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カンヌ映画祭2024予習「監督週間」編

2024年のカンヌ映画祭予習の4回目は、「監督週間」部門です。厳密に言うとカンヌの「公式部門」ではないのですが(事務局も異なる)、実質的にはカンヌの一部であって、監督週間に選ばれた作品も堂々たる「カンヌ作品」です。23年からジュリアン・レジさんが新ディレクターに就任し、今年が2年目。レジさんは23年12月に来日して「監督週間 in Tokio」の開幕に立ち会ってくれました。2年目の選定に対して並々ならぬ意欲を示していたのが印象的です。果たしてどのようなラインアップになったのか、予習します。

ところで、「監督週間」は基本的に賞を競う部門ではないのですが、今年は観客賞を導入したとの発表がありました。この行方は楽しみです。
 
そして「監督週間」、今年のビジュアルは北野武画伯! 

【監督週間】
 
〇『This Life Of Mine』ソフィー・フィリエール監督/フランス
ソフィー・フィリエール監督が2023年7月に亡くなったという報せは、世界の映画ファンを驚かせ、悲しませました。58歳でした。90年に映画学校FEMISを卒業した世代のひとりで、2000年代に確実に一時代を築いた存在でした。活躍が目覚ましい現在のフランスの女性の監督の牽引的存在であったと見ることもできるはずです。「監督週間」はフィリエール監督に敬意を表し、遺作である本作を部門のオープニング作品としています。

"This Life Of Mine" Copyright Christmas in July

「バービーとあだ名されたバルブリー・ビシェットは、美しかっただろうし、愛されただろうし、良き母であっただろうし、信頼できる職場の同僚であっただろうし、恋多き女性でもあっただろう。確かに、そうだったかもしれない…。しかしいまでは、真っ暗で、痛くて、不条理で、恐ろしい:55歳なのだ。避けられないことではある。しかし、どうやって自分自身や、死や、人生そのものと向き合っていけばいいのだろう」
 
「監督週間」の発表にはコメディー・ドラマとありますが、フィリエールは洗練されたタッチが特徴であり、ユーモラスな部分を良き塩梅で含む作品なのでしょう。容赦ない現実を逃れてスコットランドへと旅する主人公に扮するのが、アニエス・ジャウイ。ベストキャストですね。
 
撮影はフィリエール監督の死の直前に終わっており、遺族が作品を仕上げたとのことです(言うまでもなく、妹はエレーヌ・フィリエールは俳優兼監督、夫はパスカル・ボニツェール監督)。心して臨みつつ、楽しみたい気持ちでいっぱいです。
 
〇『In His Own Image』ティエリー・ドゥ・ペレッティ監督/フランス
ペレッティ監督はコルシカ島出身、役者を経て、監督も手掛けています。初長編の『Les Apaches』(13)はまさにコルシカ島のリアルな姿を舞台にして、「監督週間」に選出されました。本作が5本目の長編監督作です。

"In His Own Image" Copyright Pyramide Distribution

「コルシカ南部のアジャクシオで活動する女性のフォトグラファー、アントニアの人生の断片。社会問題へのコミットメント、友人たちや愛した者たち、それらが80年代から2000年代に至るコルシカ島の政治の歴史と絡み合っていく。ひとつの世代のフレスコ画」
 
コルシカ島のフランスにおける特異な位置というのは、日本人からはなかなか理解が及びませんが、フランスとイタリアの文化が混じり(そもそも「コルシカ」がイタリア語読みで、フランスでは「コルス」)、フランス本土とは精神的にも距離があるとも言われています。ペレッティ監督の苗字もイタリア系ですし、複雑なコルシカ島の事情が本作で垣間見えてくるのではないかと期待しています。
 
〇『Christmas Eve in Miller’s Point』タイラー・タオルミナ監督/米国
タオルミナ監督はドキュとドラマの双方を手掛けていますが、新作はドラマ。「監督週間」は本作を「ホリデー・コメディ」と紹介しています。

"Christmas Eve in Miller’s Point" Copyright Omnes Films

「バルサノ家の4つの世代がクリスマスに集う。この一家が揃う、最後のクリスマスになるかもしれない」
 
大家族の最後の集いを描くと言えば、最近ではベルリン金熊を受賞した『Alcarras』(22/カルラ・シモン監督)が思い出されますが(そういえば日本公開はどうなったのだろう?)、上手く描くと見事にはまるのが家族群像劇ですね。本作にもその期待がかかります。
 
出演は、マイケル・セラ、ソーヤー・スピルバーグ、フランチェスカ・スコセッシ、エルシー・フィッシャー(子役出身で『ベスト・フレンズ・エクソシズム』の少女ですね)など多数。偉大な苗字を持つ役者が家族ドラマで共演という単純な点に惹かれると書くと叱られそうですが、なんだかとても良い予感がします。
 
〇『Desert of Namibia/ナミビアの砂漠』山中瑶子監督/日本
やった!素晴らしい!山中瑶子監督、カンヌ出品叶う!山中監督は日本映画の未来を担う逸材であると信じてきましたが、本当に我が事のように嬉しいです。心の底からの祝福を送ります。おめでとうございます!

"Desert of Namibia" Copyright Yamanaka Yoko

河合優実さん主演であること以外の情報は出ていないようですし、僕がこの予習コラムを書くのに参考にしているフランスの映画DBにもスチール以外の情報の記載はないので、何も書かないでおきます。と書くと、実は内容を知っているのかと思われそうですが、全く知らないのです。ひたすら、カンヌで観られることを楽しみにしています。
 
それにしても、「ある視点」に奥山大史監督、「監督週間」に山中瑶子監督が選ばれるとは、新時代の扉が開いた感が強いですね。カンヌ監督としては、黒沢清・河瀬直美・青山真治らの世代から、深田晃司・濱口竜介らが台頭するまで10年以上開きましたが、我々は今年「その次」を目撃することになります。本当に興奮します(もちろん、先行世代の活躍も心底応援しています)。
 
〇『East of Noon』ハラ・エルクシ監督/エジプト
エルクシ監督は、長編1作目『Cactus Flower』(17)がロッテルダムの「Bright Future」でプレミアされており、本作が長編第2作です。

"East of Noon" Copyright Hala Elkoussy

「時代から取り残された世界において、自らの芸術を通じて自由を手に入れるべく、年長者に抵抗する音楽家のアブドを主人公とする寓話」
 
このスチール写真から世界観を想像するしかないですが、かなりシュールなアート映画であるようです。おそらく主人公は女性で、ディストピア世界において自由と解放のために闘う姿を描く、アクチュアルな作品であると予想します。
 
〇『Eat The Night』キャロリーヌ・ポギ&ジョナタン・ヴィネル監督/フランス
ポギ&ヴィネル監督コンビは、ベルリンで最優秀短編賞を受賞(14)した時から組んでおり、長編第1作『Jessica Forever』(18)はシッチェスに出品されています。僕は未見ですが、暴力が支配するディストピア世界で平和のために戦う女性を描くものであったようです。ジャンル映画を得意としているのか、新作はどうでしょう。

"Eat The Night" Copyright Tandem Films

「若いドラッグ・ディーラーのパブロと妹のアポリーヌは、日常から逃避するため、幼い頃からプレイしていたオンラインゲームの『ダークヌーン』に興じている。ある日、パブロはナイトという男に出会い、ドラッグ取引の相棒となり、アポリーヌと距離を置くようになる。アポリーヌのゲームの終了が近づいた時、二人の青年は敵対集団の怒りを買う…」
 
リアルとヴァーチャルが混じり合いながら、半グレ集団との闘争が描かれるのでしょうか。ビジュアルに期待できそうな気がします。
 
〇『Eephus』カーソン・ランド監督/米国
短編やMVの撮影キャメラマンとしてのクレジットも多いカーソン・ランド監督による、長編監督第1作。なんと上述したタイラー・タオルミナ監督『Christmas Eve in Miller’s Point』の撮影は、このカーソン・ランドが担当しています。関連作品2本が「監督週間」入りというのは面白い。今年の「監督週間」には、アメリカから4作品入っており、うち3本が監督1作目。『Eephus』も、部門横断で決められる「新人監督賞=カメラドール」対象作品です。

"Eephus" Copyright Omnes Films

「シニアによる草野球が、彼らが愛した球場の取り壊しの前日に行われ、延長戦に突入している。日が暮れるにつれ、ユーモアとノスタルジアが交差し、ひとつの時代が終わりを告げる」
 
これはカンヌの観客よりも、確実に日本人の方が喜び、理解出来るはずですね。フランスに野球は存在しないわけではないですが(元阪神の吉田義男氏がナショナルチームの監督を務めて普及に貢献した時期もあった)、圧倒的にマイナースポーツで、ほとんど誰もルールを知らないはず。ましてや「延長戦」なんて分からないでしょう。そして野球とノスタルジアはアメリカ映画とも縁が深く、映画ファンであればすぐにいくつもタイトルが上がりますね。ああ、これは楽しみです。
 
そして、なんと、驚愕の事実が!キャストのクレジットに、フレデリック・ワイズマンの名が!えええっ!!??まさか!!
 
〇『Gazer』ライアン・J・スローン監督/米国
ライアン・J・スローン監督のキャリアを調べてみると、2015年にニュージャージーでWylandというバンドを結成し、ボーカル・ギター・ピアノを担当という情報が出てきます。そのバンドのMVを監督していますが、曲とはほとんど関係のない短編作品でなかなか面白い。このたび初の長編を監督し、それが本作『Gazer』です。

"Gazer" Copyright Telstar Films

「若くして母親となったフランキーは運動失調を患い、時間を認識するのに苦労している。カセットテープを頼りに、家族を養うために謎めいた女性から危険な仕事を引き受ける。その先に待っている暗い結末をまだ知らない」
 
上述のMVでは若い女性が8ミリカメラを手に入れることから起きる不思議な現象を描いていますが、今作ではカセットテープということで、スローン監督はかつてのデバイスからインスパイアされるのかもしれません。
スローン監督とともに制作会社を立ち上げたのが、フランキー役のアリエラ・マストロイアンニで、彼女は脚本にもクレジットされており、二人が一緒に作った作品と見てよさそうです。本作は16mmで撮影されており、独特な風味の「パラノイア・スリラー」が期待できそうです。
 
〇『Ghost Cat Anzu/化け猫あんずちゃん』久野遥子&山下敦弘監督/日本
こちらもめでたい!若手アニメーターの久野遥子さんと、我らが山下敦弘監督のタッグがカンヌ行き!思えば、今から10年くらい前、山下監督が演出したモキュメンタリードラマ「山田孝之のカンヌ映画祭」に僕も出演したのでした。モキュメンタリーとはいえ、真剣にカンヌを目指す番組でしたが、いやあ、山下監督ついに!おめでとうございます!ちょっと本作と離れたところで感慨に浸っております。

"Ghost Cat Anzu" Copyright Shin-Ei Animation, Miyu Productions, 2024

本作の情報は日本でも公開されていますね。そしてアヌシーの長編コンペ入り!も報道されています。
 
今年のカンヌは、スタジオ・ジブリにオマージュが捧げられ、そして「公式部門」でアニメーション作品が6本入るなど、アニメの年であるというのが特徴のひとつになっています。「監督週間」も後塵を拝することはしないぞ、ということで、ここで日本の新作が入ることを、心から祝福します。
 
〇『Good One』インディア・ドナルドソン監督/米国
ロサンゼルスで活動するインディア・ドナルドソン監督の長編1作目。「カメラドール」対象作です。短編作品が監督のHPで見られますが、近作の『If Found』(21)では異常に犬好きの女性の不穏な行動が描かれ、寒々しい空気をフィルムの質感が掬い取り、良質な米インディの香りが漂っています。

"Good One" Copyright International Pigeon Production

「17歳のサムは、父が親友と出かける週末のキャンプに同行することになり、キャッツキル山地に赴く。しかし父と友人の間のエゴの衝突を目の当たりにし、自分がピース・キーパーの役割を担っていることを自覚する」
 
自然の中の撮影がかなり過酷だったと監督は語っていますが、本作は1月のサンダンス映画祭でワールド・プレミア上映されており、かなり好評を博したようです。主演のサム役がなかなか決まらず、監督が年の離れた妹(当時17歳)に友人に役者はいないかと尋ねたところ、リリー・コリアスという女性を紹介され、直ちに特別なものを感じて出演を依頼したそうです。自然にも配役にもかなりの幸運に恵まれたという本作、楽しみです。
 
〇『Mongrel』チャン・ウェイ・リャン&ユウ・シャオ・イン監督/台湾
監督名のアルファベット表記は、Chiang Wei Liang & You Qiao Yin。チャン・ウェイ・リアン監督は、シンガポール生まれで、映画制作を国立台北芸術大学で学んでいます。東京フィルメックスが開催している若手監督のラボ「タレンツ・トーキョー」への参加実績もあり、現代の東南アジアの移民問題、ディアスポラ状態に深く関心を抱き、短編がベルリンやヴェネチアで上映され、受賞しています。ユウ・シャオ・イン監督は台湾出身。二人とも長編は今作が1作目です。

"Mongrel" Copyright E&W Films/Deuxième Ligne Films/Le Petit Jardin

「ウームは滞在許可証もなければ、正規の訓練も受けていないが、老人や障害者の介護に長けている。山間地区での介護業務が行き詰ったとき、彼はサバイバルと尊厳の2択を迫られる」
 
カンヌ全体において、東アジア勢のプレゼンスが低い中、台湾から新たな才能が選出されることに興奮を覚えます。「カメラドール」候補でもあります。応援します。
 
〇『Visiting Hours』パトリシア・マズイ監督/フランス
パトリシア・マズイ監督は80年代から映画に関わり、アニエス・ヴァルダやジャック・ドゥミの近くで活動し、例えば近年名作として再評価が著しいヴァルダ『冬の旅』(85)の編集は、マズイがヴァルダと共同でクレジットされています。テレビの仕事を手掛けるなどしたのち、映画監督としては3作目『Saint Cyr』(00)でブレイク、カンヌに選出され、ジャン・ヴィゴ賞も受賞。前作の『Bowling Saturn』(22)は有害な男性性を葬るダークなタッチの作品で、激しい暴力描写に驚かされたものでした。二人の男性が主人公だった前作に対し、本作は二人の女性がメインとなるようです。

"Visiting Hours" Copyright Les Films du Losange

「都会の大きな家に一人で住むアルマと、郊外に暮らす年若い母親のミナは、ともに夫が不在の人生を送っている。ふたりの夫は同じ場所に収監されていた…。面会の機会にふたりの女性は出会い、驚くべき友情を築いていく」
 
アルマに、イザベル・ユペール。ミナには、『クスクス粒の秘密』(07/アブデラティフ・ケシシュ監督)や『キング・オブ・エスケープ』(09/アラン・ギロディー監督)以来フランス映画に欠かせない存在となっているアルジェリア系フランス人のアフシア・エルジ。この共演は魅かれます。フランス語の原題は、「La Prisonnière de Bordeaux = ボルドーの女性囚」。ダークで激しかった前作とは違ったタッチの作品になりそうで、ベテラン監督の技量の熟練に期待が高まります。
 
〇『Savanna And The Mountain』パウロ・カルネイロ監督/ボルトガル
短編映画の編集を多く手掛けてきたカルネイロ監督は、90年にリスボンで生まれ、ポルトガルとスイスで映画を学び、18年に作った短編『Bostofrio』が世界の映画祭を巡っています。YouTubeでその予告編が見られますが、山間の地の農家とその周辺の自然が実に美しく捉えられていて、そそられます。「サヴァンナと山」と題された本作が長編第1作です。

"Savanna And The Mountain" 

『Savanna And The Mountain』はポルトガル北部のコーヴァス・ド・バローゾという地域を舞台にした「ウェスタン」であるとの記述も見つかりますが、実際の出来事をベースにした内容のようです。この地域に、イギリスのサヴァンナ社という会社がリチウム鉱山を開拓する計画を立ち上げたところ、地域が反対し、長年に渡る抗争が繰り広げられた経緯があったそうです。住民は金銭保証も断り、断固として地を守ったということなのですが、この内容をセミドキュタッチで語るのか、フィクション仕立てなのか、映画のスタイルまでは分かりません。
 
監督の父親の故郷であり最初の短編の舞台となったボストルリオという村に近く、監督も思い入れのある地であるとのことで、個人的にかなり注目したい作品であります。
 
〇『Sister Midnight』カラン・カンダリ監督/インド
カンダリ監督は『Bye Bye Miss Goodnight』(05)という作品が長編第1作で、19年振り2本目の新作『Sister Midnight』が本作です。両作のタイトルが似ていることにどういう理由があるのか、この時点では分かりません。カンダリ監督はフランツ・フェルディナンドのMVも手掛けており、奇妙に捻じれた世界観を見せてくれています。

"Sister Midnight" Copyright PROTAGONIST PICTURES

「予期せぬことに、別居していた父の相続人となった娘は、相続を断って自分の人生に戻る。しかし、あやうく死にかけた経験が全てを変える。一方、30代のウマとゴパルは見合いで結婚し、ムンバイに向かう。ウマは家事に興味が無く、料理が出来ず、うんざりしている。ゴパルは帰宅すれば食事が待っていることを期待している。ウマの内側で何かが壊れていく」
 
監督週間は本作を「ファンタジーとコメディーと復讐劇がブレンドされた、現代インドの女性を巡る寓話」と呼んでおり、男性のカンダリ監督によるフェミニズムが意識された作品と予想されます。23年の監督週間が選んだインド映画『Agra』(23/カヌ・ベフル監督)が異様な熱量の怪作だったので、今年も期待しています。
 
〇『Something Old, Something New, Something Borrowedエルナン・ロッセッリ監督/アルゼンチン
エルナン・ロッセッリ監督は第1作『Maura』(15)がロッテルダムやナント三大陸映画祭などに選出され、その後ドキュメンタリーを撮り、編集の仕事も手掛け、9年振りのドラマ長編が本作です。

"Something Old, Something New, Something Borrowed"

「フェルペト家は、数十年に渡って、もぐりの賭け屋ビジネスを営んでいた。父親が亡くなり、マリベルと母のアレハンドラは複雑な家業を継ぐ羽目になってしまう。そしてある夜、マリベルのかねてからの疑惑が確信に変わる。父には別の家庭があり、認知していないファクンドという息子がいたのだ。マリベルは身元を偽ってフェイスブック上でファクンドに接近し、二人はやがて直接会うようになる」
 
作品の情報があまり見つからないのですが、タイトルは、マザー・グースの童話に出てくる一節の “Something old, something new, something borrowed, something blue, and a sixpence in her shoe”を由来にしていると思われます。 「何か古いもの、新しいもの、借りたもの、青いもの、そして靴の中に6ペンス銀貨を」というのは、結婚式で花嫁の幸せを願う4つのアイテムとも言われているそう(どうりでタイトル検索するとウェディング関連のサイトばかりがヒットする)。映画の中身と関係がどこまであるのか分かりませんが、ちょっと想像を掻き立てられますね。
 
〇『The Falling Sky』エリック・ローシャ&ガブリエラ・ラルネイロ・ダ・クンハ監督/ブラジル
エリック・ローシャ監督は、偉大なるグラウベル・ローシャの息子で、主にドキュメンタリーを手掛けています。まさに父がネルソン・ペレイラ・ドス・サントスらとともに牽引したブラジルの映画の新しい波「シネマ・ノーヴォ」を詩的に考察する『Cine Novo』(16)を監督し、カンヌのクラシック部門に出品されました。ガブリエラ・ラルネイロ・ダ・クンハは女優と脚本家であり、本作が監督1作目。

"The Falling Sky" Copyright Eryk Rocha & Gabriela Carneiro

新作は、先住民族と自然との深いつながりを描くドキュメンタリー。彼らの生活様式と、彼らが故郷と呼ぶエコシステムに対する重大な脅威である森林破壊との闘いが描かれます。おそらく「監督週間」唯一のストレートなドキュメンタリーであり、貴重です。カンヌ映画祭を横断して決められるベスト・ドキュメンタリー賞「ゴールデン・アイ」対象作品です。
 
〇『The Hyperboreans』クリストバル・レオン&ホアキン・コシーニャ監督/チリ
2023年の日本にて、劇場(イメフォ)も配給会社(ザジフィルムズ)も驚くほどの大ヒットを記録した『オオカミの家』(18)のクリエイターコンビの新作!これはビッグニュースですね。
『オオカミの家』はプレミア上映されたベルリンのフォーラム部門で受賞し、アヌシーでは審査員賞を受賞しています。当時ベルリンで見た僕は興奮して、イメフォのYさんに「これはすごいです、いけますよ!」と言ったらしいと、Yさんから先日聞いたのだけど、全く覚えていない…。とはいえヒットを予見(?)していたとしたら嬉しいです。アニメ好きで有名なハライチの岩井さんも見て絶賛した『オオカミの家』(TBSラジオ「ハライチのターン」でいきなり語り始めてとてもびっくりした)、驚異の映像は見る人を動かすことを証明する好例でありました。
 
2人の監督は、近年では、PJ・ハーヴェイのMV「I Inside the Old I Dying」(23)を手掛けていて、あの驚異的なストップモーションアニメの素晴らしさを堪能することが出来ます。

"The Hyperboreans"

新作は複雑な成り立ちをしているようです。まず、数年前に、ナチズムを擁護した狂気の詩人で外交官のミゲール・セラノに関する映画を、映画初期の手法に触発されながら女優のアントニア・ギーセンを擁して撮ったのだが、そのフィルムが失われてしまうという事件があったらしい。それがどうやら盗難によるものらしいのですが、やがてチリの美術館におけるワークショップで監督コンビのアート活動を紹介するイベントが行われ、そこで「失われた映画」を再構成/再構築し、イベント参加者も映画に取り込みながら新作に仕上げていく、というのが、分かるようで分からない製作背景のようです。
 
書いている自分が分かっていないのだから読まされている方はたまらん、ということでごめんなさい。でもこのアーティストたちの場合は、観るまで分からない方が興奮しますね。「監督週間」最大の楽しみの1本です。
 
〇『The Other Way Around』ホナス・トルエバ監督/スペイン
2000年代から活動するトルエバ監督。『8月のエバ』(19)では、女優を諦めた33歳の女性が次の人生を考える姿を、8月冒頭の2週間を日めくりのロメール的なタッチで描き、カルロヴィヴァリで国際映画批評家連盟賞を受賞。日本ではラテンビート映画祭紹介されました。繊細で好感の持てる作家映画でした。バルセロナを離れようとするカップルのもとを訪れる男女を描く『とにかく見にきてほしい』(22)は、EUフィルムデイズで日本でも紹介されています。2年振りの新作が「監督週間」です。

"The Other Way Around" Copyright Les Films du Worso

「15年間を共に暮らしたアレとアレックスのカップルは、同居解消パーティーを企画する。招待客は戸惑うが、カップルの決意は固そうである。いや、本当にそうだろうか?」
 
一般市民に近い人々を取り上げ、日々の生活を繊細に描くのがトルエバ監督の個性でしょうか。軽過ぎず、重過ぎずの絶妙な線を期待したいところです。
 
〇『To A Land Unknown』マハディ・フレフェル監督/パレスチナ・デンマーク
パレスチナにルーツを持ち、デンマークを拠点に活動をするフレフェル監督。レバノンのパレスチナ難民キャンプを訪れた自伝的処女長編『A World Not Ours/我々のものではない世界』(12)は、トロントを皮切りに世界の映画祭を回り、ヤマガタでも上映されています。その後は短編作品がベルリンやカンヌに入選を続けます。新作はドラマです。

"To A Land Unknown" Copyright Homemade Films

「いとこ同士のシャティラとレダは、アテネに身を寄せるパレスチナ難民である。ふたりは力を合わせて金を集め、偽造パスポートを入手しようとしている。何とか人生を立て直すために、ドイツに渡るのが夢なのだ。しかしそのためには限界を超え、より良き未来のために、自分の一部を後ろに置き去りにすることが必要なのだった」
 
ベルリン映画祭はガザ情勢を巡って揺れましたが、当然カンヌも無縁ではいられないはずです。いま何か動きがあるのかどうか、耳に入ってきてはいませんが、この作品の上映が極めて重要な機会になることは間違いないです。
 
〇『Universal Language』マシュー・ランキン監督/カナダ
実験映画に隣接した世界で活動するランキン監督、トロントとケベックが対立するパラレルワールドを舞台にダークで倒錯的で夢幻的な世界が展開する『The Twentieth Century』(19)は、他に類を見ない怪作/傑作でした。本作は5年振りの長編です。

"Universal Language" Copyright Metafilms

「ミステリアスでシュールな緩衝地帯。テヘランとウィニペグの間のどこか。複数の人物の人生が奇妙な形で織り交ざっていく。小学生のネギンとナズゴルは、冬の氷の中に凍った大金を見つけ、それを手に入れようとする。一方、観光ガイドのマスードは客の混乱を意に介さず、ウィニペグの名所を案内する。さらにマシューはケベック州の下らない役所仕事を辞め、母に会うための謎めいた旅に出る。空間、時間、個人のアイデンティティが交差し、混じり合い、共鳴し、ミスディレクションが横行する超現実的なコメディー」
 
劇中のマシューという人物を、マシュー・ランキン本人が演じるようです。ダークファンタジーSFのようだった『The Twentieth Century』に比べるとだいぶ現実的な設定のようですが、もちろん一筋縄ではいかない大胆な内容が期待されます。カナダ映画の理解には、しばしば英語圏と仏語圏の違いへの理解が求められることがありますが、ランキン作品もしばしばウィニペグ(英語)とモントリオール(=ケベック/仏語)の対比が出てきます。これが「Universal Language」という今作のタイトルに影響してくるのかどうか。イラン/ペルシャ語も本作の重要な要素になりそう。あるいは「共通言語」とはお金なのか…。大いに楽しみです。
 
〇『Plastic Guns』ジャン=クリストフ・ムリース監督/フランス
ダーク・コメディーで知られるムリース監督は、カンヌ「ミッドナイト・スクリーニング」にも選出された前作『Bloody Oranges』(21)がダーク過ぎると物議を醸し、フランスの劇場公開時にはコメディー作品としては極めて稀な12禁という扱いを受けてしまいました。その監督を部門のクロージングに持ってくる「監督週間」はさすがです。ムリース監督、3本目の長編です。

"Plastic Guns" Copyright Bac Films

「家族全員を殺した後に姿を消したという『ポール・ベルナルダン事件』に、レアとクリスチーヌは夢中になっている。二人は殺害現場の家を探しに出かけるが、その時メディアはベルナルダンが北欧で逮捕されたと報道する…」
 
内容は楽しそうですけど、スチール写真もちょっと嫌な感じでいいですね。どこまで不穏な雰囲気が出ていて、どんな展開になるのか、これはかなり気になる…。


以上21本が「監督週間」ラインアップです。若手中心で、地域もかなり広範囲にわたり、ジャンルもバラエティに富み、何といっても日本勢が2本あり、もう楽しみでなりません。

次回、5回目は「批評家週間」を予習します!



 

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