見出し画像

カンヌ映画祭2023日記 Day5

20日、土曜日。6時起床、外の空はどんより色。7時のチケット予約は惨敗で、朝から気持ちもどんより。落ち込みながら、朝食へ。美味しいフランスパンで機嫌を少し取り戻し、外に出ると、やはり雨か…。
 
今朝も8時半の上映からスタート。コンペで、ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督新作『About Dry Grasses』。小説のように映画を書くジェイラン、今回も堂々の3時間17分。現代の物語を古典小説のような風格で、激しい会話や文学調の一人称ナレーションを駆使し、ジェイラン世界を紡いでいく。
 
田舎の町で小学校の教員をしている男性のサメットは、イスタンブールに転任したいと願っているが、動けずにくすぶっている、贔屓にしていた少女生徒との関係がこじれたのをきっかけにストレスが増し、一方で魅力的な女性が出現し、ルームシェアしている同僚男性教員との三角関係に発展しそうになる…。

"About Dry Grasses" Copyright Memento Distribution

曇天の作家ジェイラン(と勝手に僕は呼んでいるのだけど、ジェイラン作品は常に曇天に覆われている)は、ここでも雪に覆われた荒涼の地を背景に、人間のエゴや虚栄、そして社会へのコミットメントに切り込む。
 
ジェイランにしては珍しく、後半にメタ的というか異化効果的な演出があり、その意図を考えているのだけど、ネタバレなのでここでは割愛。それを含め、ジェイランの新作に接する歓びを噛みしめる…。
 
3時間越えの上映終わり、同じ会場で行われる次の上映が見たいのだけどチケットが取れなかったので、空席次第で入れる「ラストミニッツ」列に並んで運試しをしてみる。幸い、「ラストミニッツ」列は長くなく、無事に入場を果たす。やれやれ。
 
12時から見たのは、コンペに初のエントリーを果たしたチュニジアのカウテール・ベン・ハニア監督の新作『Four Daughters』。前作『皮膚を売った男』を2020年の東京国際映画祭に招聘したことから、新作のコンペ入りを心から歓びつつ、とても楽しみにしていた1本だ。そして、これがとても良かった!

チュニジアで暮らす中年女性のオルファには4人の娘がいて、上の2人は失踪し、下の2人は共に住んでいる。一体この家族に何があったのか。

実在の家族の物語を再現するドラマであるのだけれど、その映画化の過程も取り込んでいくので、ドキュメンタリーと呼んだほうが近いかもしれない。準備段階のドキュ部分と、再現ドラマ部分とが、完璧にシームレスに繋がっており、ドキュドラマとしては今まで見たことのないレベルのものだった。失踪した上の2人の娘の役には女優を配し、下の2人の娘は本人たちが出演する。母も、本人が再現ドラマに出演するのだけれども、辛い体験を再度生きることになるので、本当に辛い場面用に、別途女優も用意されている。そして、何が起きたのかが後半見えてくる。あまりに過酷な現実。カウテール監督、すごい。

"Four Daughters" Copyright Tanit Films

続けて15時から、次もコンペ。こちらはチケットが取れていたので、余裕をもって入場。セネガル出身のフランスの女性、ラマタ=トゥレイユ・シー監督による『Banel & Adama』という作品。今年のコンペで唯一の長編監督1本目作品として注目を集めている作品だ。

セネガルの辺境地の村を舞台に、愛し合うバネルとアダマという2人の男女が、異常気象や地元のしきたりや偏見などの障害に直面していく姿を描く物語。そして、本能のまま生きようとする女性を讃える物語でもある。と僕は捉えたのだけど、解釈が異なる人もいるかもしれない…。

"Banel & Adama" Copyright Best Friend Forever

アフリカ系女性監督の1作目がカンヌコンペ入りするのは、初めてではないだろうか。歴史的な1本。
  
17時30分から「ある視点」部門で、オーストラリアのウォーリック・ソーントン監督新作『The New Boy』
 
1940年代のオーストラリアが舞台。荒野で捕えられたアボリジニの少年が、修道院が運営する孤児院に入れられる。少年は英語を一言も解さず、しかしどうやら特殊な能力に恵まれているらしい。一方、風変りな院長に率いられる孤児院の教会に、念願のイエス像が搬入される。そしてアボリジニの少年は、イエス像に並々ならぬ関心を抱いていく…。

ウォーリック・ソーントンはオーストラリア先住民の苦境を描き続けていた監督で、新作もヘヴィーなものを予想していたら、これまでの作風と少し異なっていた。少し軽やかなファンタジ―風味を交えて、見易さが増している。なんといっても、院長役がケイト・ブランシェットなのだ。そして、見易さが増しているとはいえ、先住民とキリスト教の接触がいかなる結果を産んだのか、監督の問いかけは深い。

"The New Boy" Copyright Dirty Films

19時半に上映が終わり、次は、21時から、チケットが取れていない作品がどうしても見たいので、「ラストミニッツ」列に行ってみる。すでに長い列が出来ている。これはダメかもな…。と最悪を想定する。
開映21時なのに、開場が21時15分。まずはチケットホルダーが続々と入場し、その数ざっと400人くらいか。会場キャパは450人。チケット保有者の入場が完了してから、空席の数次第で「ラストミニッツ」列に並んでいる人が何人入れるかが決まる。
じりじりとしつつ、結果的に2時間並び、21時半に無事に入れた!上映は、40分押しでスタート。
やっとの思いでたどり着いたコンペ作は、ジョナサン・グレイザー監督新作『The Zone of Interest』。映画祭5日目時点で、最も評価の高い作品になっている。是が非でも早く見たかったのだ。

これは…。凄い。まだこの手があったのか…。賞に絡むことは確実だろうし、絶対に日本の配給も決まるはずなので、書かないでおきたい。言えるのは、ホロコーストが主題であるということ。「地獄の隣は、楽園だった」が僕が付けるキャッチコピー。ハンナ・アーレントが見たら、なんと言うだろうか…。

"The Zone Of Interest" Copyright Bac Films

本日はついに5本見られて、充実感を噛みしめながら宿に戻って0時。

それにしても濃い作品群だった。朦朧としながら日記を下記、どうしても後半が薄くなってしまう…。そろそろ2時半。おやすみなさい。



 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?