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マロンパフェの下の名前【#2000字のドラマ】

国道沿いのファミレスの、窓側の席に三人は座っていた。女子が隣同士で並び、向かい合って男子が一人。平日のメインフロアは、客もバイトも、学生と思われる若者でにぎわっている。お一人様スペースでは、ジャケットを椅子にかけたビジネスマンが、食事中もスマホから目を離さずに日替わりランチを食べていた。

「お待たせしました。季節のデザート、マロンパフェとスペシャルモンブラン、それとアイスコーヒーお持ちしました。」
「あ、マロンパフェ、私です。この子が、モンブランで。」
沙織の指示で、テーブルにデザートが並ぶ。直哉の前には、アイスコーヒーが置かれた。
「私、モンブラン大好きなんだ。いただきます。」
美佳の顔がほころんだ。
「甘いものは、別腹だよね。いただきまーす。」
沙織は、てっぺんのクリームを大きくすくって口に運んだ。
「どっちもおいしそうだね。ごゆっくりどうぞ。」
直哉は、それぞれのデザートを眺めたあと、食後のひと時を邪魔しないように、窓の外に目を向けた。駐車場の上に広がる空は、いつの間にか真夏の濃い青から涼しげな水色に変化している。アイスコーヒーのグラスにストローを指してひとくち飲んだ時、カランと氷が鳴った。

「ところでさ、ふたりはデートで何してんの?」
「ゴホッ」
沙織の突然の質問に、直哉はコーヒーを吹き出しそうになり、慌てて口元を押さえる。
「何って、ご飯食べに行ったり、ドライブしたりとかだよ。ねぇ、西野さん。」
直哉が同意を求めて、美佳も答えた。
「う、うん、そんな感じ。別に変なことしてないよ。」

藤田直哉と西野美佳は、大学で知り合った。同じ授業を受ける数人が仲良くなって、全員でカラオケに行ったり、誰かのバイト先に集まって何時間もしゃべり続けたり、夏にはキャンプにも行った。そんな中で気の合う男女のペアが自然と生まれ、付き合うようになった3組のうちの1組が、直哉と美佳だ。ふたりは一ヶ月前、夏祭りの翌日に付き合い始めた。

「あー、キミたち、今、変なこと想像してるねー。もー。でも、いいんじゃないの?付き合ってるんだし。それよりも、その西野さんって、ナシね。実はね、私も西野だから、どっちのことか分かんなくなるし。」
「いやいや、変なことなんて想像してないし。でも、そうなんだ。沙織さんと西野さんが同じ苗字って、はじめて知った。すごいね。」
「別にすごくないよ。西野って普通の苗字じゃない?っていうか、今、言ったよね。沙織さんと西野さんって、どっちも私ですから。西野さんはナシ。美佳のことも、下の名前で呼びなよ。」
沙織と直哉の顔を交互に見ながら話を聞いていた美佳は、沙織の発言にハッとして目が丸くなった。そして、ゆっくりと直哉の方を向く。
「あ、そう、だね。でも、いきなりだと、ちょっと恥ずかしいね。美佳さんって。」
直哉のしゃべりは、ぎこちない。美佳は、直哉にとってはじめて付き合う彼女だ。小学生の頃は性別に関係なく、みんなが下の名前で呼び合っていたはずなのに、中学、高校と進学するにつれて、どちらかというと真面目な直哉は、クラスメイトの女子を苗字で呼ぶようになっていた。

奥手な直哉が美佳に告白できたのは、沙織の影響も大きい。付き合うきっかけになった夏祭りの日、会場を歩いていたところに、沙織から美佳に電話がかかってきた。その電話に出てと手渡され、受け取った直哉が話してみると、「美佳のことよろしく。泣かせたら許さないよ。」と一方的に告げられて電話は切れた。
夏祭りのあいだじゅう、沙織の不思議なセリフは直哉の心に引っかかり、頭の中をぐるぐると回っていた。「美佳のことよろしく。泣かせたら許さないよ。」
気にすれば気にするほど、魔法でもかけられたかのように、美佳のことが気になる直哉。そして、帰り道、「この後、夜景でも見に行かない?」と誘った。一晩語り明かした翌日に告白し、付き合うことになったのだ。

実は、夏祭りの日の電話は、気になる人がいてもっと仲良くなりたいと美佳から事前に相談を受けていた、沙織の作戦だった。意中の相手が美佳の方を向くように、暗号のようなメッセージを伝えたのだ。まさかその直後に告白されて付き合うようになるとは予想外だったが、美佳がまっ先に報告してきた時には、親友の恋の成就を我がことのように喜んだ。

「美佳さんかぁ。悪くないけど、なんか他人行儀だよね。美佳、がベストだけど、せめて美佳ちゃんかな。ほら、その方が親しみ湧かない?」
「えー、そうかな。美佳、ちゃん。変じゃない?どう?」
美佳の頬がほんのり赤く染まった。無言のまま、2回うなずく。
「うん、いいね。美佳ちゃんでいこう。なんかね、相手の呼び方で人間関係って変えられるんだって。親しくなったら呼び方が変わるってのもあるけど、呼び方を変えることで親しくなれるのもあるみたい。」
夏祭りの電話の時と同じく、主導権は沙織が握っている。

「そっか。まだ恥ずかしいけど、頑張るよ。よろしくね、美佳ちゃん。」
「うん、よろしく。直哉くん。」

#2000字のドラマ

毎週テーマを決めて共同運営を続ける日刊マガジン『書くンジャーズ』。
今週のテーマは、【 2000字のドラマ 】でした。

2000字のドラマは、若者の日常をテーマにした投稿コンテストでもあります。

・「若者の日常」をテーマとした作品
・メインキャラクターを3名設定
・字数は約2,000字

ということで、直哉、美佳、沙織の3人が登場するミニドラマを書いてみました。

作品中に登場する「夏祭りの電話」は、以前書いたこちらのこと。よかったら一緒に読んでみてください。

物語は、僕と妻が付き合い始めたエピソードを種にしています。一部が事実で、あとは創造です。
なんか青春だなぁと思って読んでもらえたら、嬉しく思います。

ずっと書こうと思っていた、2000字のドラマ。夏休みにやりたいと言いながら、ようやく書き上げることができました。ひとまずホッとしているのは、書くンジャーズ土曜日担当の吉村伊織(よしむらいおり)です。

今日も最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

毎週みんなで書いている記事は、こちらのマガジンで読めますよ。

それではまた、お会いしましょう。

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