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ノルウェー人との出会いから生まれた奇跡

ノルマンディー地方の古都カーンを出発した列車は、あと30分ほどで目的地のポントルソン駅に到着する予定だった。

ぼくはそこでバスに乗り換え、世界遺産のモン・サン・ミッシェルへ行こうとしていた。列車は11時40分に到着し、バスは11時55分に出発する。小さな駅なので、乗り換えは余裕なはずだ。

しかし11時15分、思わぬハプニングが起きた。

突然、電車に変な衝撃と振動を感じた。何かにぶつかったのだろうか? しばらくして電車が止まると、フランス語の車内アナウンスの中に、「アニマーレ」という言葉が聞こえた。どうやら動物と衝突したらしい(あとで鹿だとわかった)。

フランス国鉄のアプリにも通知が届き、「この列車は到着が30分遅れます」と書いてあった。まずい、それではバスに間に合わない。

遅延を知らせるアプリの通知画面

実は非常に本数の少ないバスで、このバスを逃すと、その次は18時35分発しかない。何もない駅で6時間半も待たなくてはいけない。それではせっかくここまで来たのに、モン・サン・ミッシェルを見られずに終わってしまう。2〜3km先であれば頑張って歩くのだけど、島の手前にあるホテルまで約8kmあるため、重たいスーツケースを引っ張っていくのは厳しい。

11時50分頃に運転は再開したが、もうバスには間に合わないだろう。

念のため、車掌さんに尋ねてみた。

「このバスを逃すと、次は18時台なんですけど」
「ああ・・・、そうだね。もしかしたら何か対応があるかもしれないから、ポントルソンに着いたら駅員に聞いてみてくれるかな」
「わかりました」

列車は12時20分にポントルソン駅に到着。急いで駅前に出てみたが、バスが待ってくれている気配はない。おまけに駅舎には鍵がかかっていて、ひとりの駅員もいなかった。なんてこった。。。

ポントルソン駅は日曜のためなのか、無人だった

最後の手段はタクシーを利用することだった。バスであれば3.1ユーロで行けるのに、タクシーなら20〜30ユーロはかかるだろう。

嘆きながらタクシーを探したのだが、しかし駅前にはまったくいる気配がない。代わりに、タクシー会社の電話番号が書かれたプレートがあった。だがぼくのスマホは、フランスでは通話ができない。万事休す。

タクシーの電話番号が書かれた駅前の掲示板

たとえ30ユーロかかったとしても、タクシーに乗れたらまだ良かったのだ。これじゃ本当にモン・サン・ミッシェルへ行けないじゃないか。そもそも「フランスで最も人気のある観光名所」の最寄駅に1台もタクシーがいないなんて、考えてもいなかった。

(やっぱり歩くしかないのか・・・)

諦めかけていると、そばにいた若い女性から声をかけられた。

「ちょっと聞きたいんだけど、英語は話せる?」
「うん、少しなら」
「私たちバスでモン・サン・ミッシェルに行きたいんだけど、」
「ああ、11時55分のバスでしょ?」
「ええ」
「ぼくもそれに乗りたかったんだ。まったく同じ状況だよ」
「ほかにどういう手段があると思う?」
「モン・サン・ミッシェルまでは約10kmあるから、歩いて行くのは難しい。でも次のバスは18時35分発だから、それは待っていられない。もしぼくの携帯が使えたら、タクシーを呼びたい。あなたたちは3人?」
「ええ」
「もしタクシーが捕まれば、4人だから、一緒に乗れる」
「それは良いアイデアね」
「でもぼくの携帯、電話ができないんだ」
「そしたら、私が電話してみるわ」
「本当に!? ありがとう!」

と、何やら思わぬ展開が起きた。

女性がタクシー会社に尋ねてくれている間、そばにいた同じグループの女性から話しかけられた。

「あなたはどこから?」
「日本からです」
「あら、以前日本に旅行したわ。東京、京都、広島、長野を訪ねて、とても良かった」
「あなたは?」
「ノルウェーのオスロよ。この子は私の娘で、今電話している彼女は、娘の友人。彼女がカーンの学校に通っているから、私たちがノルウェーから遊びに来て、それで今一緒に旅行しているの」

娘さんの友人がいくつかのタクシー会社に電話してくれている間、お母さんと雑談。お互いがフランスでどんな場所を訪ねたのかなどを話した。彼女たちは昨日、鉄道でカーンからバイユーを訪ねたそうだ。

「ものすごく長いタペストリーがあって見事だったわ」
「いいですね。ぼくはル・アーブルやエトルタに行きました」
「その辺りはモネで有名よね。彼の庭には行った?」
「行きたかったんですが、ジヴェルニーの庭は、11月以降はクローズ中なんです」
「あら、それは残念ね」
「また次回ですね。ところで、ノルウェーのノールカップへは行ったことありますか?」

ノールカップは、ヨーロッパ大陸の最北端である。ぼくは昔、ノールカップから自転車でポルトガルまで走って旅してみたいと、妄想だけはしたことがあったのだ。それで憧れがあり、なんとなく聞いてみた。

「ノールカップはないわ。でも娘は、スヴァールヴァル諸島(ノールカップよりさらに北、北極圏にあるノルウェー領の群島)に行ったことがあるわ」
「えー!スヴァールヴァル諸島に!?」
「行ったことある?」
「ないです(笑) でも以前旅行会社で働いていたから、知っているんです」
「とても寒いところよ」
「そうですよね(笑)」

そんな感じで盛り上がっていると、電話を終えた彼女が戻ってきた。しかし表情は暗い。

「タクシーはどこもダメ。動いてないみたい」

電話してもまさかの全滅。日曜だからだろうか。いよいよぼくもどうしたらいいかわからない。

すると彼女たちは、「あそこで相談してみるわ」と、駅の近くにあるカフェに入っていた。

カフェで相談する3人組

いやいや、カフェに相談したところで、難しいだろう。そう思っていた。

しかし店から出てきた彼女は笑顔だった。

「15分待ってくれたら、ご主人が車でモン・サン・ミッシェルまで連れて行ってくれるって!」

えー!そんなことが!

なんという奇跡だろう。しかもお母さんが謝礼として先に20ユーロ払ってくれて、4人での割り勘ということでぼくは5ユーロで済んだ。

カフェの店主の車で送ってもらう

もしさっき彼女に声をかけられなかったら、ぼくは途方に暮れながらホテルまでの8kmを歩いていたと思う。重たいスーツケースを引いているから、3時間くらいかかるだろう。それが、車だからわずか10分で着いてしまった。人生は紙一重である。

モン・サン・ミッシェルの島内と橋へは一般車両が入れないため、ぼくらは島から2.5km手前の駐車場で降りることになった。

「すぐそこから無料のシャトルバスが出ているから、それに乗れば島まで行けるよ」

車を降り、ご主人にお礼を言って別れる。ぼくのホテルはこのすぐ近くだから、先にチェックインしよう。

彼女たちはカーンからの日帰り旅行なので、そのままシャトルバスで島内へ向かうことになった。

「ノルウェーに行くときは、またあなたに会いたいです」

別れ際、お母さんのシグリッドさん(Sigrid)にそう伝えると、「素敵ね」と喜んでくれたので、連絡先を尋ねた。

モン・サン・ミッシェルの橋を往復する無料シャトル

さらにその2時間後、ぼくがモン・サン・ミッシェルの修道院近くをうろついていると、またこの3人組から声をかけられた。これだけ人がたくさんいるなかで、また会えるってすごい。

「先ほどはありがとうございました。もしあなたたちが東京に来るときは、ぜひ連絡してください」
「あなたも、オスロに来るときは連絡してね」

ノルウェーでの再会を約束し、記念撮影

鹿との衝突による列車の遅れ、その結果バスに乗れず途方に暮れたハプニングから、ノルウェー人たちとの偶然の出会いがあり、まさかのカフェのご主人が車に乗せてくれるという一連の幸運に恵まれた。

「奇跡の島」と言われるモン・サン・ミッシェルを訪ねた日に起きたこの出来事を、きっといつまでも忘れないだろう。そしていつかノルウェーで、彼女たちと再会できる日を楽しみにしている。

モン・サン・ミッシェルは美しかった

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