状況は最悪でも、状態は最高な私で
今が過去に変わる瞬間は、寂しさよりも期待や希望が心を包んでくれるように彼と手を繋いでいたい。今日が明日に変わるその瞬間に明確に立ち会えるとしたら、彼と鼻歌を歌いながら笑い合っていたい。
水出しコーヒーの雫がゆっくり下へと落ちていく様子を見ながら彼は「砂時計みたいで好き」だと言った。砂時計の過去現在未来、彼はそのどれか一点だけを見るのではなく、全体を包みこむように見ている気がした。
彼は、雫が好きなのだと思う。とても愛おしそうに尊ぶように私の涙を指先で拭うし、傘の端から落ちそうな雨の雫を見ている瞳は限りなく優しい。氷がコロンと弾ける音よりも、氷の動きによって変わるグラスの中の水の渦や外側を伝う雫眺めている。
私は彼が美しいと感じているものを見ている目を見ているのが好きだ。彼が美しいと感じるものは時折私にとっては悲しいものだし、けれどその反対に、私が美しいと感じるものは時折彼にとっては悲しいものだ。
だから知りたくなる。あなたの目を通してあなたの心はどう動くのだろうと、興味がわく。
美しいものを見るとき、彼の目はどこまでも真っ直ぐに澄んでいて濁りも偽りもない。その目に見つめられたら、どんな極悪人だって嘘はつけないのではないかとさえ思う。
だから透かさず私は「好きだよ」と声に出す。私の声が真っ直ぐに彼の耳に届き、彼の視線が私に移り目が合ったときの心臓が跳ねて子宮まで動かされるような、体を一直線に貫く感覚がたまらなく好きだ。
私はこの人にほんとうに惹かれている、
改めてそう何度も自覚させられる。
彼は口角をあげて柔らかく笑うか、稀にはにかむように歯を出して無邪気に笑う。優しく私の身体を抱きしめて肩にストンと頭を置かれると、彼の頭の重さで「ここにいてほしい」だとか「どこにもいかないでね」と言われているように感じる。それは私に対する全面的な肯定であり、唯一垣間見える彼の私に対する些細な執着。
彼の頭をぽんぽんとするとくすぐったそうに笑う声が聞こえて、数分前に一直線に貫いたその線がじわじわと温かくなっていくのが分かる。
私の身体は恋と愛のどちらも知っている。
自分の不甲斐なさに涙が出る。
そんな夜には手を伸ばせば触れられる距離にあなたが居てほしい。
体も心も疲弊しているとき、自分の悲痛な叫びを聞き逃さず立ち止まって耳を澄ませてあげられる私でいたい。大丈夫だよと誰かに言われよりも前に、少し休もうかと自分に手を差し出せる私でありたい。
大切な人が苦しくて泣いている時、何も惜しまずにただ駆けつけるその衝動を愛と呼べること、そしてそれが幸せなことだと自覚していたい。いろんなものを失っていろんなものを得てきた。
失ったもののなかには自ら手を離したものだってある。それが正解だったか間違いだったかはわからないけれど、後悔して気に病むことはしていない。
心が動かされるということの素晴らしさを忘れずにいたい。出会いも別れも自分に何か大切なものをもたらすものだということを噛み締めて、失うことを受け入れて得ていくものを両手で守り抜きたい。
今日から明日へ
過去から今へ
今から未来へ
葛藤しながらでも、どうにか納得できる道を探して生きていく。他の誰でもない私は私の人生を生きていたい。できればずっとあなたと。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?