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「コスパが悪い結婚」よりも、祝福される“独婚”のススメ。

 本コラムは過去、cakesに連載していた『雑誌が切り取る私たち』のアーカイヴです。本連載は「時代を彩ってきた雑誌のキャッチコピーを振り返りながら、女性の人生の選択について思考する」のがコンセプト。普遍的で根深い問題から、時代をポップに映し出している事柄まで、さまざまなテーマを取り上げていました。
 今回のコラムは、進み続ける晩婚と未婚についてです。当時、未婚だった私は、切実に心を分かち合える人生のパートナーを求めていたものの、職業柄か周囲に愉快な未婚仲間がたくさんいました。経済的に絶対的な安定はなく、その先の未来に不安を抱いてもいましたが、30代も後半以降は「結婚しようとしまいと、どの道、絶対の安定なんてないしね」と開き直ってもいたから、世間が中年で未婚の人間に抱いているイメージほどの悲壮感や危機感は、持ち合わせていませんでした。
 そんなお気楽な私(と愉快な未婚仲間)に、何かと厳しめのツッコミを入れてくるのが雑誌AERAこと、アエラさんです。当時の個人的に大切な思い出とともに、この時代に結婚する意味や、自分にとって核となる思考を模索して書きました。
 このコラムを書きながら導いた、私なりの思いは、伴侶とともに生きている今も大切にしているものであり、最近のVoicyでも何度かお話していることだなと、本コラムを読み返しながら気づきました。
                                                  2023.3.1         

「コスパが悪い結婚」よりも、祝福される“独婚”のススメ。

 時代を切り取るジェンダーレスな週刊誌『AERA』。2015年、女性向けの特集も多い同誌が、「結婚はコスパが悪い」特集で“婚活ブーム”に一石を投じました。結婚のコスト(費用)を算段する“コスパ婚”は是か非か。そして、一人で生きる覚悟を決めた女性たちの一風変わった新しい“結婚のカタチ”に迫ります。
この道20年のベテラン女性誌ライター芳麗さんが贈る“ありふれた女”たちのための教科書です。


「ジェーンダ・レスーの選択的未婚時代」?

 朝6:55――混みはじめた電車の中、私は寝ぼけまなこで、週刊誌『AERA』の中吊り広告の“一行コピー”を眺めていた。

 あっ! 最近流行りの「ジェンダーレス」とコラムニストのジェーン・スーさんをかけているのか。今週のコピーは悪くない。っていうか、時代の気分を言い当てている。

 ジェンダーレスとは、ファッションを中心に流行り始めた言葉で、ユニセックス(男女兼用)とも少し違う。男性は女性らしく、女性は男性らしいファッションを着るムーブメントのことだ。抽象的に言うならば、「男女の境界線を越えること」になるだろうか。

 でも、それってファッションや見目麗しい絶食系男子※のことだけじゃない。いわゆる普通の女でも、40超えれば、自他ともに認められる感覚だ。
 仕事場もプライベートも、男とか女とかを超えていくのは普通のことだもの。ジェーン・スーさんみたいに、知性とユーモアと絶妙なバランス感覚をもって男にも女にも媚びないトークができる40女だっている。「男だから、女だから、こう生きねば!」なんて時代はとうに過ぎ去ったし、既婚も未婚も全然ありだ。

※2015年の急上昇トレンド「ジェンダーレス男子」って?|Spotlight 

  でもなぁ。「結婚しないと老後は孤独死だよ」なんて不用意なアドバイスや「ひとりは寂しくないの?」なんてマイルドなハラスメントは止まない。別に結婚しないと決めたわけじゃないけれど、ひとりも楽しいし、大切な人や譲れないものもある。でも、そんなことを自ら言うと、強がっているように思われるから面倒くさい!

 私は雑誌の中身も読まないうちから、思いを巡らせた。


AERA  2015

“婚活”に失敗し続けて、婚活疲労外来へ――。

 『AERA』は、女性誌ではない。ラテン語で“時代”という名の通り、いつも時代を切り取るジェンダーレスな週刊誌といえる。そして、「働く女性 5つの壁」、「『子供が欲しくない』は人に非ずか」などキャリアウーマンむけの特集が多く、すっきりとしたデザインや写真の美しさもあって、ファッションよりも社会に興味を抱く女性読者がたくさんいる。

 特集のタイトルもインパクトがあるけれど、その週の社会の世相をダジャレで表す、一行コピーはつい見てしまう。ちなみに冒頭のコピーは、私が創った“AERA”風です。いつも勝手にごめんなさい(笑)。実際の一行コピーにはもっとインパクトがある。
“風と共に去りリーマン”(2008.9.29)とか、“ザンゲしローニ監督”(2014.6.23)なんてダサさもふくめて名コピー、珍コピーが数多ある。

 AERAには、流行りを生み出し、世論を先導してやろうという野心が感じられる。

 近年、AERAが先導して、社会現象となった言葉は“婚活”だろう。
 もともとは、社会学者の山田昌弘氏が提唱、ジャーナリストの白河桃子氏との共著『「婚活」時代』から生まれたものだが、雑誌で最初に特集が組んだのがAERAだった。

 “婚活”ブームはあっという間に世に浸透し、“努力しないと結婚できない時代”である認識を広めることに一役買った。
 しかし、“早く結婚せねば”というムードの煽りを受け、懸命に婚活してもうまく行かない男女は、自分を見失い、心身を崩した人も多く、“婚活疲労外来”なるメンタルクリニックも出現した。

 “結婚はコスパが悪い”から“嫌婚派”になる?

  そんなAERAが2015年に打ち出したのが、「結婚はコスパが悪い」特集だ。

 未婚層の主流は、結婚願望があるのに独身を抜け出せない人たち。その最たる理由は、「結婚はコスパが悪い」から。不安定な時代でもキャリアや自己実現は自分次第で叶うけれど、恋愛や結婚は時間やお金をかけても成果が不確かだから、コストパフォーマンス(コスパ)が悪い。実際に結婚生活に突入しても、自分に使える時間やお金が減ってしまうのは目に見えているから踏み切れない。

 経済的な事情をのぞいても、何より自分や趣味が大切、恋愛に消極的、親の結婚に憧れないなどの理由から、この先も結婚するつもりはないという“嫌婚派”も増えているのだという。
 それでも結婚するなら、リスクが少なくメリットのある相手を選びたいと、独身者たちは、さらに理想が高まっている。ジェンダーレスな時代、女性だけでなく男性も結婚相手には、自分と同格以上の収入やキャリアを欲しているらしい。

 独身者の一人としては共感もできるが、まとめて突きつけられると、自分を棚に上げて何と身勝手な思考だろうとあきれてしまう。

 余裕のない時代、わが身の危うさを感じれば、他人のことまで考えられないのもしょうがないかもしれない。
 けれど、今はコスパの良い相手だとしても、30年後はどうだろう?死ぬ間際まで、互いの病気や介護も引き受け合う“夫婦”という長年連れ添うだろう関係性を、目先のコスト(費用)というものさしで測ろうとするのはそれこそ短絡的に過ぎるのではないか。

「40歳の誕生日に、自分と結婚する!」と女友だちは宣言した。

 2011年のこと。15年来の身近な友人Kが40歳を迎える誕生日、“独婚式”なるものをやりたいと言い出した。曰く「ここまで1人でやってこれた自分を祝して、自分と結婚してあげたい」。AERAの同号にも掲載されていた“ぼっち婚”の先駆けである。

 “独婚式”企画当初はお遊びのつもりだったのだろうけれど、結果、彼女の人柄とキャリアもあり、盛大に行われた。
 参加者は、プライベートでも付き合いのある男女100人程度。司会は、彼女の幼なじみの元フジテレビの女性アナウンサー、仲良しの女優やタレントが熱くスピーチ、ジェーン・スーさんが式を演出する音楽を選曲。私は、裏方として台本と進行を担当した。
 恵比寿の教会のチャペルで式を挙げ、「自分と結婚する」と宣誓。披露宴は、コスプレダンスあり、暴露クイズあり、花嫁からの友人たちへの手紙もあった。

「痛い40女の悪ふざけ」だとお思いだろうか。でも、彼女の半径10m以内にはそんな風に思う人はいなかった。“独婚式”はおもしろかっただけでなく、思いのほか、感動的なものになった。スタッフも参列者も、結婚式のパロディを本気で楽しんで、さんざん笑って一体感が高まった後、「こんな私と付き合ってくれてありがとう」という主役からの素直な手紙には自然と涙する人がたくさんいた。
 彼女の門出は祝福されていた。

 普段の彼女は、派手に遊びまわるパーティー・ピープルではない。ハードな仕事の合間に、近所のバーでささやかな1人飲みを楽しんでいる。いまだに結婚願望が薄く、「今さら人と暮らすなんて想像できん!」と言うマイペースな人間だ。
 それでも、彼女は独りじゃない。何だかおもしろい人たちに愛されている。結婚してもしなくても、40歳という人生の中間地点で、こんな時間や人間関係を持てるなんて、なんと幸せなことだろう!

 そして、思った。結婚せずとも豊かな人間関係があるのは、彼女が自分の性分や現実と正面から向き合い、自分自身を愛しているからではないか。これぞ、自らと添い遂げ“自分と結婚する”ことではないか! 

汝、自らを生涯愛すことを誓いますか

  アメリカ人の脚本家でエッセイストのトレイシー・マクミランもまた、波乱万丈の結婚と離婚を経てバツ3となった今、たどりついた幸せになれる唯一の方法は、「自分自身と結婚すること」だと悟ったという。

 何度結婚しても、自分本位で不安定な自分は変わらず、巧く行かなかった。その原因は相手ではなく、自分に足りない何かを埋めようとして、結婚した自分にあるのだと。

「自分を幸せにできるのは自分しかいない。人に期待しすぎず、今の自分や人生を受け入れて生涯をともにすると誓うことができたら充たされる。自分を愛するように、他人のことも愛することができるようになる」
The person you really need to marry | Tracy McMillan | TEDxOlympicBlvdWomen

 自力で自分を満たそうとする“独婚”は、損得ばかりを算段する自分本位な結婚、“コスパ婚”とは対極だ。
 未知なる結婚はハイリスクだし、「コスパが悪い」のはたしかかもしれない。けれど、そんなことよりもまずは、愛すべき伴侶選びにコスパを考えてしまうような、浅ましい自分を愛せるのかを問い直すべきかもしれない。

 口で言うのは簡単だけど、実際は難しい。考えてみるほど胸がつまる。少なくとも私は、自分でいうのもなんだが、健気でまじめな正直者だけれども、ピーがピーでピーな(自主規制です)、ダメ人間の私と全然結婚したくない! 
 それでも恋人や結婚相手は選べるし、別れられるけど、“自分”とだけは別れられないものだから。いつか誰かと結婚してもしなくても、まずは“自分と生涯添い遂げる”覚悟をしたい。

 今から“独婚式”でもやってみようかな。

遙かなる独婚の道へ?

  深夜1時――。私は、AERAばりの野心を抱いて、発案者である友人KにLINEした。

「自分と結婚する“独婚式”を流行らせようよ!」

 3分後、ぐったりとうなだれたムーンのスタンプとともに返ってきたのはひとこと。

「もう、自分と離婚したい」

 どうやら、日々エンドレスの仕事で生活が乱れまくって、心身がボロボロらしい。
 ああ、独婚の道は美しくも険しい――。

イラスト:ハセガワシオリ


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