見出し画像

思い返せば彼はいつだってそうだったな

永遠に近い一瞬のこと。そんな最近の幸せな日々の記録。

そういう夜と恋人、そして半額のお刺身


連休中に彼とおうちで「今日はたくさん食べてたくさん飲む日」なるものを決行した。私も彼もお酒が強い方なので日頃からよく飲むしよく食べるのだけど、それがさらに「たくさん」になることで、かなりすごいことになる。

結果から言うと、いつも通りビールで乾杯し、日本酒の四合瓶と、ウイスキーを1本、合計2本のボトルを開けさらに酎ハイ2缶を飲み干した。

できあがったきた頃にはお腹も満腹だったはずなのに「なんかお腹空いてこない?」と「甘いもの食べたくない?」などとアホなことを言い出し、部屋着で近くのスーパーへ向かった。



時間が遅めだったのもあって、スーパーのお刺身が半額になっていた「なにこれ破格」と私もテンションが上がってしまい、甘いものよりも先に刺身に心を奪われてしまった。まるで子供。

半額なので買い占めても全然良いくらいだったの価格だったのだけど、「(彼)はきっとサーモンだね?」「(私)はまぐろだね?」というやりとりの後、「最初はグー」と静かにジャンケンポンをして、勝者の買いたいものひとつだけを買って帰った。

勝者は私、つまり私たちの宴に選ばれたのはまぐろだった。一体何が楽しくてそんなに笑っていたんだろうというくらいその日は家で2人ともお腹が千切れるのではないかというくらい笑っていたし、スピーカーで流れる音楽に合わせて歌って踊って部屋はクラブ化し、無事二人とも翌日は筋肉痛だった。(ちなみに防音なので大丈夫&近所トラブルはない程度の騒ぎ方です)

生きていくなかで、たまにこうして理性を自分から意図的に飛ばす夜がなければ、社会に殺されてしまう。適度に箍を外していこうよ、私たちは自分の心を守る義務があるから。


温もりが残る空き家


今住んでいる賃貸の近くに、赤い屋根の空き家がある。私と彼は散歩をする時以外も車やバスで行った方が楽だと思うけどという距離も歩いて移動したりするので、そのおうちの前はよく通る。「ここって、空き家だよね」と私が言い彼は「大きいおうちだよね。けど、空き家だろうね」と答えた。田舎であればあるほど空き家は結構あるし、山奥であればあるほど珍しくもない。空き家を見たのがはじめてではないけれど、その空き家にだけは私も彼もどうしてかなのか、視線を奪われてしまう。

その理由は知っている。

「どんな人たちが住んでいたんだろうね」と私が言うと彼は「きっと家族だよ」と言う。「幸せだったかな」とつぶやくと彼は少し笑って「幸せだったよ」と確信したように言った。「どうして?」と聞いたら

「だって、こんな立派な桜も金木犀もあるんだもん」と、彼は目の前の木々を見つめた後に私を見て「幸せだったって、思いたいじゃん」と、そう言った。

「ベランダも人がいないのに寂しい感じがしないの」と私が言った後で、彼は私が好きなやさしい瞳で「ほんとうにね」と空を仰いだ。

そのおうちの前を通ると、春には桜が満開になり、やがて若葉が鮮やかな緑を見せ、冷たい風に変わる頃、桜の木々の葉は落ち、金木犀の香りが漂う。人の気配がないその家には、不思議なほどに温もりを感じる。

彼にその感覚が伝わったことが嬉しくてその日の散歩中は、そのおうちに住んでいたかもしれない人たちの、想像ばかりを話していた。金木犀と桜があるおうちだもん、きっと、幸せだったよね。私もそう思いたいな。

日帰り温泉でできた友人


実は最近温泉にハマってしまい、よく近くの日帰り温泉に行っている。多くれて週に2回、最低でも週に1回は行っている気がする。近所の旅館に泊まったりするよりも手軽なのもあるけれど、何よりも最近行く日帰り温泉のサウナも温泉の温度も高温で気持ち良い。

デスクワークで蓄積された浮腫みやコリがほぐれていく瞬間は体も心も誰よりも無防備な気がする。

日帰り温泉に行くと、そこで聞く常連のおばあちゃんたちのお話しにこっそり耳を傾けるのも密かな楽しみだった。

最近は「今日は特別寒いね」だとか「久しぶりじゃないかしら」と話しかけられるようになり、歳の離れた友達ができたみたいに会話するのが楽しい。私の素性などなにも知らないからこそ話せることがあって、祖母が早くに亡くなったのでこうして話せて嬉しいと言うと、「おばあちゃんはきっと幸せだったわね」と言われて、「そうだったかな、そうだといいな」とほんのり懐かしい気持ちがした。

先週末に行った日はサウナでさつまいもの一番おいしい食べ方は何かという話をして別れた。全然他人だけれど、長生きしてほしい。素敵な出会いに感謝している。


毛布という名の愛情に巻かれている


リビング

彼は私が寝室以外の場所で寝てしまうと、必ず毛布をかけてくれるのだけど、ふわっとかけてくれるというよりも、顔だけをぽこっと出した状態で巻き付けるように毛布をかける。

そして必ず写真を撮っておさめ、時間が経ったあとLINEで私に写真を送ってきて「顔だけぽこっと出ててかわいい、ほんとうにかわいいな」と言ってくる。「彼女として」「女性として」というより、そのかわいいは多分、動物か赤さんか何か、そういうものをかわいいと思うような愛しさなのだろうなと思う。

どちらにしても寝てしまった人に毛布をかけてあげるという行為には愛が詰まっているような気がする。彼の場合はちょっと変わったかけ方をするけれど、私はそこも好いているし彼がその光景を見て幸せな気持ちになるのであれば、いくらでも寝てやろうと思う(そういうことではない)。

「寒い」とつぶやくと、もこもこの部屋着をもってきて着させたり、毛布を「重いよもういいよ」というほどかけられたり、ホッカイロを温めて渡されたり、温かいドリンクをすっと提供されたりするので、「寒いけど凍えるほどじゃない」と言うようにしてみたけど、毛布を巻きつけられるのはやっぱり変わらない。「貼るホッカイロの方が、なんとなく体は暖まりそうだよね」となんとく言ったら、ある日大量に棚の中に貼るホッカイロが入っていて思わず笑ってしまった。

冬は厳しい寒さが続くけれど、そういうやさしさに触れられるから、やっぱりどんな季節もあなたとなら楽しいよ。

****

きっと素敵で賑やかな日々は、これから先の未来でも私を待っている。そう信じて生きていく。窮屈な場所で膝を抱えている場合ではない、世界はこんなにも広く色鮮やかなのだ。

ひとしきり泣いたあとで、朝日を心地よく感じられる健やかさを取り戻せ。


この記事が参加している募集

眠れない夜に

忘れられない恋物語

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?