見出し画像

カンヌ映画祭2023日記 Day7

22日、月曜日。6時起床、7時にチケット予約勝負のルーティーン。4日後の、26日(金)のチケットを押さえる本日が、実質的に最後の勝負だ。結果は2勝2敗。まあ、最後に負け越さなくてよかった。本当に、この一喜一憂を考えると、来年は来るかどうか真剣に考えないとならないな…。
 
8時半から、コンペで、ブラジルのカリム・アイヌーズ監督新作の『Firebrand』。暴君として悪名の高いヘンリー8世の最後の妃となったキャサリン・パーの物語。ヘンリー8世と言えば、離婚したいがためにカトリックを抜けてイギリス国教会を創設したことで知られるけれども、キャサリンはルター派の宗教改革に好意的な立場を取っており、ヘンリー8世の側近はキャサリンを排除しようとしている、という背景がある。ヘンリー8世とキャサリンの心理戦が映画の見どころとなる。
 
結果がどうなるかは史実で明らかなのだけれども、そこに大胆な解釈が用いられているのが面白い。そして、ヘンリー8世といえば何と言ってもホルバインによる肖像画が有名で、本作ではあの肖像の衣服が克明に再現されているのを始め、豪華な衣装の数々が眼福だ。

8割方室内劇だし、予算のかなりの割合を衣装費が占めたのではないだろうか。ヘンリー8世に扮するジュード・ロウ(とはなかなか気付けないほどに作り込んでいる)は時折オーソン・ウェルズを思わせるような巨体で見事にホルバインの絵画から来るヘンリー8世のイメージを再現している。そして、聡明で芯の強いキャサリン役のアリシア・ヴィキャンダーは自らが絵画になったようなフィット感を見せ、やはりいい。

"Firebrand" Copyright Courtesy of Brouhaha Entertainment

そういえば、アリシア・ヴィカンダーって誰かに似ているとずっと前から思っていたら、そうかサンドリーヌ・ボネールだ、と(どうでもいいことに)気付いてスッキリした。
 
続けて、11時から「ある視点」部門に出品されているアンソニー・チェン監督新作『The Breaking Ice』

北朝鮮の国境近くの中国の町を舞台に、2人の青年と1人の女性の3人の若者による青春の終わりの物語。3人とも心に傷を負っており、それぞれの形でその傷に向き合っていく。まさに『はなればなれに』へのオマージュショットがあったり(書店を3人で駆け抜ける)、飲みまくったりなどの元気な描写もありつつ、基本的なトーンは内省的で静か。スタイリッシュなショットが要所に試みられている。中心となる女性に、『少年の君』のチョウ・ドンユイ。五輪を狙える有望なアイススケート選手だったが怪我で競技を離れざるを得ず、いまはバスガイドの仕事をしながら過去を断っている女性の心の痛みを静かに伝えている。
 
14時から、「ある視点」でチリのフェリペ・ガルヴェス監督による『The Settlers』という作品。20世紀初頭にチリの辺境地で先住民が虐殺された史実を、残虐な白人軍人の伴をすることになる射撃の名人の先住民青年の目を通じて語られる。スローで静かに進行する、純度の高いアート作品だ。濃霧や影を活用しながら、確かなフレーミングの中で時代の残酷な空気を作り上げていく。見ごたえあり。

"The Settlers" Copyright Dulac Distribution

さて、いよいよ今年のコンペで最も見たかった作品の上映。4日前にチケット予約が成功したときは、もうこれだけでカンヌに来た甲斐があったものだとつくづく安堵したのだった…。そう、他でもない、アキ・カウリスマキ監督新作『Fallen Leaves』(扉写真も)。カウリスマキを嫌いな人なんていないと思うけど、僕も存命の監督で好きなベスト3人を挙げろと言われたら挙げるほど好きなのだ。
 
開場してしばらくすると、外のレッド・カーペットに登場したカウリスマキの様子が場内のスクリーンに映し出される。ビデオクルーの映像カメラを取り上げて自分で構えたり、居並ぶカメラマンに接近して真面目顔でふざけたり、記念撮影でティエリー・フレモーの後ろに隠れたり、もう場内大爆笑。さすが、本当にさすがカウリスマキ。そして名前を呼ばれて場内に入場、割れるような拍手が出迎える。カンヌの上映後のスタンディングオベーションの長さがよく報道されるけど、上映前の監督登場時の拍手と歓声の大きさでいったら、今回は記録的だったのではないかな。
 
そして、ああ、もう、何も書かないほうがいいな、これは。みんな日本公開で絶対見るだろうし、それは少し先のことだろうし、ここで余計なことは書きたくない。カウリスマキが、一筆書きで撮ったような、珠玉という言葉はこの作品のためにあるような、唯一無二のカウリスマキだけの世界。そして、近作で移民問題を取り入れたように、本作でも現在の社会に対するカウリスマキの思いが反映されている。おそらく、パルムドールを受賞するような作品ではない。でも、みんなの心のパルムドールになる作品であることは、間違いない…。

"Fallen Leaves" Copyright Sputnik Oy / Pandora Film, Foto: Malla Hukkanen

上映終わり、余韻に浸りながらも急ぎ足でスーパーに行き、夜食用のパンとハムを買ってホテルの部屋に放り込み、また会場へ。
 
20時15分からの上映に、チケットを持っているのに、18時45分から並ぶ。少しでも、一席でも、よい席で見たかったのだ…。早めに行ったら列の先頭になってしまい、ちょっと人に見られたら恥ずかしいのだけど、もういいのだ。1時間待って、開場。
 
いよいよ今年のカンヌで最も見たかった作品の上映。ってさっきと同じことを書いているけど、そう、他でもない、ヴィクトル・エリセ監督新作『Close Your Eyes』

"Close Your Eyes" Copyright Manolo Pavón

4日前、奇跡的にカウリスマキとエリセのチケットが取れたのだった。同じ日にカウリスマキとエリセのワールドプレミアが見られるなんて!映画ファンとしてこれ以上の興奮があり得るだろうか?もうこの時点で2023年の運は全て使い果たしたと思っているし、それで構わないと思っている。

そして、エリセは…。ただただ、素晴らしかった。いかに良かったかを書きたいのだけれど、上映の終わりが23時、日本のミニシアターの方と合流して軽く2杯、さらに別の方と合流して軽く2杯。それからホテルに戻り、ブログを書き始めたら、早くも3時になりそうな時間になってしまった。エリセの感想は、また改めて。ダウンです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?