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深海へ、招かれる。



あれは、2年ほど前のことだっただろうか。

YouTubeのおすすめに、突如として正体不明のアカウントが現れた。


ドット絵の、海底トンネルのような、不思議なサムネ。

投稿者の名前は「A」。

その動画のタイトルは、



無い。
空白だった。


私は何かに吸い寄せられるように、その動画をクリックした。


なんだ、この曲。
めっちゃいい。



ノイズ混じりのシンセ音、もの悲しいメロディーライン。
無機質なのに、ぼんやりとあたたかい感じ。
世界でたったひとり最後に生き残った人間が遺した音楽のような、
浮上できなくなってしまった潜水艦の中から発信されているような、
心細さ。


そしてこの曲には不可解な点がある。
私がこの曲を聴いた時、投稿日は1年前となっていた(現在では3年前)。
だがコメント欄を見ると、
『今日、急におすすめに出てきた』
という書き込みが相次いでいた。
投稿から1年の時を経て、同じ日、ほぼ同じ時刻に吸い寄せられるように大勢の人が集まっていた。

YouTubeのアルゴリズム的に特に不思議なことではないのかも知れない。
1年前に投稿された動画を、突如として多くのユーザーにおすすめしまくるということもあろう。
だがこの曲の持つ終焉感、何か不可思議な磁場を放出している雰囲気が、
まるでこの曲に選ばれ、招待されたような気持ちにさせられる。


タイトルは空欄だったが、概要欄に「海底」と書かれていた。
この曲は所謂『界隈曲』のジャンルになるらしい。
界隈曲の存在は何となく知ってはいたが、その道には明るくない為、今回記事を書くにあたり調べてみた。


界隈曲とは、2012年から2013年にかけて投稿された、「クロマグロがとんでくる」「イワシがつちからはえてくるんだ」「ヤツメ穴」「.」の4つの楽曲へのリスペクトをもとに制作された楽曲のこと。これらの曲調を模倣している。


界隈曲の特徴

界隈曲に非常によく共通する特徴として、シンセサイザーと8bitサウンドが使われていることが挙げられ、他にも合成音声による歌唱
・四つ打ちのリズム
・TR-808,TR-909のドラム
・小物系のパーカッション
・ドット絵のMV
・ドット絵のキャラクター(使用されている合成音声ライブラリのキャラクターであることが多い)
・ドット絵のフォント(美咲ゴシックなど)
・タイトルが記号
・コード進行が表示される、リズムに合わせて図形が配置、変形、移動を繰り返す、キャラクターが何かの楽器を叩いたりなど、リズムを視覚的に表した演出があるMV
・黒背景、四角形の枠上の演出
・モールス信号が曲やMVに組み込まれている(ただし、原典であるxxxx氏の曲にモールス信号は無い)
・裏歌詞(メインボーカルではなくハモリやコーラス等のみで歌われる歌詞)


などを持つ曲が多い(例外もある)。

ピクシブ百科事典


界隈曲のもとになった4つの楽曲の作者であるxxxx氏は、アップロードしていた動画をすべて削除し、
「作者の名前を出さず、使用音源すべての規約を守るなら、転載可」という趣旨の発言を残し、姿を消してしまった。
現在ネット上にあるこれら4作品の動画は、すべて転載されたものである。
本人が名前を出さないで欲しいと発言したことから、ネット上で本人の名前を出すことはタブーとされている。
ゆえに、氏を表す際には伏字にして呼ばれている。
らしい。

『界隈曲』自体が、不可思議である。



そして今回、私がなぜこの曲のことを書こうと思ったか。
本当は書くことをちょっと迷った。
なぜならば、隠れ家のようなこの曲の秘密をひっそりと保持していたかったからだ。

この「 A 」のチャンネルは、4本目の動画を投稿した2021年5月を最後に、更新が途絶えていた。
この曲に出会った当時はしきりに聴いていたものの、それ以降、このチャンネルを訪れることもなくなっていた。


昨日、ふと思い出し、のぞいてみたら、
更新されていたのである。

正確には、更新される予定だ。
5月19日の20時に、プレミア公開を控えていた。

「また、呼ばれた」
そんな気がした。

公開3日前の現時点で既に高評価が597ついている。
新曲をいかに多くの人が待ち望み、またこれらの曲にどれだけの人たちが救われたか。
私も心待ちにしている。



秘密基地へは招待制になっているが、
ここを訪れてくれたあなたを、私が招待する。





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