TikTokでバイラルヒットした捕鯨船の歌

素朴な魅力にあふれた民謡が伝える歴史。私のへっぽこ日本語訳とコラムもどきとともにご紹介させていただきます。


Soon May The Wellerman Come

There once was a ship that put to sea
And the name of that ship was the Billy o' Tea
The winds blew hard, her bow dipped down
Blow, me bully boys, blow (huh)
かつて一隻の船が海に出た
その名をビリー・オ・ティー
暴風が吹き 舳先が沈んだ
吹け 荒くれ男ども 吹くんだ

*[コーラス]
Soon may the Wellerman come
To bring us sugar and tea and rum
One day, when the tonguing' is done
We'll take our leave and go
ウェラーマンよ 早く来い
砂糖と紅茶とラム酒を届けに
いつか 鯨の解体が終わった日にゃ
暇をもらって おさらばだ

She had not been two weeks from shore
When down on her a right whale bore
The captain called all hands and swore
He'd take that whale in tow (huh)
岸を離れて2週間もしないうちに
近くにセミクジラが現れた
船長は皆を集めて誓った
あの鯨を仕留め 引っ張って帰ると

*[コーラス]

Before the boat had hit the water
The whale's tail came up and caught her
All hands to the side, harpooned and fought her
When she dived down below (huh)
小舟が着水するより先に
鯨の尾ひれが迫ってそれを捕らえた
誰もが側面に集まり 銛を投げて戦った
水中に潜っていく鯨めがけて

*[コーラス]

No line was cut, no whale was freed
An' the captain's mind was not on greed
But he belonged to the Whaleman's creed
She took that ship in tow (huh)
切れた綱はない 鯨も逃がしていない
船長の頭にあるのは金儲けじゃない
だが彼は根っからの鯨捕り
鯨が船を引っ張って泳いだ

*[コーラス]

For forty days or even more (ooh)
The line went slack then tight once more
All boats were lost, there were only four
And still that whale did go
40日かそれ以上
たるんでいた綱が再び張り詰めた
小舟はすべて失われ 残るはたった4艘のみ
それでも鯨は泳ぎ続けた

*[コーラス]

As far as I've heard, the fight's still on
The line's not cut, and the whale's not gone
The Wellerman makes his regular call
To encourage the captain, crew and all
聞いたかぎりじゃ その戦いはいまなお続く
綱は切れず 鯨もそのまま
ウェラーマンが定期的に訪れる
船長と乗組員たちを励ましに

Soon may the Wellerman come
To bring us sugar and tea and rum
One day, when the tonguing' is done
We'll take our leave and go
ウェラーマンよ 早く来い
砂糖と紅茶とラム酒を届けに
いつか 鯨の解体が終わった日にゃ
暇をもらって おさらばだ

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昨年末から今年1月にかけてTikTokで大流行したこの歌は、1860年から1870頃にニュージーランドの捕鯨従事者たちが歌い始めたと考えられている。一般的には「シー・シャンティ(Sea Shanty: 船乗りたちの仕事歌)」と呼ばれているが、厳密にはバラッドのカテゴリーに入れるのが適当らしい。というのは、この歌が物語仕立てであり、また船上で乗組員が息を合わせるための作業歌でないからのようだ。

ウェラーマンというのは、ニュージーランド南島のオタゴに基地があったウェラー兄弟の捕鯨会社の船員たちを指す。この会社は、元はイギリスの裕福な地主であったジョセフ・ウェラーが結核療養を兼ねてオーストラリアに兄弟とともに移住し、1831年に創業した。『白鯨』の著者、ハーマン・メルヴィルも一時期在籍していたという。

イギリスから囚人と将校たちを乗せた最初の船がオーストラリアに上陸したのは1787年だから、1831年というのは、それから40年以上経っており、大分入植は進んでいる。一方、その頃のニュージーランドはまだイギリス主権下でなく、先住民マオリ人の土地だった。ウェラーの会社は地元のマオリ人たちとたびたび衝突し、基地を破壊されたこともある。その報復にウェラーたちはマオリ人を攫い、人質にしたという。(衝突ばかりではなく、結婚を含めた協力関係作りも行われた。)

ウェラー兄弟が操業していた1830年代はニュージーランド近海での捕鯨が最盛期だった(大西洋は長年に渡る乱獲によってすでにクジラの数が激減していた)。灯火用燃料、工業用潤滑油、石鹸、食品製造など、鯨油は欧米諸国で重宝され、骨はコルセットや傘の骨などに使われた。

歌詞にある「砂糖と紅茶とラム酒」なんて聞くと、「ああ、大の男がおやつを載せた船がやって来るのが待ちきれないんだなぁ」と微笑ましく感じてしまいそうだが、実際はそんな甘いものではなく、これが乗組員たちの給料だったという。
1806年以前はオーストラリアでは通貨が普及しておらずラム酒で決済できたというぐらいだから、1830年代でもラム酒はそれなりに贅沢品だっただろうが、3K(キツい・汚い・危険)の仕事に見合う報酬とはとても思えない。鯨油取引で儲けていたのは結局は資本家だけで、末端労働者は搾取されていたのだろう。

それにしても、砂糖・紅茶・ラム酒、すべて植民地の生産物だ。
植民地主義にしても、捕鯨にしても、イギリスは、自分たちはさんざんうまい汁を吸っておきながら、自国の用が済むと「あなた、そんな野蛮なことはやめなさいよ」と他国に文句をつける。
イギリスが他国に先駆け産業革命を成し得たのも、奴隷貿易や奴隷制プランテーションで得た莫大な富があってのことだと言われている。奴隷貿易なんてホロコーストに負けず劣らず残酷ではないか。それなのに、後ろ暗い過去はすっかり忘れたフリで済ました顔をしていられるのは、きっと勝者だからなのだろう。

…おっと、悪口は控えなければ。何せ日頃からイギリスとイギリス人にお世話になっている身なのだから。


捕鯨の話に戻ろう。

1840年代以降、ニュージーランド沿岸のセミクジラは激減し、欧米の捕鯨(大部分は米国船)は太平洋遠洋でのマッコウクジラ漁が中心になっていく。彼らは、鯨油を取ると肉は海に捨てるという商業捕鯨を大規模に行った。
日本近海にも1820年代以降、アメリカの捕鯨船が訪れるようになる。彼らは捕鯨基地として日本の開国を切に願った。そして、それが1853年のペリー来航につながっていく。日本の開国をそんな流れの中に見出すこともできるのだ。

19世紀後半には太平洋のクジラも枯渇し始め、また石油の登場もあり、アメリカの捕鯨は下火になっていく。歴史にifはないと言うが、石油の登場がもう少し早ければ、日本の開国はもっと遅く、違った形になっていたのだろうか。

古い歌を通して歴史を辿るのもなかなか面白い。


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[おまけ]

・セミクジラが「right whale(ちょうど良い鯨)」という名になったのは、沿岸近くに生息しており、動きが遅く、また死体が水に浮くために牽引して港に持ち帰ることができ、漁師にとって都合が良い鯨だったからという説が有力。

・「tonguing」は、陸地に持ち帰った鯨の死骸を解体して脂肪を取り出し、油を取る作業のこと。 


[参考サイト]

・探検コム「鯨油の歴史」(https://tanken.com/hogei.html

・"The harsh history behind the internet's favorite sea shanty" (https://mashable.com/article/wellerman-sea-shanty-history/?europe=true)

・"The viral ‘Wellerman’ sea shanty is also a window into the remarkable cross-cultural whaling history of Aotearoa New Zealand" (https://theconversation.com/the-viral-wellerman-sea-shanty-is-also-a-window-into-the-remarkable-cross-cultural-whaling-history-of-aotearoa-new-zealand-153634)


* 記述に間違い等がありましたら、どうぞ遠慮なくご指摘ください。



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