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F3 ヨッシャマンVS伝説のセラピスト


私はヨッシャマン。
何者でもない。
何者でもないのだが、住宅ローンと夢を抱える身としては職業は必要である。
本来ならば秘密結社を立ち上げるか、秘密クラブを経営すべきなのかもしれないが、実際には整体を生業にしている。
そう。ヨッシャマンのよそ行きの表顔は整体師なのである。
しかし、この「整体師」というネーミングはいまいち地味で面白味がないなぁと思う。
「癒術師」とでも名乗ろうかと思うけれど、中二病患者であることはバレたくないのでやめておく。
まぁ、一般的に私たちのようなのをひとくくりにして「セラピスト」と呼ぶことが多い。

私はかれこれ20年ほどこの業界をうろうろしているので、多くのセラピストに会ってきた。
その私が確信をもって言えることは、セラピストは2種類しかいないという事実である。それは、

変なセラピストか

すごく変なセラピストか。


どちらかである。
例外はない。
もしセラピストになにかしらの過剰な期待や崇拝をしようとしているなら止めたほうがいい。
変人しかいない。

そんな中でも、私がこれまで出会った中で伝説級のセラピストの事を書きたい。
実は、彼女は私の記事にも一瞬顔を見せたことがある。
#10で、私が星読みに天職が「秘密結社のリーダー」であると告げられた時、「わたし、入ります!」といの一番に言ってきた人物である。
これだけでも向こう見ずな性格が見てとれるだろう。

伝説のセラピスト(以下、伝セラ)とは、とあるショッピングモール内のサロンで一緒に仕事をしていたことがある。
社会不適合者と変わり者の吹きだまりみたいなサロンだったが、彼女は群を抜いていた。セラピストであるということを抜きにしても、これ以上天然色の強い人間に私は今まで会ったことがない。

伝セラは寮に住んでいて、管理人からはよくサロンに電話をもらった。
「伝セラさん、また布団を干しっぱなしでいかれたので取り込んでおきましたから」
大体そんな内容である。
布団を干すのはえらい。
しかし、1つしかない部屋の出窓にどーんと干してある布団をなぜ置き去りに出来るのだろう?
帰りは夜なのに。

店舗とは別に、モール内に倉庫を借りていた。
各店の倉庫がまるで牢獄のようにならぶエリアがあって、その一番奥の独房を私たちはほぼ更衣室代わりに使っていた。
伝セラの後にそこを使うと、しょっちゅうドアの外にバックが置いてある。捨てネコみたいにポツンと。
いったん荷物を置いて鍵をかけると、置いた荷物のことは失念してしまうのである。
これを、寮の玄関でもやらかした。
夜の10時過ぎに帰宅し、バックを外に置いたままドアの内鍵をかけた。
給料日(現金支給)に!
新聞配達の方が寒空に震えるバックを保護して預かってくれていたので事なきを得たが、伝セラ30歳。


よく今まで生き延びてきたな!


人の生命力とは素晴らしい。
そして、我々は守られているのだと伝セラは身を持って教えてくれる。
にわとり並みの脳ミソだったとしても、人は生きていけるのだ。

施術の後のベットメイキングなんてものも彼女の頭にはない。
やりっぱなしで喫煙所に行ってしまう。
「まぁ、伝セラだから」を合言葉のようにして、後片付けをするのは我々凡夫である。
このように、身内に被害が留まっているうちはよいのだけれど、もちろんそれだけで済むはずがない。
サロンのお茶飲みスペースにずっと男性客が座っていたことがあって、待ち合わせか何かと思っていたら、
「あのー、お茶をいただけると聞いたのですが……」
おずおずと話しかけてきた。
なんと、伝セラは「お茶お出ししますね」といってお客様をご案内し、そのままタバコを吸いに行ってしまったのである。

忘れる?それ。


男性客の方も、勝手に帰るわけにもいかず途方に暮れていたというわけだ。
「申し訳ございません!」
なんか、いつも謝っていた気がする。私が。

「携帯落としちゃいました!」
と伝セラが騒いでいた。
「じゃあ、サビカン(サービスカウンター)行ってきな。届いてるかもしれないから」
「分かりました」
しばらくして、しょぼくれた伝セラがドナドナみたいに帰ってきた。
「受け付けてもらえませんでした……」
どういうこと!?
落とし物を受け付けてもらえないなんてことがあるの?
話を聞くと、まず伝セラは自分の携帯電話の色を憶えていなかった。これは、まぁ伝セラだからなと思う。
そして、機種も憶えていなかった。まぁ、それも仕方ない。
驚愕だったのは、自分が契約している電話会社も知らなかったのである。docomoなのかSoftBankなのかauなのかも分からないのだ。
慣れている私も唖然とした。
伝セラはサビカンのお姉さんにこう言ったそうだ。
「四角いやつ」
どつかれずに済んだだけでありがたいと思うべきだろう。

伝セラの集中力はすごい。
どうすごいかというと、施術に集中するとまわりが見えなくなる。世界でたった一人になってしまうのだ。
そうなると、施術で使った枕やらタオルなんかを空いているスペースに放り投げる。
問題なのは、空いていると思っているのは伝セラだけで、投げ込まれた先では私が絶賛仕事中だということだ。
あまりにひどいので、ついには投げ返してやった。
その少し後で、伝セラがスタッフ数人と何やら興奮気味に話している。
「どうしたの?」と声をかけると、
「ああ!ヨッシャマン!怪奇現象が起こったんです!ここ、出ますよ!」
ああ、と私は納得した。
彼女は「誰もいないはずの所」から枕が飛んできたと思っているのだ。
「それ、僕だから」
「へ?」
スタッフはやれやれと散っていった。
茫然と立ちすくむ伝セラを残して。

伝セラは安めぐみみたいに可愛い女性だ。
施術を受ける男性は嬉しいだろう。
しかし、それが裏目に出ることもある。
最後に伝セラが施術中に起こした事件をもう1つ。

まず、ベッドにうつぶせになっている男性客。
伝セラはベットの上で立て膝になり、またがって背中や腰を上から指圧している。

イメージはこんな感じ

初めは事故だった。
伝セラの右足がずりっと滑ってしまい、不幸なことに男性客のももの裏にガンっと膝落としを食らわせてしまったのである。

タイガーマスクのニードロップ


「うっ」といううめき声が男性客からもれた。
うん。かなり痛いと思う。
ニードロップは本来、必殺技の部類なのだから。
普通ならここで平謝りする局面である。
伝セラは違った。
パニックだった。
伝セラはあろうことか、その膝落としはさも施術の一貫なのだと見せかけるために、反対の左ももにも膝落としを喰らわせたのである。
そう。何の罪もない無傷のハムストリングスに。

その一部始終を目撃してしまった私は、すぐさま奥の部屋に駆け込んだ。
立っていることはままならず、私は声を殺し、涙を流しながら床を転げた。翌日腹筋が痛くなるほどに。


お分かりいただけただろうか?
セラピストを簡単に信用してはいけないのである。



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