適応障害になった30歳女性
「それでも生きていく」という本を出版致しました! よろしければどうぞ!
幼少期からの刷り込みなのかもと、最近は思っている。
子どもの頃からお母さんの顔色を伺って生活をしてきた。
大好きだった習い事のバレエでのこと、小学校2年生の時、
発表会の前の練習が少し辛くて「行きたくない…」と、弱音を吐いた。
『そっかぁ、よくがんばってるよね』『どうしたの?』
そんなふうに
受け止めてほしかっただけ
励ましてほしかっただけ
話を聞いてほしかっただけ
返ってきたのは「いくら払ってきてると思ってるの」という言葉
ハサミを持ってきたかと思うと、レッスンバックをひったくられ入っていたレオタードを目の前で、ビリビリに切られていく。
「あなたがやりたいって言ったから
やらせたことよね?どうして私がこんな思いしなきゃ
いけないの!」キンキン響く金切り声が続く
私が悪いんだ
私が言い方を間違えなければ
私が弱音をはかなければ
わたしは泣いて謝った
「ごめんね、
お腹がちょっと痛かっただけなの
行きたくないって言ってごめんね
バレエ大好きだから大丈夫だよ」
そこからかな?
それよりもずっと前からなのかな?
お母さんの機嫌がいいように自分の思いをしまって、
お母さんの思う ''いい子" を演じ続けていた。
それは洋服の買い物ひとつでもそう。
あたかも自分で選択したかのようにお母さんが喜ぶほうを選ぶ。
そうしたら家族がみんな幸せになる
わたしが気をつけてさえいれば
全てが上手くいく
そう考えるようになっていった
大人になって
サポートいつでも有り難いです。 本執筆の為の本を買います!