運命の恋(第28話)翳の理由
三年に進級したら美香と同じクラスになっていた。まさか学校まで特別の配慮をしてくれたわけじゃないだろうから偶然だよな。今泉も諏訪さんも一緒になって嬉しかったよ。やっぱりあの二人はボクに取って親友だと思うもの。
美香との交際は相変わらずだったけど、どうにも美香の表情に翳が時々差すのが気になる。それと美香はお嬢様で上品ではあるけど、健康美人タイプ。花にたとえると牡丹とか芍薬かな。だから文化祭のコスプレの時も楊貴妃が似合うと思ったし、輝く朝日みたいなイメージで良いと思っている。
それが新学期になってから、どこか儚げなところを感じてしまう。どこが、どうと言われても困るけど、感じるものはしかたがない。諏訪さんにコッソリ相談したこともあるのだけど、
「そうかなぁ。気にし過ぎじゃない。あれだけベッタリ引っ付いていたら、そうなっただけかもよ」
他人のことを言えるか。ボクのところと匹敵する公認ラブラブ・カップルやってるじゃないか。
「氷室君がそう感じるなら、そんなところもあるのかもしれないけど、恋する女は変わるのよ」
美香がボクに捧げてくれる愛には変わりはないと思っている。そうなると何か悩みごとでもあるかと思って聞いても、
「とくに悩んでいる事は御座いません」
美香のすべてを知っている訳じゃないけど、家庭は円満、学業も優秀、ボク以外との交友関係にも問題が生じている気配もない。ボクに不満な点でも出来たのかと聞いても、
「滅相もございません。淳司様とこうやって御一緒させてもらっているのに、どこに不満など起こるものですか」
ここまで言われてしまった。それでも、そのうちに美香に差している翳も消えるかと思っていた。だが五月になり六月になっても翳は消えるどころか、濃くなっているとしか感じられなくなってしまった。
それだけじゃなく、美香の顔色が心なしか良くない。さらに言えば三日程だけど欠席した日もあった。そこまでになると諏訪さんも気になったみたいで今泉と共に呼び出された。さすがに二人で会うのは良くないの判断みたいだ。
「なにかあったの?」
「それが、わからないんだ」
諏訪さんは可能性がありそうな事をあれこれ聞いてきたが、それはボクも美香に聞いた事で、その辺りに問題が起こっているとは思えない。探しあぐねた末にボクが思いついたのは、
「あの翳だけど、最初に差したのは円山公園の花見の時の気がしてならないんだよ」
そうあの占いの時だ。諏訪さんは、円山公園のどこで、どんな占い師だったか根掘り葉掘り聞いた末に、
「その占い師って・・・」
聞くとかなり有名な占い師らしく。とくに恋愛関係では一部に圧倒的な支持をされて人気だそうで、
「占い師も商売だから、普通は良い事しか言わないのよ。悪いことを言っても嫌がられるだけじゃない。だから恋が成就しないとわかっても誤魔化すだけ。だって、その後に別れたって文句言う人なんていないもの」
そりゃそうだ。
「ところが円山公園のその占い師は、はっきり言うし、ハズレ無しって事で人気なのよ」
おいおい、ボクと美香さんが別れるって言うのかよ。まさかあの占いを気にして美香さんがあんな状態に。
「そうとしか考えられないよ。その時に占いに誘ったのは美香さんでしょ。美香さんもその占い師の事を知っていたはずよ」
どうでも良い事だけど、ボクは占いが好きじゃない。それこそ神社のおみくじを引くのも好きじゃない。たいした話じゃないけど、高校受験の時に天神さんまで合格祈願に行ったんだ。さすがに不安だったし。お参りして、お賽銭上げて、絵馬まで書いて、最後におみくじ引いたら、
『凶』
冗談じゃないと思ったもの。天満宮と言えば学問の神様で、ボクだけじゃなく受験生が合格祈願に訪れるところだ。そこのおみくじに凶を入れる神経を疑ったよ。こんなもの引き当てて喜ぶ奴がいるものか。
でもある意味当たっていたかもしれない。高校は合格したものの、合格発表日は両親の離婚成立日。それだけじゃなく、ボクが両親から捨てられた日。これは吉とは言えないよな。あのおみくじが示した凶が家族の離散を示していたのなら当たりだ。
そう考えたのは後になってのこと。離婚協議が行われていたのは、知っていたから、当時のボクはなんとか合格しようと必死だった。それに水を差したおみくじが憎たらしかった。そう占いなんかに運命を託すのは、二度とやるまいと思ったぐらいだ。
だからあの日も、本当は気が進まなかった。だってだよ、美香との関係は占いが決めるのじゃなく、二人が切り開くものじゃないか。占い一つで二人の行先を決めてしまうのはおかしすぎるよ。
「氷室君の言う通りかもしれない。だから引っかかるところがあるのよ」
諏訪さんが言うにはボクと美香さんは百点満点のカップルだと言うんだよ、
「そりゃそうよ。美香さんに取って氷室君は運命の人。氷室君以外を見る気なんて、これっぽっちもないじゃないの。さらにそれを美香さんの御両親も認めただけじゃなく、応援までしてるじゃないの」
ついでに言えば、ボクの両親は無関係状態だ。
「そりゃ、先の事を言い出せばキリがないけど、美香さんの御両親は氷室君を婿として迎えるつもりだよ」
婿入り? ああそうなるのか。美香さんは二人姉妹だし、あれだけの家だから跡取りが必要だよな。それに比べれば氷室の家なんて存在価値さえ疑われる代物だ。ボクにも、こだわりなんかない。
「なのに、どうして二人の将来を占わなければならないのよ」
そこか。とりあえず本人同士ですら順風満帆状態にしか思えないのに、わざわざ占った点か。
「座興とか」
「美香さんは氷室君が占いどころか、おみくじも好きじゃないって知ってるでしょ」
そうだった。そんな事も話してた。
「すると美香に何かあったのか」
諏訪さんが言うには、ボクと美香の関係に大きな支障をもたらしそうな悩みごとを美香が抱えていたはずとした。それは二人の将来に間違なく左右するほどのものだとした。
「もしかして、お花見に円山公園へ誘ったのは美香さんじゃない」
「言われてみれば」
桜前線の関係もあったけど、京都にするのだけは決めていた。ボクは醍醐の花見で有名な醍醐寺にしようと言ったのだけど、美香は円山公園が良いと言ったんだよ。どっちでも綺麗だけど、阪急で行きやすい円山公園にしたんだった。
「すると美香は最初から円山公園で占いをするのが目的だったとか」
「そのはずよ。そこで得られた結果にショックを受けたんだよ」
美香の変化の理由の発端だけはわかったけど、肝心な事はわかりようがなかった。なんだって言うんだ。たかが占いじゃないか。そんなもの二人で乗り越えて見返してやれば良いだけじゃないか。あんな占い師の言葉に振り回される必要なんかないだろうが。
諏訪さんは黙り込み、うつむき、真剣な表情で考え込んでいた。あまりに真剣そうだったので、ボクだけじゃなく今泉さえも声を掛けるのを躊躇うぐらいだった。やっと顔を上げた諏訪さんは、
「少し違う気がする。単純に氷室君との将来を占ったんじゃないはず。むしろ最後の希望を占い師に託した気がする」
「どういうこと」
諏訪さんは話しにくそうに、
「美香さんは氷室君との交際に重大過ぎる危機を感じていた。それでも言い足りないか。破局が必至と知っていた。それを回避する最後の希望が円山公園の占いだった」
話の辻褄は合う。あの花見の日の占いからの美香の変化を。それでもだよ、一体何が起こってると言うんだよ、ボクと美香との間を遮ろうとしているものってなんなんだよ。それはボクでは守れないとでも言うのか。今泉は、
「理子の推理は説得力があるけど、真実かどうかはわからへんやんか。それと何があってもボクと理子は氷室を助けるしな。これだけは信じといて」
巨大すぎる不安に心が押し潰されそうなボクがいた。
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