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キプロスのお土産

月曜の夜、陸軍の海外演習から帰ってきた元夫がお土産を持って訪ねてくれました。彼は予備役(国防義勇軍 / The Army Reserve)なので普段は普通の仕事、月一ぐらいで主に週末に地元の駐屯地で軍隊の訓練、一年に一度ほど海外の基地で2週間ほどの演習という感じのスケジュールです。ちなみに、私と元夫とは友人のような関係です。娘にとっても良い父親でいてくれています。

さて、今回の訓練は地中海の東のどん詰まり、地図上でトルコの真下、レバノンとシリアの左に位置するキプロス島で2週間でした。この島には英国軍の基地が2か所あり、それぞれイギリスの海外領土となっているんです。そう言えば、彼が10年前にアフガニスタンに派遣されて帰ってきたときも、キプロス経由でした。「ディコンプレッション」という、戦地から本国帰還の間にワンクッションを置くプロセスがあって、そのための施設がキプロスの基地内にあったのです。ダイビングの減圧停止みたいなものですね。兵士をいきなりイギリスでの日常生活に戻すのではなく、リラックスできる中間地点で数日かけて戦地の緊張を解かせて、その間に精神状態を観察するというものでした。
元夫は兵站部隊で郵便の仕分けなどを担当していたので、戦闘によるPTSDの心配もほとんどなく、キプロスではビーチ・ホリデーを楽しんだようでした。


そうそう、お土産の話でした。お土産はターキッシュ・ディライト(Turkish delight)… なんて言ったらキプロスに叱られる! 箱にはしっかりと「キプロス・ディライト」と書いてあります。

ターキッシュ・ディライトとして広く世界に知られるこのお菓子はトルコの伝統的なお茶請けで、トルコ語でロクムと言います。が、ギリシャやキプロスでも定番のコーヒーのお供なんだそうです。ギリシャ語ではルクミ。

日本のお供え用のお茶菓子にある寒天ゼリーのような見た目をしていて、様々なフルーツやナッツが用いられるようですが、私が一口食べたものはデーツ(なつめやし)の味が強く、ねっとりもっちりした食感と相まって、干し柿や干し芋、フルーツ餡と似た印象を持ちました(和菓子では「柚餅子(ゆべし)」が一番近いそう)。濃厚な甘さですが、どこか懐かしさを感じさせる味です。この辺りのお菓子らしく、ほんのり薔薇やベルガモットの風味が感じられるのがエキゾチック。

カコペトリアという町の製品とあります
外側は粉砂糖で真っ白
切ると断面がカラフルでかわいらしいです

ちなみに、ターキッシュ・ディライト、イギリスでは普通にスーパーで買える一般的なお菓子です。私は読んだことがありませんが、C.S.ルイスのファンタジー小説『ナルニア国物語』にも登場し、なかなか重要な役割を果たしているんだそうです。


…ところで、

「なぜ、ターキッシュ・ディライトと呼んだらキプロス人が怒るのか?」

という話ですが…。

実は、キプロスとトルコは近いだけあって因縁浅からぬ関係なんです。

では、ここでキプロスの近世・近代のものすごくおおさっぱな年表をご覧ください。

1571年~1878年 オスマントルコ支配。はるか昔からギリシャ系が大半だったところへトルコ人が移民してくる
1878年 イギリスに併合
1960年 イギリスから独立
1974年 ギリシャ併合を求める強硬派によるクーデター&それを受けてトルコ軍が軍事介入

この1974年のトルコの軍事侵攻以来、それまでは全島に散らばって混ざり合って暮らしていたギリシャ系住民とトルコ系住民が南部と北部に別れて住むようになり、ギリシャ系が大半を占める南部はそのままキプロス共和国、トルコ系が大部分である北部がそこから分離して北キプロス(北キプロス・トルコ共和国)と名乗るに至り、分断国家になってしまいました。ただし、EUメンバーであるキプロス共和国と違い、北キプロスはトルコ以外の国から国家として認められておらず、経済的な苦境にあるということです。


…と、そういうわけで、「トルコのお菓子」だなんて言ったら怒られそうだと思ったのです。実際に怒るかどうかは知りません。

それはそうと、イギリス、「もう植民地はみんな手放したよ!帝国主義は過去のことだよ!」みたいな顔をしていますが、戦略的に重要な拠点はしっかり維持していて、さすがと感心するべきか汚いと非難するべきか...。
広大な土地が他国の軍事基地に使われているとあって、このキプロスでも沖縄のような返還要求運動があるようです。

今回、今までに読んだトルコ関連の本から得た知識が日常の出来事とつながったようで、少し嬉しく思いました。実生活と結びつけて考えられるところが大人の歴史学習の醍醐味かもしれませんね。

ところで、またまた脱線しますが、今、読んでいるトルコの政治の本、なかなか興味深くて勉強になります。
トルコが親日国とは耳にしたことはありましたが、なぜかということを深く考えたことがありませんでした。日露戦争でトルコの因縁のライバル、ロシアを負かしたから、という説明はよく聞きます。それより以前に日本近海で遭難したトルコの軍艦を助けてあげたから、というのも。ただ、それだけではないようです。

エルドアンって、こんな綴りなんですね~

この本、「Erdogan's Empire: Turkey and the Politics of the Middle East (by Soner Cagaptay / 2019年)」で、トルコ系アメリカ人である著者は、日本とトルコには複数の類似点があると述べています。

・ソフトパワーに重点を置いた外交
・経済大国だが、隣国と仲が悪いので地域のリーダーになりきれない
・自国防衛(トルコは対ロシア/日本は対中国・北朝鮮)にアメリカの後ろ盾を当てにしている

そして、たぶんこれも。

・両国とも国連の常任理事国ではない

エルドアン大統領の決め台詞は「The World is Greater Than Five(常任理事国5か国だけが世界ではない)」というものらしいので。
他にも、日本がG7の中で唯一の非キリスト教国家であることも、トルコを親日にさせている理由の一つかもしれませんね。


さて、いろいろ脱線しましたが、最後にキプロスのミニ知識をシェアして終わりたいと思います。

キプロスは英語では、「Cyprus(発音:サイプラス)」
キプロス人は「Cypriot(発音:シプリオット)」

南北キプロスの境界線上に位置する街ニコシア(Nicosia)が両国の首都です。真っ二つに分断された首都というのは、世界で唯一なのだそうです。ドイツ統一前はベルリンもそうでしたね。


今回は以上です。お読みくださり、ありがとうございました。

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