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小説「あの丘の上の楽園で会おう」

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この作品は、日本占領期のマラヤにおいて、筆者と対話を重ねた本人やその祖先が体験した内容の証言や歴史的事実をもとに、小説的に構成したものである。登場する作中の主人公とその家族、友人… もっと読む
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小説 「あの丘の上の楽園で会おう」 第一章*ペナンのジャングルを逃げ惑った美しい若き日の母

第一章 「ペナンのジャングルを逃げ惑った美しい若き日の母」 目を覚ますと、まだ日の出前だった。いつものように賑やかな鳥たちの鳴き声が聞こえてくる。もうすぐ日が昇るという知らせだった。 夏子はキッチンで湯を沸かし、熱いコーヒーを淹れた。マグカップを持って、リビングを通り過ぎ、バルコニーのいつもの椅子に腰掛けた。目の前の大木が夏子を静かに見下ろしている。 大都会の真ん中の丘の上に建っているこの古いコンドミニアムには、一年半前に引っ越して来た。都会にも関わらず緑が多いこと、木

小説 「あの丘の上の楽園で会おう」 序章

突然、わたしたちの住む星を襲った感染症のパンデミック。 外に出ることを一切許されずに過ごした数ヶ月。 未来の見えない不安を感じる日々の中で、ここに取り残されたわたしたちは対話を重ねた。 誰にも話すことのなかった、わたしたちの家族の喪失と再生の物語を。 なぜ、わたしたちはこの時代のこの場所で出逢ったのか。 その答えは誰にもわからない。 一つだけわかることは、わたしたちには語るべき物語と知るべき物語がある。 伝えたい、伝えなくてはいけない。 知りたい、知らなくては