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正月新聞広告のマニアックな世界へようこそ

明けましておめでとうございます。
お正月の楽しみといえば、初日の出、おせち、お年玉、初詣と色々ありますが、元旦に届く分厚い新聞も正月らしい風物詩です。
お正月のテレビ番組表、著名人のインタビュー、占いなどなど。ヒマを持てあました正月のゆっくりした時間のなかで、コンテンツてんこ盛りのページをめくっていくのも良い物です。
そうした正月の紙面をさらに賑やかに盛り上げているのが、様々な出版社の正月広告。
新聞社は1面をはじめとする前ページの広告枠を書籍や雑誌の広告に優先的に割り振っています。出版社にとっても、活字大好きな新聞読者の目に触れる新聞広告は大事な訴求手段です。ましてや、それが正月広告となれば尚更。日頃からコンテンツを作り慣れている出版社が工夫を凝らして年に一度の晴れ舞台を飾るのです。

こんな面白い世界を知らないでお正月を過ごすのは、もったいない。
多くの出版社が工夫を凝らした正月書籍広告がさらに楽しめるような、マニアックな世界にご案内。
お正月をさらに楽しく過ごすための3つのポイントをご紹介します。

(私は業務として新聞広告を手がけたことはなく、あくまでマニア、ファン、好事家として、こう見えると記したものです。プロの方からすると、用語、解説に違いがあるかも知れません。また、あくまで個人の見解であり、所属団体組織の意見を代表しません)

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クリエイティブそのものを楽しむ

本が読みたくなるブランド広告

広告にはブランド訴求を種とした企業広告を、商品の販売促進を意図した商品広告がありますが、よりお正月らしいのは本を読むことの楽しさを訴求する企業広告。お正月しか出来ない遊びを満喫しましょう。

こうした広告が上手な企業のひとつが、出版会の雄、講談社。
左は、2016年元日の紙面。2015年ラグビーワルドカップで活躍した五郎丸歩選手を、スポーツ選手としての知名度は分かったうえで、あえて伝統的な正装をまとわせたギャプの衝撃。それでありながら、背景の軸の文字の柔らかさ。型にとらわれないクリエイティブと、「新しい本を読もう」のコピーがしっくりと噛み合っています。
右は2019年元日の広告。
「車でも、船でもない。飛行機でも、ロケットでもない。いちばん遠くまで行ける乗りものはきっと、想像力だと思う」
こうした文章とともに、講談社の「本と遊ぼう 全国おはなし隊」がメセナアワード2018メセナ大賞を受賞したことを紹介。講談社のキャラバンカーは5月の上野の森ブックフェスタなどで見かけることがありますが、企業の姿勢として立派だなあと思っていました。こうした地道な活動があるからこそ、キャッチコピーにも一層の説得力がありますね。

本の可能性を伝えるという意味では、2021年の岩波書店の岩波書店も素敵でした。この年は、『宮崎駿とジブリ美術館』刊行にあわせたクリエイティブでしたが、2016年には夏目漱石の写真を大きく使って「漱石は百年後の未来に何を見ていたか」と書いています。漱石からジブリまで、さすが1913年創業の老舗らしい幅の広さです。
右は2021年の集英社。non-no創刊50周年。全15段をしっとり美しい一枚の写真で勝負。女性誌の繊細な感性、時代の新しさと「進年」というワーディングが響き合っています。



本の可能性を伝えるという意味では、2023年の光文社の広告も素敵でした。

2023年新潮社の「いつだって、出会ったときが最新刊」もいいですね。

2019年の中央公論新社の広告は、小説に真っ向から取り組むという意気込みが伝わってきてインパクト大でした。そして、忙しい人気作家の方々のスケジュールを調整して集合写真を撮影する手腕にも驚きました。

キャラクターを持っている会社は強いよ

出版社は様々なコンテンツを持っていますが、なかでも自社独自のキャラクターがいる会社は、お正月の広告もインパクトがありますね。
左は2019年の小学館。右は同年のポプラ社。これはもう、解説不要でしょう。

時代の雰囲気を味わう

広告には、その時代の雰囲気が現われます。今はどんな時代なんだろう、今年はどんな年になるんだろう、そんなことを思いつつ眺めてみると、さらに味わい深く楽しむことが出来ます。
次の写真は、2021年元日の朝日新聞、2面3面の見開きです。
2020年に一気に広がったコロナ禍を振り返る記事の下に、新潮社と文藝春秋が並んで広告を出しています。
新潮社は、巣ごもりで人とのつながりがデジタル頼りになってく世相を背景に『スマホ脳』(新潮新書)の話題で広告を制作。「多くの人とつながっているはずなのに、かえって孤立を感じたり、自信を失っている」と紹介。本の内容と不安な時代性がマッチして、この年の年間ベストセラー2位となりました。
文藝春秋は、1918年から世界的に大流行したスペイン風邪に怯える状況を創業者菊池寛が描いた内容が現代とそっくりなことから、『マスク』(文春文庫)を紹介。こちらも本が話題になりました。菊池寛がマスクをした写真を、よくぞ見つけてきたものですね。
時代と切り結ぶ両社の特質がよく現われているクリエイティブが並びました。

新元号が発表される2019年(平成31年)にも新潮社、文藝春秋は、隣り合わせでこんな広告を掲載しています。

美智子上皇后のご成婚は1959年で当然ながら平成の写真ではないのですが、戦後から続く大きな意味での「昭和の終り」を感じていた人々の心証とマッチした秀逸なクリエイティブになっていると思います。

違った角度から、時代の変化を感じることもあります。

2020年の光文社の広告には、デジタル化の流れのなかで雑誌の魅力とはなにか、出版社が自問自答して出したメッセージがあります。
一方で2018年の小学館の広告には、大手出版社が文学のジャンルで電子書籍に積極的に乗り出していこうとしている様子が現われています。時代の端境期に交錯する各社の思惑が見て取れて味わい深いです。

2022年にアシェット婦人画報社が出した日本経済新聞と朝日新聞の広告はEC事業「婦人画報のお取り寄せ」訴求で、出版社が雑誌書籍以外のビジネスにも力を入れている様子の一端が伺えます。アシェット婦人画報社はこれ以外にも、日本経済新聞側の主催ですが2018年と2019年の日本経済新聞紙面に「25ans(ヴァンサンカン)」とコラボしたセミナー「丸の内キャリア塾」の広告が掲載されていますね。

周年記念広告を楽しむ

大正時代(1912年~1926年)は100年前に起きたIT革命のようなものでした。雑誌の創刊ブームや、円本ブームが起き、この頃に誕生して100周年を迎えた出版社がいくつもあります。こうした創業や創刊の記念広告は当然ながら力が入るので、見応えのある紙面を楽しむことが出来ます。

2015年
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2016年
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2016年
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読みたい本と出会う

もちろん、様々な出版社が、その時イチオシの書籍を訴求してくるパターンもあります。なかでも、ここ10年の書籍の正月新聞広告を語る上で重要なのは、2017年元日に掲載された小学館の広告です。

2016年8月に発売された『九十歳。何がめでたい』(佐藤愛子)は、この広告掲載移行、さらに売行きの勢いを増して、2017年の年間ベストセラーランキング1位まで登り詰めました。シニアの読者層が多い新聞で1ページ(全15段)を使ったインパクトのある広告、じっくり新聞を読む時間があるお正月の掲載面。正月の新聞広告がいかに力があるか、をよく示す事例となりました。

ベストセラーといえば宝島社が2016年に掲出した広告の写真は、2018年9月に樹木希林さんが亡くなったあと、2019年1月刊の『樹木希林 120の遺言 ~死ぬときぐらい好きにさせてよ』でカバー写真として採用されました。正月新聞広告が話題になったことの擦り込みもあったのか、同書は2019年の年間ベストセラーランキング3位(樹木希林さん関連本では2位)となりました。


2018年の光文社の『アルスラーン戦記』完結。31年も続いたシリーズですから途中で離脱した読者もいて、潜在的な認知は広がっているはず。コミックで読んでいて、「原作小説あったのか」と気になった方もいることでしょう。

長編シリーズといえば、時代小説の人気作家、佐伯泰英さんは正月広告でも頻出です。なかでも、2020年1月4日読売新聞の文春文庫の広告は、他の文庫とあわせた見開き横断の広告掲載で目立っていました。

2017年1月5日の河出書房新社の広告もインパクトがありました。『サピエンス全史(上下)』は、2016年9月に発売されてベストセラーとなりました。

複数の新聞を見くらべて楽しむ

ここまで読んで、「正月の新聞広告って面白いなあ」と思った方がいらしたら、すぐにコンビニに行ってあらゆる種類の新聞を買い集めてください。

1社複数クリエイティブを見くらべて楽しむ

出版社のなかには、複数種類の広告原稿を作って、新聞によって出し分けている会社があります。見くらべると、とっても楽しいのですが、そのためには自宅に届く1紙、2紙だけを眺めていても分かりません。見逃してしまうには、勿体ない面白さです。
そのなかでも傑作と言えるのが、2020年の集英社の広告。左上から時計回りに、日本経済新聞、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞です。

「かわることを、おもしろがろう」。キャッチコピーのメッセージもいいですが、当時話題となっていた、アンビグラム(逆さにしても読める文字)をいち早く取り入れた広告センスはお見事というほかありません。
この年の元日、日本中で何人の人が新聞を手に持ってひっくり返して眺めたことだろうと想像すると楽しくなります。紙という媒体特性にぴったりですね。
ではここで、記事をPCでご覧になっている(ディスプレイをひっくり返せない)方のためにそれぞれの広告をひっくり返してみましょう。
エイッ!

2022年には講談社がカラーでド派手な展開を見せてくれました。

実は先に挙げた2016年の講談社の広告も、新聞によって原稿の出し分けを行っていました。

朝日新聞、読売新聞、毎日新聞(1月日)

小学館も2020年に魅せてくれました。

日本経済新聞(1月4日)、朝日新聞、読売新聞(1月1日)

こうした広告を企画する意図は、ひとつには大きな出版社だと事業領域が大きすぎて、単一の広告クリエイティブだけでは詳しく伝え切れない、という場合もあるでしょう。ただそれよりも、大手出版社としての矜持を感じます。
年に一度、大手出版社が披露してくれる旦那芸として、今後もぜひ続けてほしいものだと思います。

普段は知らない本の情報に触れる

せっかく新聞を読み比べるのであれば、スポーツ新聞にも手を伸してみるのも良いかも知れません。新聞によっては書籍関連の広告が掲載されていないケースもあるのですが、私のおすすめは、東京中日スポーツです。
東京中日新聞は、元旦から東京新聞出版の広告がこれでもか、というほど掲載されています。日本経済新聞であれば日本経済新聞出版社、朝日新聞であれば朝日新聞出版社といった系列の出版社を持っていますが、スペースが混み合う元旦の紙面に掲載されることは少なく、3日以降の紙面から掲載が増えて来ます。しかし、東京新聞出版の場合は、東京新聞ではなく東京中日スポーツのあちこちに、2段程度の広告があれこれ出て来ます。たとえば、こんな感じです。

時間の流れを意識して楽しむ

元旦、3日、4日、5日の違い

一口に正月と言っても、元旦、3日と、4日では様子が違ってきます。曜日によっても変わりますが、おおよそ次のような流れです。

元旦は1年のなかでも最も華やかな舞台。老舗出版社が定位置を確保しています。特に、毎年の朝日新聞に並ぶ岩波書店、大修館書店(かつては三省堂も)は、変わらぬお正月らしさを感じます。

朝日新聞(2023年)

かつては、1日のコンビニ集客を狙ったセブンイレブン限定雑誌の広告が盛り上がった時期もありました。昨今、大手取次日販のコンビニ配送撤退が話題になっている状況と比べると隔世の感がありますね。

読売新聞(2015年)


2日は休刊日。
3日は数は減りますが、スペースの確保や予算の都合で1日を避けていた出版社も乗り込んで来ます。1日は少なかった日本経済新聞出版社や朝日新聞出版といった新聞社の系列出版社の広告も増えて来ます。
4日になると物流網も動き出し、毎月定期刊行されている文庫や、雑誌の広告が増えて来ます。世の中的にも仕事始めの会社も多く、一気に日常が帰ってきます。
5日になるとかなり融通が利くようになり、年によっては宝島社の2頁見開き広告が話題をあつめたりします。

年ごとの変化を楽しむ

新聞社の書籍広告は長い歴史のなかで様々な先例があり、定位置が確保されています。例えば、朝日新聞の元旦、2面3面の見開き広告は右が新潮社、左が文藝春秋です。この一等地は両出版社が手放さない限り、他社が入ることはないでしょう。
とはいえ、年ごとの入れ替りも発生していて、毎年の変化をちくちくチェックすることもマニアとしての楽しみのひとつです。

朝日新聞の広告割付はどう変化してきたか

以下の表は、字が小さくて見づらいかも知れませんが、2015年~2023年までの9年間に、朝日新聞のどの面にどんな広告を掲載されたかを一覧として整理したものです。1マスが1ページ。特に断りが無い場合は、全5段広告。マスが2つに分けてあるページは半5段広告
朝日新聞を購読の方は、この表の右に10年目を追加するイメージでページをめくると、さらに面白い発見があるかも知れません。

細かいことをいえば切りが無いのですが、私が面白かったポイントを少し書いておきます。
まずは、朝日新聞の元日紙面は第1部が40ページと決まっていたのに、2023年に36ページと4ページ(新聞紙1枚分)減ったことは地味に衝撃でした(2024年に38ページに)。
かつて1日の2面から7面までは、新潮社、文藝春秋、三省堂、岩波書店、講談社、大修館書店の並びが鉄壁でした。紙の辞書が電子辞書に押されて大変というなかで、それでも正月広告だけは辞書版元の三省堂、岩波書店、大修館書店が顔を揃えるのは、知的な読者層が多い朝日新聞のお正月らしいなと麗しく感じていたのですが、2021年を最後に三省堂が撤退(代わりに毎日新聞に掲載)。2022年からは、それまで8面、9面を定位置にしていた光文社が7面に繰り上がっています。
3日の2面、3面は、こうして長いスパンで見ると、その時々の勢いのある出版社が座を占めているように思います。それぞれの年の広告でどんな書籍が紹介されているかを見くらべると、より楽しめます。
4日以降については、表のあとに記しておきましょう。

(1月8日に2024年を追加して更新しました)

4日、5日は雑誌の広告が増えて来ます。2015年、講談社の「週刊現代」は全5段広告を打ちますが、ライバル誌である小学館の「週刊ポスト」は全7段という、大きめの広告を打って差を見せつけました。すると対抗心を燃やしたのか、翌2016年の「週刊現代」広告も全7段に。その流れが2018年まで3年間続くのですが、2019年には「週刊現代」は広告掲載がありませんでした(他紙も)。2020年になると、まるで緊張関係が解けたかのように両誌とも全5段に。そこから3年間、2022年まで同じ流れが続いていたのですが、2023年にはまた「週刊現代」の広告がありませんでした。さて、今年がどうなるのか、気になるところです。
4日は文春文庫、5日は幻冬舎が安定した定位置を確保しています。

読売新聞の広告割付はどう変化してきたか

1日の紙面は新潮社が入らないため2面は文藝春秋。3日の文藝春秋(文春文庫)がほぼ安定して定位置を確保しており、読売新聞のみカラーや見開き展開をすることがあります。
ちなみに、新潮社は直近10年間で元旦から5日までに読売新聞に広告を出したことは2017年の「週刊新潮」1回のみです。
3日の紙面は幻冬舎が安定して3面を確保していましたが、2022年までとなっています。
聖教新聞は、朝日、毎日では別刷に位置を確保していますが、読売新聞に限っては2021年から7面あたりに位置を得ています。
読売新聞は朝日より早く元旦第1部の紙面を減らしており、従来40ページだったものが2021年には38ページ、2022年には36ページとなりましたが、2024年に40ページに復活しました。このあたりの経緯も興味深いです。
系列の中央公論新社の広告が何を入れてくるのかは毎年の楽しみです。従来はおおよそ10ページより後ろの位置でしたが、2022年から4面に定着しています。

毎日新聞の広告割付はどう変化してきたか

新潮社が一貫して2面を確保しています。
西村書店が12~14面でおおよそ安定しています。国書刊行会も、ほぼ毎年。自由国民社もよく見かけます。
別刷の大河にあわせたNHK出版の広告は2018年で一旦途絶えたのですが、2022年から復活しました。

日本経済新聞の広告割付はどう変化してきたか

日本経済新聞は入れ替りが多くて把握がなかなか大変なのですが、元日2面だけは文藝春秋社が少なくとも2015年以降、安定して確保しています。
集英社も、4面に全15段広告を入れ続けています。
小学館は全15段を1日の朝日、読売には入れても毎日新聞に入れていませんが、日本経済新聞には遅れても4日に入れています。これは、職場で読む人は仕事始めの4日からだろうという読みがあるのかも知れません。
3日の3面も2019年以降は明日香出版社で安定しています。
こういうお正月らしい定位置の広告は出来るだけ続いてほしいものです。
例年、3日または4日には、2面と3面といった見開きページの左右に東洋経済新報社とダイヤモンド社が全5スペースを確保して向かい合うという経済新聞らしい構図が見られて趣があったのですが、2023年には両社ともスペースを半5に縮小したため、2社あわせて仲良く1ページに収るようになってしまいました。「週刊ダイヤモンド」がサブスクに力を入れるなどしていることも影響しているのかも知れません(と思ったら2024年に復活しました)。
「現代用語の基礎知識」で知られる自由国民社も正月広告の常連ですが、昨年の日経紙面ではお見かけしなかったようです。

日本経済新聞出版社や日経BPの広告は混み合う1日、3日はあまり入らず、4日から本格展開というのが大筋の流れですが、2017年と2021年は通例とちがう動きをしていますね。

さらに興味がわいた人へ

年ごとの振り返り記事を作成しましたので、ご覧ください。
スクロールしてざっと広告を眺めるだけでも楽しいと思います。
年ごとに熱意関心や家族行事の都合が違っているので、あくまでメモ書きの蔵出し的になりますが、よかったら。

2015年
2016年
2017年
2018年
2019年
2020年
2021年
2022年
2023年
2024年

長文記事への最後までのおつきあい、ありがとうございました。






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