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ジュプ・エ・ポァンタロン (11)孝子のデッサン画

 裁縫のお母さんと店長はこのあたりのおいしいお店の話しに花を咲かせていた。孝子は聞いているだけだったけど、話題に上がっているお店に一軒ずつ行ってみたいと思った。

 ドアが開いて誰かが入ってきた。昨日お店に来たマダムだった。昨日よりもさらに華やかなドレスとミニスカートを組み合わせていた。有名な化粧品ブランドのテレビコマーシャルで女優さんが着ていたようなデザインだった。
「店長さん。お招きいただいてありがとう。お母さん。頑張ってるわね。一緒にアフタヌーンティーだなんて、うれしいわ!」
「マダム。お互い元気でなによりよ!」
「店長さん。クッキーを焼いてきたから、みんなに出してあげて」
 マダムは紙袋を店長に渡した。
「ありがとうございます。あら、温かい。焼きたてですね」
「少し冷ましてから持ってきた方がよかったんだけど、急いだもんだから。ごめんなさいね」
「マダムのクッキーは作りたてもおいしいんですよね。これもお皿に開けましょう」

「孝子ちゃんはミニが気になるんですって? お店にミニがないって文句を言ったらしいわね」
「文句を言ったなんて…。このグリーンのスカートのシリーズだと、飾ってある以外のサイズがあってもおかしくないのではと思ったんです」
「そういうところに疑問を持つのはいいことよ。いろいろなものを試してみたら。あなた、ミニが好きだって店長が言ってたから、今日は着てみたのよ」
「私のために…ですか? ありがとうございます」
 店長が
「マダム。私は『孝子さんはミニが好き』だなんて言ってませんよ」
「あら、同じことよ。話題にしたんだから」

「私の推薦者はマダムなんですか?」
「ええ。昨日、このお店でお洋服を一点一点しっかりと見ていたでしょ。それであなたとお話してみたいと思ってお店に入ったの」
「そうだったんですか」
「『私にはどれがお似合い?』って聞いてみようかなとも思ったんだけど、初めての人にそれはいじわるかなと思って。私が気に入ったものを選んであなたに見てもらったのよ。きちんと自分の意見を言うことができてすごいわよね。若いのに」
「それが推薦理由だったんですか?」
「そうよ。こんな子、なかなかいないから、是非お店にいてほしいって」
「ありがとうございます」

 店長が皿にのせたクッキーとマダムの紅茶を持ってきた。
「マダムにはダージリンを淹れてきましたけど」
「ありがとう。みなさん、私が焼いたクッキー、お召し上がりください」
「いただきます」「遠慮なく」
 サクサクのクッキーは甘みが抑えられていたが、温かさが残っていておいしかった。冷めたら、甘さが際立って、それもおいしいかもしれない。
 裁縫のお母さんが
「孝子ちゃんはデッサンの勉強をしていたと聞いたけど」
 孝子はカバンの中からA4のノートを取り出して、裁縫のお母さんに差し出した。
「私、美術部員ではないので専用の画紙はなくて、少し大きめのノートに描いていたんです」
 お母さんはウェットティッシュで指を拭いてからノートを取ろうとしたが
「これは孝子ちゃんの大事なノートよね。手を洗ってくる」
と一旦奥に入っていった。水道の音の後で、タオルで手を拭きながら戻ってきた。そして改めて孝子のノートを取るとパラパラとめくっていった。
「いろいろなものを描いているのね」
「最初は自分の手を描いてみました。近くのお寺の石碑とか、動かないものを探したり…」
「裸婦もあるけど、これはどうやって描いたの?」
「高校の美術室に模型があったんです。美術部の友だちが一緒に描いてみないって誘ってくれたので、その時に描きました。時間がそんなになかったので輪郭ぐらいで…。後は自分で想像して描いていました」
「後ろのほうは、お洋服とかが多いけど」
「有名デザイナーのインスタグラムを見ながら、参考にして、これらも想像です」
「あなた、大学は文系よね?」
「ええ、そうですが」
「芸術系がよかったんじゃないの?」
「デッサンは本当に趣味みたいなもので。私を誘ってくれた友だちは芸術大学の試験を受けるために毎日のように描いていたようでしたけれど、私はそこまではできませんでしたので」
「そう。残念ね。店長。孝子さんには何をしてもらうの?」
「しばらくは私と一緒にお店にいてもらおうかなと考えています」
「制作もお願いしてみたら。私の作業も手伝ってもらうと助かるわ」
 マダムが
「へぇー。孝子ちゃんのお洋服が出てくるってことよね。楽しみだわ」
「えっ。そんなこと、私には、まだ…」
 店長が
「孝子さんは東京に出てきたばかりで、大学生活もこれから始まるわけだから。無理させないでくださいね。でも、本人がやってみたいと思うのだったら、やってみてもいいわよ」
「えーっと。お話しの展開が早すぎて追い付かないんですけれど。ゆっくり考えてみていいですか?」
「ごめんなさい。急かせてしまったようね。ケーキの続きを楽しみましょう」
 四人は駅周辺の料理店や衣料品店の話しに戻っていった。

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