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ニセコでクラフトビールを作る理由

ありがたいことに、新聞や雑誌などが当社を取材してくれることがある。ご近所の方々や卸先の飲食店の経営者をブルワリーに招いて、試飲してもらったり、興味がありそうであれば器具を指差しながら醸造プロセスについて説明することもある。

そんな時に決まって聞かれるのは、「どうしてクラフトビールを作ることになったのですか?」ということだ。気を遣って聞いてくれているのだろうと思う。「ビールが大好きであちこち飲み歩きまして、自分で作りたくなったんです。」というような答えを期待されるのだろう。そういうことにすれば記事にもしやすいし、話も弾むのではと思うのだが、事実は全く異なるし、そんなウソで話を続けるのは無理だ。

私たち夫婦は、まずニセコに住むことを決めた。私はとにかく賑やかすぎる東京での生活に限界を感じ、自然に囲まれた生活に憧れがあった。また年に30日はスノーボードに出かけていたので、スノーリゾートの近くに住むことは夢だった。スノーボードがうまくなりたかったのだ。
ニセコは第一の候補だったが、景色が抜群で手の届く価格帯の土地が見つかったのは偶然だ。この場所が見つからなかったら、きっと富良野とか、東京にも近い妙高とか白馬とか那須が候補に上がったことだろう。

住む場所は決まったが、何をして暮らそうか。英語は仕事で使ってきたから、外国人オーナーのところで何かあるだろう、とか、リモートでプログラミングとか、なんとかなるだろうと思っていた。

一方で、自分自身の力で、何かビジネスを成功させたいという思いもあった。これまではサラリーマンとして、新しい製品を作ったり、新規事業に関わらせてもらったり、恵まれた境遇ではあったのだが、当然なんでも自分の思い通りになるわけもなく、煮え切らない思いでいた。会社においての意思決定は、製品・サービスとしての正当性や、ましてや売り上げなんかでもなく、しばしば社内のパワーバランスによって決まった。決まればまだいい方で、現状を変えたくない、少しでも失敗したくない、という静かな負の圧力によって些細なアイデアや挑戦が潰された。変化することのコストは高いが、変化しないことのコストは安いのだ。自分たちのビジネスであれば、失うものは自分たちのお金と時間だけで、誰かの評価を気にする必要はないし、失敗しても次のアクションに速やかに移るだけだ。

そういうわけで、何かしら自分たちでお金を稼ぐという漠然とした目標を持っていたときに、ふと思いついたのがクラフトビールだった。妻と初めてデートした時は、クラフトビールが好きだと言っていた妻に気に入ってもらおうと、自社でクラフトビールを作っているレストランを予約した。また、以前コロラドにスノーボードをしに行った時に、デンバーにバーとブルワリーが多いことに驚いた。まさにエブリイ・コーナーだ。コロラド州には著名なスキーリゾートが多くあり、空港のあるデンバーはその拠点の街だ。一方、ニセコはどうだろう、少なくともデンバーで目にしたようなクラフトビールは無いようだ。なら、やってみようということになった。実はデンバーはスキーリゾートから2時間ぐらい離れていて、ニセコからすれば札幌のような距離感だ。まぁ、リゾートに近いほうがいいし、欧米人はビール飲むよ。ということでクラフトビールをニセコで作って売ることになった。

クラフトビール作りは、私たちにとってのドリーム・ジョブでは無いのだが、私たちがこれまでに学んだすべてのことを応用する実験場だ。ビール作りは知らなくても、二人ともセールスやマーケティング、エンジニアリング、デザインの分野では成功体験がある。実験するからには成功を目指す。当然クラフトビールとしての品質や飲んでくれる人を満足させることは、最重要の成功要因だ。

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