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摺り足はやめてをやめてみる 〜支持基底面と重心位置のはなし ⑤



「摺り足は転ぶからやめましょうね〜」

介護に携わる皆様、利用者さんにそうお伝えしたことはないだろうか。
だってつまづいて転ぶから、というご意見、もっともなのだ。なのだ、が。

支持基底面と重心位置の概念を知っている勢としては、そこでどう考えるかをやはり大切にしたいのである。


そう、「摺り足の支持基底面」を考えることが必要だと思うのだ。


こちらの利用者さんで、膝関節症の手術の結果がいまいちで痛みが取れず、小幅の摺り足歩行で在宅生活を送られている方がいる。

膝痛など、今もしんどいようだが、小型軽量かつ幅狭の先輪ピックアップ歩行器を使って摺り足で歩けば、なんとか単独でベッドからトイレまで行けている。
基本独居の方なので、それが出来ると出来ないが、在宅で生活できる境目になっていると言って良い。つまりその歩行器での歩行が命綱である。

その移動を観察すると、歩行器の4点足とともに、常に接地している足2ヶ所も支持基底面を構成するわけだが、よく見ると歩行器の後方で、歩行器より幅広に足裏位置を広げていて、これは歩行器の間に脚が入る、本来の歩行器利用の際に想定されている脚位置ではない。
でも円背気味の利用者さんなので、どうしても腰を後方に突き出す形になってしまい、足もその位置が丁度良いようだ。

でも、常に足は接地状態なので、通常の利用法より支持基底面が常に広くなっている。さらに前方に小さな段差があっても、先に歩行器があたることで未然にその存在を知らせてくれる。その度に歩行器の前側を持ち上げてクリアしていく様子を見ると、これはこれで合理的なのでは、とも思う。


そして、歩行器がない状況を想定しても、あの利用者さんの摺り足は、ふたつの足裏で構成できる最大の支持基底面を確保しているように見える。
だとすると、摺り足歩行は利用者さんが最大限の転倒予防を図った、二本脚における究極の歩行形態と言っていい。

ならば、できる限りその動作を活かして、環境面にプラスアルファを積み重ねていく方が、歩行の機会も維持できるし、より合理的である。
介護系の方なら、いろいろな講習でICF(国際生活機能分類)の話を聞かされていますよね。そこで出てきた、環境因子側を深堀りしようというわけです。

というわけで、「摺り足はやめて」をやめる大作戦が必要になる。利用者さんのまわりを物理的に整えるわけだ。

上記の話でまずは己を知った、ならば次は敵を分析しよう。
以下、摺り足の敵を列挙する。

1,敷居・レール
 部屋の間に立ちはだかる困った段差。ずっとここに住んでいるので、そこに段差があるのは分かっているから大丈夫、と利用者さんは仰りがち。
でも足が上がらなくなると躓く。

2,敷物
 玄関やトイレに必ずと言っていいほど存在。摺り足で接近すると足で敷物を巻き込んで引っ掛ける。それでなくても端に乗って滑って転んだりもする。文字通り足をすくわれるのでそれも危険。せめて滑り止めの利用を願いたい。

3,電源コード
 こたつ、ホットカーペット利用時に特に注意。よく着座するところから、トイレなどの動線上に重なりがち。さらにその対策として上に敷物を敷き、それがまた躓きやすい微妙な状況をつくりがち。

これらのクリアを目指そう

2,3,については、利用者さんの説得も含めて、介護職であれば対応可能であるが、手強いのは1,の敷居である。あれ、そう簡単には取れないからだ。敷居の撤去は大工さん必須。

だが、そういった段差の解消は、介護保険では住宅改修費支給の中の一分野に規定されているので、事前申請からの時間は少々かかるが、見積額で20万円以内なら、その改修の必要性を理由書に明記した上で、介護保険で対応できる。

これらを活用して、摺り足歩行対応の空間をつくる。それが本来の在宅介護のための、環境整備であると思うのだ。それであれば、その後に下肢筋力が衰えた時の歩行器などの導入も容易になるので、先の見通しも明るくなる。


なお理想を言えば、摺り足歩行が想定される、すべての室内の段差を平らにしたい。でも、この作業はそれなりに手間がかかるので、費用もそれなりになる。
なので、手すりなどを他にも付けたい場合など、給付枠20万円の振り分けのために優先順位を付けることが必要になってくる。

ちなみにそんなとき、敷居を撤去しないで躓かないようにするためのもう一つの方法がある。

段差スロープ、斜めの擦り付け板である。
これを段差部の高さに合わせて取り付けて、躓きを防ぐ寸法である。
なお、片麻痺等で装具着用の方には、スロープ角に合わせて足を接地できない、よってお勧めできないので念のため。
あと、3cm以上の段差だと、スロープそのものが15cm幅くらいになるはずなので、廊下側に出っ張って、移動の妨げになってくることも考慮すべし。

でもこれ、ウレタン製のものなら1本1000円ちょい、くらいからあるはずなので、ご家族で入れていただいてもいい。


そして実はちゃんと介護保険も使える。
使える、のだが。

この地味な板、実は介護保険の制度の中で、この4月からとんでもないことになりかけている。

なんということでしょう。

住宅改修と福祉用具貸与と特定福祉用具販売、つまり介護保険における住環境整備の3本柱、
スロープはその全ての対象になってしまったのです。

これ、利用者さんにとっては選択肢が増えた、やるな厚労省、と言いたいところだが、どちらかと言うとそうではない、残念。

スロープ話だけ切り取って、次に続きます。

※5/26追記 書きました。


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