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軍事衛星を欲しがるのは北朝鮮だけではない

 北朝鮮が11月21日夜、軍事偵察衛星1号機(万里鏡1号)を発射し、宇宙軌道に乗せることに成功した。北西部の平安北道東倉里(トンチャンリ)から打ち上げた衛星運搬ロケット「千里馬1」を利用したものだ。報道はいっせいに北朝鮮を批判しているが、冷静にみるなら、軍事衛星を打ち上げた彼らの行動は、世界の流れをしっかり見てのものだ。

 ●カメラ性能も向上か


 金正恩(キム・ジョンウン)総書記は、軍事衛星打ち上げを喜び、「これで万里を見下ろす『目』と、万里をたたく『拳』の両方を我々は手中に収めた」と発言した。万里をたたく拳とは、弾道ミサイルを意味する。金総書記は、米軍からの奇襲攻撃(斬首作戦などとも言う)を恐れ、秘密里に行動することが多いだけに、うれしかったに違いない。


●ロシアの技術導入か

 軍事偵察衛星の核心は、搭載しているカメラの性能だ。映像がぼんやりしていては価値がない。米軍の軍事偵察衛星は、15センチ程度の物体は認識できる性能を持っているとされ、地球上の出来事を、自分の手のひらを見るように容易に、かつ詳細に把握できる。

 北朝鮮は、今年に入って今年5月31日、8月24日の2回、発射に失敗している。恥を忍んで失敗を公式に認めた。逆に言えば、絶対に成功させるという意志の現れでもある。

韓国軍が、海底から引き揚げた軍事偵察衛星の落下物を分析したところ、カメラの解像度は3m級という初歩的なものに過ぎなかったという。打ち上げに成功した今回は、ロシアの技術・部品支援などを受けて、改善されたのは間違いなさそうだ。
 

●軍事施設の撮影に成功と主張

 そんな見方を裏付けるように、北朝鮮のメディアは、「韓国南部の釜山の軍港を撮影した」「この軍港に停泊している米海軍の原子力空母カール・ビンソンも捉えた」と矢継ぎ早に発表している。

 北朝鮮が撮影したと主張する場所をリストアップするとこうなる。

沖縄県の米軍嘉手納基地
ハワイやグアムの米軍基地
米ワシントンのホワイトハウス
ペンタゴン(米国防総省)
ソウルなど韓国各地
イタリア・ローマ
エジプトのスエズ運河
ノーフォーク海軍基地の米空母

 この文章を書いている時点では、肝心の写真が公開されていないので、解像度は分からないが、撮影は相当な範囲になる。やはり宇宙からの目の威力だろう。

●南北関係が緊張


 韓国政府は、北朝鮮の打ち上げ成功を受けて、文在寅(ムン・ジェイン)政権時代の2018年に北朝鮮と結んだ9・19軍事合意の一部停止を表明した。

 この合意は、南北間の敵対行為中止や軍事境界線(DMZ)の「平和地帯」への転換など6つの項目で構成されている。中でもDMZ上空に飛行禁止区域を設定しており、地域の安定に寄与すると期待された。

 しかし北朝鮮は、「軍事合意締結からこれまで、3600回も軍事合意違反を繰り返してきた」(韓国紙・朝鮮日報)と指摘されている。

 それにも関わらず、北朝鮮は韓国側の決定に反発し、軍事合意の全面的に中止を宣言、地上、海上、空中で軍事的措置を再開すると明言した。

 双方は、DMZ軍事境界線(DMZ)周辺での偵察活動を増やし、武器の集結を進めて緊張が高まっており、今後の展開が心配になる。春や夏には、米韓の軍事演習が控えており、北朝鮮も以前いもまして反発するだろう。

 韓国との対立を覚悟し、短期間に発射を繰り返してまで手に入れた軍事衛星には、どんな価値があるのだろう。

●宇宙は軍事情報の中心地


 宇宙空間は、軍事情報の中心地になって。宇宙には国境の概念がなく、衛星を打ち上げた国が、地球上のあらゆる地域から多くの軍事情報を得られる。

 軍事衛星と呼ばれるものは、実は1種類だけではない。地上の動向に関する情報を集める「偵察衛星」に加え、ミサイル誘導に不可欠な「測位衛星」、弾道ミサイルの発射を探知する「早期警戒衛星」もあり、実際に運用されている。

 例えば偵察衛星は、核施設やミサイル発射基地など軍事施設を偵察するために、約500~600キロの低軌道上空から物体を撮影して、データを送信する。

●ウクライナ戦争でも活用


 1年以上続いているロシア・ウクライナ戦争でも、双方が民間企業の衛星からの情報を含めて活用している。30センチ規模の物体や相手軍のわずかな動きも把握できるという。
 グーグルに地上の情報を送信している民間GPS衛星は、ウクナイラ侵攻のためウクライナ国境に集まっているロシア軍を補足していた。

 米国、ロシア、中国、欧州連合(EU)も軍事偵察衛星を多数運用している。ソウル経済新聞によれば、米国は世界最強の偵察能力を保有しており、2026年までに超小型衛星(100キロ以下)1000機を低軌道に浮かせ、中国やロシアが保有する極超音速ミサイルの監視を図る計画という。中国は最近5年間で、1トン級20基、3トン級67基の地球観測衛星の運用を始めた。


毎日新聞 宇宙新時代 より
日本経済新聞より

●軍事目的に傾く日本の宇宙開発

 日本は宇宙の平和利用を進めてきたが、1998年に北朝鮮が日本列島を飛び越す形で「人工衛星」を打ち上げた。もちろん弾道ミサイル技術が使われており、日本の宇宙開発に決定的な影響を与えた。

 2003年3月に、第1世代である低軌道の情報収集衛星を打ち上げている。現在は7基(9基との報道もあり)を運用している。1日20回ほど朝鮮半島を巡回して、情報を収集している。
 日本には、内閣衛星情報センターという部署がある。国家の安全保障に重要ということで、詳細は公開されていない。

 「日本人のための安全保障入門」(日本経済新聞)には以下の記述がある。

内閣衛星情報センターが良い前例となるでしょう。東京都新宿区に中央センター、茨城県行方市に副センター、他に北海道と九州に管制局があり、センターでは優秀な民間のエンジニアと自衛官が6機の偵察衛星を操作して、画像情報の収集と解析・調査を行っています。組織としては内閣情報調査室の下に位置しており、ここで働く自衛官は内閣官房の職員を兼務しています。

日本の宇宙開発は情報収集に偏っている、経費がかかりすぎとの批判もある。



 北朝鮮と接する韓国は、軍事関連の情報を同盟国の米国に依存していた。米国の空軍基地から初の国産軍事偵察衛星を打ち上げ、北朝鮮に対する監視を強化している。

 軍事衛星の数が増えるに従い、一部の国は、他国の衛星を攻撃するミサイルや、電磁波で偵察の妨害を行うジャミング兵器などの対衛星兵器の開発を進めている。

 北朝鮮の軍事衛星発射は、弾道ミサイル技術を使っており、国連安全保障理事会の決議違反に当たる。北朝鮮は批判されるべきだ。これは間違いない。

 これほどあからさまに軍事能力を誇示してはいなくとも、多くの国は宇宙からの軍事偵察を重視し、衛星を次から次へと発射している。北朝鮮を責めるだけでいいのか。宇宙の利用について国際的なルール作りや、合意を図ることも大切だろう。 

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