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【デジタルの反対側】に、何があるかを探してみたい

「『デジタルの反対側』ってテーマで、何か書いてよ」
そう言われて、最初に浮かんだのは、春の一日。久しぶりに対面での勉強会に参加した、3月最後の土曜日の景色だ。
場所は、地域の古民家。住宅街の一角にあるのだけれど、車がよく通る道路から建物を守るかのように木々が立ち並んでおり、隠れ家のような雰囲気で、そこだけ時間の流れがゆるやかになっている。庭に大きな桜の木があって、ちょうど満開を迎えていた。雨の予報がその日の夕方からだったのは、勉強会が終わるのを待ってくれていたからに違いない。

都会の勉強会に参加すると、たいてい教室の前方に大きなスクリーンがあり、講師が用意したスライドが映し出される。インパクトのある画像や文字、効果音が、私たちに刺激を与えてくる。うまい講師は、映画にも似たエンターテインメントを堪能しているような気持ちにさせてくれる。
その日の勉強会は、違った。会場となっていた古民家には、田舎の祖母の家に遊びに来たような空気感が漂っている。ちょっと薄暗い玄関があり、正面には使い込まれて黒光りする収納棚が設置され、右に伸びる廊下の先に居間が広がる。テーブルや椅子には統一感がなく、聞くと、それぞれ地域の人たちからの寄付だからだそうだ。当然のように、スクリーンやプロジェクターはない。パソコンもテレビもなかった。もしあったとしたら、その空間には不似合いだっただろう。
興味深いタイトルが並ぶ本棚、壁に掛けられたまま止まった時計、太い柱が支える天井。ぐるりと眺めていると、開け放たれた窓から入り込んできた風が、居間を吹き抜けながら心地よさを届けてくれた。
「風鈴を飾りたくなりますね」と、誰かが言った。

古民家の奥には、大きな建物があった。窓からは全貌が見えない。古民家を管理している、特別養護老人ホームだと説明を受けた。突然、おじいさんの大きな声が聞こえてきた。節がついて、何か唄っているようにも聞こえる。顔を見合わせたみんなの表情がゆるんだ。反対側の縁側からは、庭の桜が見えた。風に乗って、花びらが舞っていた。
しばらくすると、庭もにぎやかになってきた。縁側に出て見てみると、花見が始まっていた。施設の利用者さんと職員さんたちが、桜の木をまるく取り囲んで笑っている。若い男性職員と目が合い、どちらからともなく会釈を交わした。

古民家を思い出しながら、これが、私にとってどう『デジタルの反対側』なんだろうと考えた。
当てはまりそうな言葉は、「空気感」、「不確実性」、「つながり」。

見える範囲が切り取られているパソコンの画面と違い、私たちの周囲には幾重にも空間が存在し、それを感じ取ることができる。居間にいながら、別の部屋や隣の建物、庭の様子が漂ってくる。風の動きが肌に触れ、人の声が耳に届く。そんな、空気感。

古民家での意図しない偶然の出会いは、おじいさんの声や庭での催しだけでなく、「ちょっとトイレを借りますね」という来訪者もあった。決められた動きを確実にこなすことを定められたデジタルとの、対極にある不確実性。

人のつながりや、時間、空間のつながり。デジタルは、基本的にこれらの分断が根底にあるのではないだろうか。パソコンやスマホの画面は、「それ以外」のものを見せてくれない。デジタル時計は、時の流れを数値に分断する。1分1秒と数字が変わることで時刻が分かるが、微小なものを分断することで、表現を可能にしている。人のつながりは、SNSに乗せることで、他者を見えなくする。SNSというデジタルツールが見せてくれるものしか、「表示」のテーブルに乗らないから。

デジタルは、人が使う手段として、便利で有効な存在。だけど、そこにあるものが、生きるすべてではない。それを忘れずに使う必要がありそうだ。
デジタルの反対側にある、人のつながり、空気感、思いがけない出来事に、できれば身を委ねる時間を持ちながら、うまく付き合っていきたい。


毎週テーマを決めて共同運営を続ける日刊マガジン『書くンジャーズ』。
今週のテーマは、【 デジタルの反対側 】でした。

今回は、3月のテン大授業の参加者になった気持ちで、多少アレンジを加えて書いてみました。

ゴールデンウイークに突入し、デジタルの反対側にあるものに身を委ねてリフレッシュしたいと思っているのは、土曜日担当の吉村伊織(よしむらいおり)です。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

メンバーのみんながデジタルの反対側に何を見つけたか、忘れずにチェックしてくださいね。

それではまた、お会いしましょう。

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