなたにお願いしているのよ。包んでいただけるかしら」
 困った。どうしよう。商品の包み方は知らないし、お店の袋がどこにあるのかも聞いていなかった。レジの扱い方もわからない。現金だったらなんとかなるかもしれないが、勝手にやっていいのだろうか。クレジットカードを出されたらどうしたらいいかはまったくわからなかった。
 店長からは、お客様には三十分後に戻ってくると伝え、待っててもらうように言われたけど、私、言ったわよね。うまく伝わっていないのかな。
 孝子は少し言葉足らずだったことには気付いていなかった。
 
 頭の中がパニックになっていたところに、店長が帰ってきた。
「マダム。いらしてたんですか」
「あら、店長。お店が開いていたからあなたがいると思って」
「この娘がお店番をしてくれたものだから、裁縫のお母さんのところに行っていたんです」
「そうだったのね。そう、この娘がこれが似合うっていうので、決めたのだけど、お支払いは店長にお願いしていいかしら?」
「はい。すぐに準備します」
 店長はマダムと呼んだ女性からジャケットを受け取り、レジの裏に入り包み始めた。
 孝子は自分がうまくできなかったのだと思った。店長に謝ろうとしたが、その時、腕を引っ張られた。振り向くとマダムと呼ばれた女性が孝子の顔を見てにこやかにうなずき、人差し指を自分の唇の前で縦にした。孝子は店長に何かを話さなければと思っていたのを止めた。
「マダム。お会計はよろしいでしょうか。三万六千円になります」
「あら、値札には四万円って書いてあったけど」
「会員の割引がありますので一割引きになります」
「四万円でいいわよ。差額はこの娘のお給料に上乗せしておいてもらえるかしら」
「いいんですか…。それではお言葉に甘えて。ありがとうございます」
 孝子は何が起こったのか把握できなかった。
 店長がジャケットを入れたお店のロゴが入った紙袋を持って、マダムの近くにやってきた。マダムを出入口まで案内して、ドアを開けて外に出ると、マダムもその後をついて外に出た。店長は紙袋をマダムに手渡しし、
「また、いらしてください。お待ちしています」
と挨拶すると、マダムは
「ありがとう。また、来ますね。すぐに来なければならないような気がする」
と店長に話した後、孝子の方に向いて
「あなたにもお礼を言わないとね」
と言ってから坂の上のほうに向かって歩いて行った。
 店長はマダムが坂の上に隠れるまでお店の前に立っていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?