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カンヌ映画祭2024予習「批評家週間」編

2024年カンヌ映画祭予習ブログの5回目は、「批評家週間」を予習します。長編2本目までを対象にした若手発掘部門。とはいえ、既に短編で頭角を現した作家が満を持して長編を発表する場であり、実は「発掘」というよりは待望の世界デビューの場、という感じです。近年は公式部門の「ある視点」が若手重視を打ち出してきたことで、「監督週間」を含めた3部門で若手を取り合っている感もありますが、やはり「2本目まで」を看板に掲げ、63回目を数える「批評家週間」の伝統の力は強いものがあります。ここでは短編は割愛し、長編を予習していきます。

【批評家週間/長編コンペティション】

〇『Baby』マルセロ・カエタノ監督/ブラジル
ブラジルのカエタノ監督は1982年生。カンヌ選出で世界的に知られるようになったクレベール・メンドンサ・フィリオ監督の『アクエリアス』(16)や『バクラウ 地図から消された村』(19)の現場に助手して参加しています。2017年に長編1作目『Body Electric』を監督、ロッテルダム映画祭「Bright Future」部門に出品されました。洋服の仕立て工場で働くゲイの青年の日々を淡々と見つめる内容で、リニアで太いストーリーは無く、集団でなんとなくだらだら過ごしているのにテンポが悪くないという不思議にセンスの感じられる作品でした。今作『Baby』が長編2作目です。

"Baby" Copyright CUP FILMES

「少年鑑別所を出所したウエリントンは、サンパウロのストリートにひとり放り出される。両親と縁は切れており、新しい生活を始める金も無い。ある日、ポルノ映画館でロナウドという大人の男に出会い、彼から生き延びる術を教わることになる。少しずつ、二人の関係には複雑な感情が入り交じるようになり、搾取と保護、あるいは嫉妬心と共謀心の間を揺れ動いていく」

1作目を見た限りでは、ドラマティックに物語を進行させる監督ではなく、ドキュメンタリー的にサンパウロのストリートを捉え、静かに二人の感情がずれていく様を描くアート作であると予想します。『バクラウ』のキャメラマンと組んでおり、映像も楽しみです。

〇『Blue Sun Palace』コンスタンス・ツァン監督/米国
ニューヨークを拠点とするツァン監督、コロンビアで脚本を学び、2016年から短編を制作しています。『Carnivore』(18/YouTubeリンクの32分から)はスリラー・ホラーのオムニバスの1篇で、怪しい屋敷を訪れるファンド・マネージャーのインド系の女性がミソジニー男を撃ち殺すシンプルな作りで、安定の演出力が早くも見られました。短編『Beau』(21)は「交際する2人の女性が自分の立場を模索して苦しむ、愛と力の依存についての物語」であったようですが、僕は未見。本作が長編第1作です。

"Blue Sun Palace" Copyright FIELD TRIP MEDIA

「ある不幸な出来事により、クイーンズ地区の中国人コミュニティーに暮らす2人の人物の関係が強固になる。実家から遠く離れ、そして懸命に働きながら、2人は最後の喪に服し、新たな家族を見つけようとする」

2人というのがどういう2人なのか分かりませんが、スチールを見る限りでは1人は若い女性なのでしょう。短編『Beau』からの連想では、女性2人の関係を描くものではないかと想像します。
キャシー・ヤン、クロエ・ジャオ、セリーヌ・ソンら、アジアにルーツを持つ欧米女性監督の台頭は映画に新たな視点を注入してくれているように映ります。あえてくくる必要はないのだとは思いつつ、注目します。

〇『Julie Keeps Quiet』レオナルド・ファン・ディジュル監督/オランダ
映画のクレジットはオランダ・フランスですが、ファン・ディジュル(Van Dijl)監督はベルギーを拠点にしているとのこと。91年生。2020年の短編『Stephanie』がカンヌの短編コンペ部門を始め150の映画祭で上映されています。11歳の体操選手の少女にかかるストレスと、大人の関与が虐待とスレスレの領域を行く様を絶妙に描く秀作でした。この短編の主題が、長編第1作となる本作『Julie Keeps Quiet』に繋がります。

"Julie Keeps Quiet" Copyright DE WERELDVREDE

「テニスプレイヤーのジュリーは、権威のあるスポーツクラブに所属する有望なスター候補であり、人生の全てをテニスに捧げている。自分をトップに押し上げてくれるはずのコーチが突然解雇され、調査が開始される。クラブの選手たちは次々と証言をするが、ジュリーは沈黙を守ると決める」

組織内のハラスメント告発の物語なのだと思われます。スポーツの世界では鍛錬とハラスメントが常に隣り合っていて、常に地球のどこかで同様の事件が起きている可能性がある。短編を観ればファン・ディジュル監督のシャープな映像と優れた演出センスは明らかで、非常に興味をそそられる作品です。

〇『Locust』ケフ監督/台湾
91年生のKEFF監督は、シンガポール生まれ、香港育ち、台湾系米国人、とバイオにあります。すごい。『Taipei Suicide Story』(20)がカンヌの短編部門「シネフォンダシオン」で作品賞を受賞しています。その短編の予告編がYouTubeで見られますが、ホテルで自殺現場を処理する職員の目線を通じたクールな演出が目を惹きます。本作が長編第1作。

"Locust" Copyright KINDRED SPIRIT

「台湾。ろうあの20代の青年ジョンハンには、裏の顔があった。昼間はファミレスで働いているが、夜は地元の親分の代理でギャングを組織している。しかし、悪徳業者がファミレスを買い取ったことにより、ジョンハンの近親者に危険が及び、ジョンハンは自らの組織と対決することになる」

台湾ノワール、いいですね。英題のLocustはイナゴのことですが、『イナゴの日(Day of the Locust)』を連想させます。どこかで関連してくるのかどうか…。確実に良い予感がします。

製作クレジットは、台湾/フランス/米国。ルーツをアジアに持ち、かつ英語はネイティヴという背景は、本人はアイデンティティ・クライシスに悩む人生の側面もあるのだろうと想像しつつ、国際共同製作を進めて資金を集めるにはとても有利に働くという気もします。ケフ監督、名前は覚えました。

 〇『La Pampa』アントワーヌ・ショヴロリエ監督/フランス
ショヴロリエ監督のバイオを読むと、フランス西部のアンジェに生まれ育ち、現在も拠点にしているとのこと。かつてロワール川で溺れかけた、ということをバイオに書いているのが面白い。人生観が変わったのかもしれません。ディズニー・プラスのフランスオリジナルドラマ『Oussekin』(22/日本では『パリ1986』のタイトルで配信中)を演出。警察に殴打されて死亡したアルジェリア系フランス人青年の事件を描くドラマは、本国で高い評価を受けています。
本作『La Pampa』が、劇場用長編第1作です。

"La Pampa" Copyright AGAT FILMS

「幼馴染のウィリーとジョジョは、片時も離れることが無い。退屈をしのぐため、ラ・パンパのモトクロス用フィールドをぶらつく。ある夜、ウィリーはジョジョの秘密を知る」 

友情ものなのか、クィア映画なのか、モトクロス映画なのか、あるいは地方の倦怠ものなのか、この時点では分かりません。ドラマシリーズを手掛けていることからしっかりとストーリーで牽引するのか、逆に今までの反動でストーリー展開の少ないアート系なのか、これも分からないので、とにかく観て確認したいです。

〇『The Brink of Dreams』ナダ・リヤド&エイマン・エル・アミル監督/エジプト
リヤド監督とエル・アミル監督のコンビは、「アラブの春」の余波で危機に陥った人間の心理と人間関係に焦点を当てた長編ドキュメンタリー『Happily Ever After』(16)がアムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭で上映され、その後制作したフィクション短編『The Trap』(19)は「批評家週間」の短編部門に選ばれています。今作はドキュメンタリーです。 

"The Brink of Dreams" Copyright FELUCCA FILMS

「エジプト南部の村。若い女性の集団がストリート劇団を立ち上げ、保守的な社会に抵抗する。俳優やダンサーや歌手になることを夢見る彼女たちは、信心深い家族や地域住民に大胆なパフォーマスで挑戦する。撮影に4年間を費やし、本作は青春期から大人となる女性たちの姿を追っていく」

革命の挫折後のエジプトからはあまり明るい報せが届かず、実際の状況が分からない中、このようなドキュメンタリーの存在は極めて貴重に響きます。女性のエンパワーメントの視点が主となっていることと思いますが、4年の歳月は制作者の意図を超えた何かをも刻印させているに違いありません。これは必見。

〇『Simon of the Mountain』フェデリコ・ルイス監督/アルゼンチン
90年生、ブエノスアイレス出身のルイス監督は、短編『La Siesta』(19)がカンヌの公式部門の短編コンペに選出されています。本作が長編第1作。

"Simon of the Mountain" Copyright 20/20

「シモンは21歳。引っ越し業者であると自己紹介する。料理も風呂場掃除も出来ないが、ベッドメイキングは出来ると言う。少し前から、彼は別人のようである…」 

これでは全く分かりませんが、不安定な青年の魂の揺らぎを描く、というのは僕の勝手な予想です。上述した短編『La Siesta』の数十秒の予告がYouTubeにありますが、繊細なタッチと青年たちのアップが印象的です。批評家週間の長編コンペの7本に選ばれるということは、とてつもない競争率をくぐり抜けてきたわけで、事前に何も分からなくてもとにかく見る、という姿勢に尽きます。


【批評家週間/特別上映】

〇『Ghost Trail』ジョナタン・ミレ監督/フランス
「批評家週間」のオープニング作品(扉写真)。ジョナタン・ミレ監督は当初は辺境地フォトグラファーであったというキャリアに興味を惹かれます。ドキュとドラマの双方の短編を手掛けていて、フィクション短編『Et Toujours Nous Marcherons』(16)ではパリで兄を探すアフリカ系青年の姿を通じてアフリカ人コミュティーのリアルな姿を描いています。『Ghost Trail』が長編第1作です。

"Ghost Trail" Copyright Films Grand Huit

 「アミドは、ヨーロッパに潜伏しているシリアの戦争犯罪人を追跡する秘密組織に属している。アミドはかつて自分を殺そうとした男を追って、ストラスブールにたどり着く。この作品は事実をベースにしている」 

これは強烈な内容。幽霊を追跡する、というタイトルの意味と重みが迫ってくる気がします。ミレ監督は、戦争難民の施設に勤務した時期もあるとのことで、実話の材料には事欠かず、ドキュメンタリーとして制作することも出来たようですが、物語に広がりを持たせるためにフィクションを選択したとインタビューで語っています。
さすがオープニング、必見とします。 

〇『Across the Sea』サイド・アミシュ・ベンラルビ監督/モロッコ・フランス
86年生、モロッコ系フランス人のベンラルビ監督。プロデューサーとして多くの短編に関わり、ファウジ・ベンサイディ監督やフィリップ・フォーコン監督らとも仕事をし、2018年に長編1作目『Retour à Bollène』を監督。22年の短編『Le Départ』がセザール賞ノミネート。両作とも残念ながら未見ですが、アイデンティティーを問うこの2本でかなりの評価を映画祭で得ているようです。本作『Across the Sea』が長編2作目。 

"Across the Sea" Copyright BARNEY PRODUCTION

「27歳のヌールは、密入国でマルセイユに移住した。友人たちとともに小さな商売で暮らしをしのぎ、ひっそりと、楽しい人生を送っていた。しかし、セルジュというカリスマ性に溢れた大胆な警官と、その妻ノエミとの出会いが、ヌールの人生を根底から変える。1990年から2000年にかけて、ヌールは愛し、年齢を重ね、そして夢にしがみついていく」 

ヌール役のアユーブ・グレタは新人のようですが、警官のセルジュにはグレゴワール・コラン、妻のノエミ役にはアナ・ムグラリスという有名俳優が配され、映画のイメージが湧いてきます。厳しい現実ものなのか、温かみのあるタッチなのか、楽しみです。

〇『Queens of Drama』アレクシ・ラングロア監督/フランス意識的なクイア映画の作り手であるラングロア監督、「ストレート/シスの観客向けに作られているLGBTQ映画には心底うんざりする」とインタビューで答えています。ネット上の映画祭「My French Film Festival」で観られた短編『ドロシーが生んだ悪魔たち』(21)はB級ジャンルの体裁を取りつつ監督の世界観がぶちこまれたような迫力がありました。これまで制作された短編は、自身の体験が色濃く反映されていると言い、本作『Quenns of Drama』が初長編です。

"Queens of Drama"

「2055年。ボトックス使いまくりのユーチューバー、スティーヴィーシェヴィーは、2005年に絶頂を極めたポップ歌手ミミ・マダムールの怒涛の運命を語る。ミミ・マダムールは、絶頂から、パンクスターのビリー・コーラーとの恋愛によって地獄に転落したのだった。半世紀に渡り、ドラマの女王たちは、スポットライトの下で、情熱と怒りを謳い続けたのだ」 

喧騒やビビッドな色遣いが伝わってくるよう。ポップとパンクが入り交じる濃厚な21世紀のクィアドラマ。強烈な予感。

〇『Animale』エマ・ベネスタン監督/フランス・アルジェリア
南仏生まれのアルジェリア系フランス人であるベネスタン監督。名門映画学校Femisを出て短編を制作を開始し、アルジェリア系フランス人の少女の苦い思春期を描いた『Belle Gueule』(15)は多くの映画祭を巡り国内でも受賞。長編1作目『Fragile』(21)を僕は未見ですが、こちらは男性性を揶揄するフェミズム・コメディであったとのこと。本作『Animale』が長編2作目。「批評家週間」のクロージング作品です。

"Animale" Copyright 2024 JUNE FILMS - FRAKAS PRODUCTIONS - FRANCE 3 CINÉMA - WILD BUNCH - RTBF

「ネジマは闘牛士になるべく特訓をしている。アリーナで雄牛に挑む競技である。しかし、競技シーズンがピークを迎える中、不審な失踪事件が地域住民を不安に陥れる。噂が広がる:野獣が徘徊しているらしい…」

フランスの闘牛はスペインのそれとは異なるようなのですが、ちょっと詳しいところは分かりません。本作は青春ものなのか、スリラーなのか、はたまたコメディなのか。ともかくベネスタン監督はフランス式の闘牛に熱中し続けているとのことなので、個性的な作品を見せてくれることは間違いないでしょう。

 
以上、「批評家週間」の11本の長編予習でした。例年ここから化ける作品や、次作がコンペに入る監督らが出てくるので、実に要チェックな部門です。新人監督であっても、YouTubeで過去の短編やインタビューが見られたりするので、調べていくのが楽しく、上記の全ての長編がとても見たくてたまりません。
 
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5回にわたってカンヌ映画祭2024の出品作品を予習してみました。実際に現地に行きますが、ここ数年激しさを増すチケット争奪戦に勝てるかどうか次第。なので、何本見られるか分かりませんが、現地で日記を書こうとは思っています。
カンヌに行く人も行かない人も、この予習がご参考になれば幸いです。毎度長文へのお付き合い、ありがとうございました!

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