運命の恋(第30話)相談
ここは波濤館流道場の一室。集まっているのは山吹真夏、諏訪理子、今泉健太郎の三人。行方不明の氷室淳司を自宅で発見し、波濤館流道場に運び込んでいる。
「山吹さん。あんなパンチを喰らわせて氷室は大丈夫なのか」
「ああやって静かにさせないと今泉君は病院送りになってたよ。今のジュンちゃんは弱ってるけどセーブの観念が無いから、殺されたって文句は言えないぐらい」
今泉はちょっと驚きながら、
「それでも氷室は意識を失ってもたやないか。病院に連れて行った方がエエんちゃうんか」
「それは心配ない。あれぐらいで死なないように鍛えてある。しばらく寝てるだろうから、起きたらお粥でも食わせれば元気になる」
山吹の言い方に受けたのか今泉は、
「おいおい、ここの道場ではどんな鍛え方をしとるんよ」
「波濤館流の師範代補佐を舐めないでくれる」
ここで諏訪が目を真っ赤にしながら、
「ショックだったんでしょうね」
「ああ、ボクやったら理子が突然転校してもて、引っ越して行方不明になるんと同じやさかいな。氷室がああなってまうのはわかるわ」
今泉も諏訪も、五十鈴美香の転校は完全に寝耳に水で驚く以外にありませんでした。
「転校やから、家も引っ越しになるんはエエとしても、あれやったら夜逃げ同然やんか」
「木曜日に会った時には、そんな気配もなかったのに」
そこから氷室をどうするかの話になったのですが、氷室は実質的に天涯孤独の身です。親権は父親と三人は聞いたことがありますが、高校入学後は会うどころか連絡もしておらず、する気もないと聞かされています。
する気がないどころか、父親から連絡を取るのも禁止されていると聞いたことがあります。とはいえ家に帰すのも良くないのもわかります。
「誰かの家に引き取るとしても、まだ未成年だから、色々ウルサイのよね」
未成年者を家に泊めるには親の許可が必要で、それも泊める側の成人が許可を取る必要があり、これを怠ると誘拐とみなされて警察沙汰に発展することもあります。これはやむを得ない善意であっても問題にされます。
「そやから言うて警察に行くのは変やで」
警察に行けば氷室の父親に連絡を取って引き取ってもらうぐらいになるでしょうが、氷室と父親の関係を考えると良い選択だとどうしても思えません。すると諏訪が、
「それってさぁ、誰かが問題にした時でしょ。氷室君の場合ならお父さんの意向になるけど、完全に無関心状態じゃないの。氷室君が死んで葬式になっても来るかどうかわからないぐらいじゃない」
引き取ると言っても、この三人の内になります。氷室は男ですから今泉の家が候補になりますが、
「これはすぐにはウンと言えへんわ。親父とお袋に相談せんと」
これに山吹が、
「決めた。ウチがこのまま引き取る。警察がなんか言って来ても責任はとる」
「エエんか」
「内弟子にしたって言っとけばなんとかなるはず」
今泉も諏訪も、実際に家に引き取るとなるとあれこれと面倒なのは知っています。二人の一存ではどうにもならないところがあります。山吹の祖父は防犯協会に関係があり、そこを通じて警察にも知り合いがいます。
「ジュンちゃんはうちの師範代補佐。爺ちゃんだって賛成する。いや賛成させる。警察は爺ちゃんに上手く言ってもらえるはず」
「悪いけど、そうしてくれると助かる」
今泉も諏訪も悪いと思いながら、山吹が氷室を預かることに賛成します。現実として他に選択肢がないからです。
「さてどうやって励ますかやな」
「何を言っても、今は無駄だと思うよ」
「そりゃ、そうなんやが」
三人は氷室が受けた衝撃の強さを想像しています。
「美香さんの行方はわかったか」
「それがサッパリ。個人情報だって言って、学校にかけあっても無しの礫だったもの」
諏訪が、
「今回の事件だけど、氷室君が美香さんに捨てられたと感じてしまうのはわかるけど、本当に美香さんは氷室君を捨てたのかしら」
そう嫌いになって別れるにしても、ここまでやる必要が誰にも思いつかないのです。
「なにか理由があると思うし、美香さんは決して氷室君のことを嫌いになっていないはずだと思うのよ。あれは、どうしても氷室君を遠ざける必要があったからじゃないかしら」
「理子の言いたいことはわかるけんど、現実を見てみいな。本当の理由を知るには美香さんを見つけ出さんとアカンけど、こっちも行方不明状態やんか」
諏訪はそこから泣き叫ぶように、
「おかしいよ、おかしすぎる。美香さんは氷室君だけではなく理子にも健太郎にも、クラスの誰にもメッセージを残してないじゃない。それってクラスどころか、学校からも逃げ去ったことになるじゃないの。どうして、どうして、そんなことをやらないといけないのよ」
諏訪は泣き崩れてしまいます。そんな諏訪を今泉は慰めながら、
「理子。気持ちはわかる。ボクの頭の中もクエッション・マークが踊りまくってるわ。なんとかせんといかんのやが」
とはいえ高校生に出来る事は限られています。五十鈴の行方も追う事も困難です。氷室の家に窓を割ってまで入り込み、道場に運び込んだ事自体が限界を既に超えていると言えます。さらに山吹が道場に引き取るのは犯罪覚悟の行為になっています。
「ボクたちは無力やと思うで。あんなに落ち込んどる氷室も救えへんねんからな」
すると山吹は、
「そんなことないよ。私たちだって出来る事は幾らでもある。ジュンちゃんを助けるには長い時間が必要よ。その時間に付き合える友だちでいれば良いだけ。マナツはやるよ。必ずジュンちゃんを元通りにしてみせる。それが何年かかっても必ずそうしてみせる」
腕を組んで考えていた今泉も、
「山吹さんの言う通りや。このままやったら氷室は腑抜けで終わってまう。そこから助け出すぐらいやったら高校生でも出来るやんか。ボクはやるで。氷室は掛け替えのない親友や」
「理子だって、なんでもする」
そこからあれこれ相談をして、
「・・・理子の方針で行く。待ってろよ氷室、必ず元気にしてやるからな」
「学校は頼んだよ。道場はマナツが頑張る」
その時に氷室の目が開くのを山吹が見つけます。泣きながら駆け寄り、
「ジュンちゃん」
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