見出し画像

開戦2年前の憲法記念日 - 危機一髪、改憲発議の流れを止めた上脇博之と赤旗報道

今年は2024年。米太平洋軍前司令官のデービッドソンの提起によれば、2027年に想定している台湾有事の3年前の時点になる。この日程は、その後、CSISのシミュレーションなどによって前倒しされ、関係者は2026年を台湾有事のターゲットと設定して工程表を進めている。したがってその戦争計画に従えば、今年5月3日は開戦2年前の憲法記念日だった。何事もなく過ぎ去ったように見える今年の5月3日だったが、振り返って政治の内実を凝視すると、実際は相当に危うかった事実が看取される。改憲側は、今年の通常国会で条文改正の確定と発議を狙っていた。その実行に向けて昨年から着々と戦略を進めていた。結論を先に言えば、今年の改憲発議を未然に止めることができたのは、上脇博之と赤旗報道のおかげであり、自民党の裏金問題が浮上して政局の焦点となった偶然による。

21年衆院選と22年参院選に続けて大勝した維新は、改憲を明確な政治目標に掲げて猪突猛進し、昨年2023年3月には国民民主党と連携して改憲条文案を発表する。緊急事態条項を盛り込み、衆院憲法審査会への提出を画策した。その直後の23年4月の統一地方選で維新は大勝、地方議員の数を選挙前の1.5倍に激増させ、改憲実現へ鼻息を荒くして雄叫びを上げた。この10年ほど、改憲断行の政治の中心で動いていた首魁は安倍晋三だったが、安倍晋三亡き後、改憲を主導する旗振り役は馬場伸幸が襲名している。プライムニュース他のテレビ出演の度毎に、改憲こそ第一課題だと気焔を上げ、憲法審査会での発議を急ぐ構えを強調していた。改憲潮流は維新が中核となって牽引していて、安倍時代の本丸だった9条改正(自衛隊明記)の標的が薄れ、この2年ほど、緊急事態条項の新設が主眼となっている。

5/2 に毎日新聞が不気味な記事を出して注目を惹く。4/17、国会図書館の一室に自民、公明、維新、国民民主の議員が集結して極秘会議を開催、翌 4/18、衆院憲法審査会の席上で、この議員らが「憲法改正の条文案の起草作業を行う『起草委員会』を設置するよう一斉に求めた」と書いている。憲法審査会では立憲民主が反発、そのまま 4/28 の3補選を迎え、改憲勢力が総崩れの惨敗を喫し、5/3 の憲法記念日を前に新たな情勢が生まれた。4/28 に示された審判の結果、特に維新の退潮がくっきりとなり、改憲勢力は推進主軸のエネルギーが弱まった状況にある。そうした世論環境を反映してか、朝日は「改憲機運『高まってない』70%」と世論調査の結果を出し、毎日は「改憲『賛成』27% 2年連続で減少」と同じく世論調査の数字を示した。補選で自民・維新・国民民主が敗北し、改憲気運にブレーキがかかった。

指摘したいのは、もし昨年からの裏金問題の政局がなかったら、この事件が表面化しなかったら、馬場伸幸の思惑どおり、通常国会で改憲が主要テーマとなり、衆院憲法審査会で改正条文案が提出され、審議され、場合によっては強行採決される進行になった可能性が高いという点である。そうならなくて安堵するが、一国民としてはまさに幸運な成り行きであり、上脇博之の奇跡的英挙に感謝するばかりだ。改憲勢力にとっては、意外な方角からの邪魔者の出現であり、それに足をすくわれて躓いた苦々しい誤算と失敗と言える。冷静に考えれば、今は開戦2年前だ。軍事的にはほぼ全ての準備が整いつつあり、障害なく工程表が進捗している。最も重要なキーであった敵基地攻撃能力のトマホーク配備も決定し、計画が粛々と実行されている。43兆円の軍事予算も無風で通過、さらに対中作戦陣営にフィリピンを加えることにも成功した。

戦前の国家総動員法である経済安全保障法の一部をなす、セキュリティクリアランス法案も、何の抵抗もなく、逆にマスコミ報道の翼賛と加勢を得て、あっさり衆院本会議で可決した。秘密保護法制の民間への拡大であり、日弁連も反対しているのに、碌な議論もなく本年 2/27 に閣議決定され、スピード審議で 4/9 に衆院本会議で可決された。立憲民主党が堂々と賛成し、対決法案にすらならなかった。けれども、開戦2年前の段階になっても解決できていない問題がある。それは徴兵制の施行であり、それを可能にする憲法改正の前提である。トマホークや空母やF-35だけでは中国との戦争に万全ではない。43兆円の武器購入と配備実装だけでは、中国との戦争に勝てる態勢にはならない。兵員が要る。今、自衛隊は深刻な人手不足に直面していて、戦場で戦闘を担う「曹」と「士」の人員が足りず、特に若い「士」階級は充足率75%の現状にある。

セクハラパワハラの横行が問題化した影響もあるのか、自衛隊志願者は年々減少傾向にある。日本社会は少子化ゆえに若手人材が極度に欠乏していて、各業界は就職する若者の奪い合い(超売り手市場)となっている。若者一般から見て、超ブラック企業の表象の自衛隊が忌避され敬遠されるのは当然だろう。しかも戦う相手は強力な中国軍であり、死傷率はきわめて高くなることが予想される。戦場として想定されるのは、台湾と南シナ海であり、南西諸島である。特に、奄美から沖縄本島、先島諸島の島々に派遣し展開する守備隊の地上兵、すなわち陸自の歩兵が大量に必要だ。戦争がどのような展開になるかは不明だが、一旦始まれば、台湾周辺での交戦の後、中国軍は、南西諸島の米軍・自衛隊の無力化が目標になるだろうし、軍事的に制圧確保するべく侵攻作戦に出ておかしくない。

その場合、上陸する中国軍を迎え撃つ守備隊の兵力が必要で、宮古・石垣・与那国など重要拠点を中心に各島嶼に応分の地上戦闘員を配置しなくてはいけない。島の数は多い。占領されれば、領土を失う事態となる。無論、米軍は犠牲の出る島嶼の地上戦に兵員を送ることはない。それは陸自が受け持つ任務だ。それぞれの島にどの程度の兵員を置く青写真か分からないが、推計で積算していくと、到底、今の陸自普通科の現員と予備役では足らない勘定となる。兵員は九州(特に五島列島など離島地域)にも厚く置かなくてはいけない。島をめぐる攻防を想定したとき、基本的に太平洋戦争のときと同じ態様と方式の(原始的なと言うべきか)白兵戦の激突がイメージされる。ガダルカナル島や、ペリリュー島や、サイパン島や、硫黄島での戦闘が想起される。島が砦(城)であり、攻める側と守る側で肉弾戦を演じ合う。

ペリリュー島の日本軍守備兵は1万で戦死者1万。サイパン島の日本軍守備兵は3万1600で、戦死者は自決を含めて3万、民間人犠牲者は8000と記録されている。硫黄島の日本軍守備兵は2万900で、戦死者は1万7845。すべての戦いで全滅してほとんど戦死となった。次の中国との戦争で、南西諸島の守備兵力と補給をどう立案しているか不明だが、80年前の対米戦争と同じように、劣勢の戦況下で補給を欠いた状態で戦い続け、最後まで降伏せず、すなわち太平洋戦争と同じ玉砕戦法で臨んだ場合は、同じ犠牲を結果させるだろう。いずれにせよ、小さな島嶼でも守備に動員した兵員規模が大きい事実に驚かされる。陸自の現隊員数は予備役を合わせても15万8000しかいない。どう考えても足りない。南西諸島だけに注目したが、よく考えれば、第2列島線の小笠原諸島も戦場になる可能性がある。

中国と戦争をするとなれば、陸自の歩兵数を短期に2倍3倍に増やす必要がある。それは、現在の志願制システムでは実現不可能だろう。赤紙で強制召集する徴兵制の実施しか方法はない。私は、政府がヒステリックにマイナンバーカードの普及に狂奔している理由の一つは、徴兵制の含みがあるからだと推察している。そしてまた、それは、米軍からの強い要請でもあるだろう。現在の自衛隊員数は、与那国に160、石垣に570、宮古に700。米軍の目から見れば、これではいかにも少なすぎ、防衛戦力が脆弱すぎる。先島は最前線の砦であり、嘉手納や普天間を、神聖在沖米軍を守る防壁の出城なのだから、もっと常駐兵力を厚くして構えよという要求と指令になるだろう。徴兵制を法律で施行するためには、憲法9条を変えないといけない。開戦が2年後なら、前年となる来年2025年には9条を変えてないといけない。

そこから逆算すると、今年2024年に緊急事態条項の「お試し改憲」を実現するという算段は、きわめてリアルで周到な計略だと言える。憲法審査会で条文を詰め、採決し、本会議に上程して可決し、場合によっては、解散総選挙の争点にして勝負を決する、改憲派の悲願を達する、という進行は、今年十分あり得た悪夢の政治日程だった。何と言っても、改憲賛成派は、自民、公明、維新、国民民主と揃っていて、圧倒的な多数派を構成している。改憲反対派は共産と社民とれいわのみ。立憲民主は党内に賛否があって実質的に中立派だ。昨年、公明は緊急事態条項ならいいだろうという立場に身を翻し、護憲派から改憲派に変わった。マスコミの世論調査で改憲支持が不支持の倍になっているのは、公明(学会)の旋回の影響が大きいだろう。抵抗し逡巡していた学会婦人部が改憲派に転向したのは、ウクライナ戦争の圧力が大きいと思われる。

対中戦争(台湾有事)に向けての基本的ロードマップは何も変わってないが、アメリカ側の事情と背景に若干の変化が起きている。昨年、ウクライナの反転攻勢が失敗して戦争の長期化が不可避となり、武器や戦費を想定外に注ぎ込まなくてはいけなくなった。特に砲弾の生産と供給の問題は、台湾有事の大戦争を控えた米軍には頭痛の種だろう。もう一つ、イスラエルのガザ虐殺の事態が発生し、大統領選を前にした内政問題に発展、アメリカの関心は今そこに集中している。一つ間違えば中東大戦争が起きる。ブリンケンとCIAの神経は中東情勢に釘づけとなり、東アジアの優先度は低下せざるを得ない。その所為か、アメリカと欧州諸国による台湾工作が昨年ほど目立たなくなった。本来なら、1月の総統選の結果を受けて、また台湾有事の2年前なのだから、もっと活発で過激な工作活動(中国に対する外交挑発)が遂行されて不思議ではなかった。

以上が、開戦2年前の憲法記念日の情勢分析として報告すべき内容である。以下は蛇足だが、5/3 のNHKの7時のニュースで、改憲派の憲法学者が登場して「70年以上も改革できていない憲法が本当に生きた憲法なのか」と批判していた。反論を返したい。第一は、制定されて一度も改憲されてない自国の憲法に、なぜ国民として誇りを持てないのかという点だ。修正が付加されてないということは、それだけ日本国憲法がパーフェクトで普遍的な法典である証左に他ならない。ケーディスはその企図を念頭に置いて日本国憲法を設計し、なるべくコンパクトにスリムに原理原則だけを条文化、余計な具体条項を入れなかった。憲法の下に基本法(教育・労働‥)を置き、その下に具体的な実定法を作るという、三層構造のアーキテクチャで考案した。だから、日本国憲法は変えにくい、変わりにくい法典なのである。実際、第1条の天皇制の規定を除けば、どの国でもそのままコピーして採用できる模範的な憲法の条文に仕上がっている。

第二に、護憲派の私自身も、70年経っているのだから、新しい人権条項を憲法に追加したいと思う一人である点を力説したい。例えば、公明党が以前から拘っていた環境権がある。環境省の前身の環境庁が設置されたのは、1971年のことで、公害問題への対策を求める国民の要求を受けての措置だった。水俣病、イタイイタイ病、四日市ぜんそく、被害を受け犠牲となった国民がどれほど厳しい思いをし、奪われた人権を回復する法的闘争に身を挺してきたことか。サリドマイド、スモン、エイズなど薬害事件も同様だ。公害と薬害で苦しみ、救済を求めて闘い、その過程で新しい人権の存在と概念を明らかにしてきた戦後日本の人々。彼らに報いるため、顕彰するためにも、憲法の中に関連する人権条項を書き込みたいと思う。そして、それらの日本人の苦難と闘争の歴史を中学高校の社会科で教えるべきだと確信する。憲法の条文解説で教育するべきなのだ。

同様に、住居に住む権利もある。つまり、ホームレス廃絶の人権条項があるだろう。これは、今世紀からの反貧困の運動の中で生まれた人権の概念だ。25条に関係するが、独立させて新しく条文規定されていい。それと、小田実らが奮闘して阪神大震災後に制定された、被災者を救済する生活再建支援法の実績がある。安倍政治以降、これが徹底的に壊され、「自助・共助・公助」のネオリベ自己責任原則となり、今日の能登地震の後の惨状となっている。小田実が唱えた理念(被災者救済)を人権として措定し、憲法の条文に書き込む必要を感じる。こんな具合に、加憲したい人権条項は幾つもあり、国民投票で憲法改正をやるだけの重さのある人権の問題と運動を、日本人は70年の間に経験してきた。だが、加憲ができないのは、現在の改憲派の憲法改正が、およそ正当な中身の憲法改正ではないからである。彼らの憲法改正案は、前文を否定し、現憲法を根本から否定している。

こんな改憲論を受け入れられるわけがない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?