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07 ししゃもの向こう側

3月17日
怪我を負ってから2週間が経った。

膝の経過は順調で、松葉杖がなくてもゆっくりであれば歩けるようになった。歩けるだけでも幸せを感じる今日この頃。
練習で風を切るように走る選手たちを見て少し羨ましさも感じたりしている。

怪我をしてからも体育館には毎回行って、練習をする選手たちの隣で体幹トレーニングや治療などリハビリに精を出している。
今では自転車(バイクマシーン)を漕ぐことも許されたので、リハビリの一環で漕いで汗を流している。


そんなバイクマシーンのモニターには時間や回転数、消費カロリー、そして消費カロリーをイメージした食べ物のイラストが表示される。
チーム練習が終わるまでの隙間時間にゆっくりと軽い負荷で漕ぐので、消費カロリーのイラストは「ししゃもの塩焼き」までで終わることが多くその向こう側を知らなかった。

がんちゃん(石坂トレーナー)に聞いたら、どうやらドーナツなどもあるらしい。ただ、がんちゃん本人が見た訳ではないとのことだったで、本当かどうかはわからなかった。

もしかしたらネットで調べれば簡単に知ることができるのかもしれないが、人から聞いてわかった気になるのではなく、何事も自分で体験してみようという「百聞は一見にしかず」の精神でこの日、練習中の1時間をバイクマシーンの時間に費やすことにし、孤独な冒険へと出発をしたのだった。


冒険はまずキャンディーから始まり、カフェオレ、バナナ、マグロずしとRPGゲームのチュートリアルをこなすようにクリアしていく。



そして、今回も当たり前のようにししゃもの塩焼きは目の前に立ちはだかるのだが、「今日の俺はお前に付き合っていられる暇はないんだ」と言い捨てるようにクリアしていく。


ししゃもの塩焼きの次に表示されたイラストは
ソフトクリーム、プリンと続いた。

マグロ寿司、ししゃもの塩焼きと海鮮コースを終えた後にはお口直しとして甘味系はちょうどいいのかもしれない。

甘味でお口直しした後は温かいお茶でも飲んで会計を済ましたいところだけど、足を動かしている以上は次々といろんなものが運ばれてくる。

温かいお茶なんてくるわけはなく、ビール、日本酒とアルコールドリンクが表示された。

ほろ酔い気分になったところで、出てきたのは肉まんだった。

ここにきて肉まんかーと思いつつも、そこからはハンバーガー、ギョーザと胃に負担をかけてくるようなメニューが続いた。

ここらにきて、システム的な意図なのかそれとも疲労や精神的な満腹感によるものなのかはわからないが、イラストが変わるまでのゲージが溜まりににくくなっていることに気がついた。

それでも足の回転は維持し続けようと、ペースは変えず(写真撮る時はブレるので回転数落ちている)に漕ぎ続けた。

その後はホットケーキ、チーズケーキ、ショートケーキとヘビー級の高カロリーデザートが続いた。

そして残された時間がわずかになってきて、
ついに現れたのが「ラーメン」だった。


なんとなくラーメンは終盤にくるのではと予測していたので「ついに出たか!」とペダルを踏み込む足に力が入る。
ラーメンレベルともなるとゲージの溜まり方がかなり遅い。
残された時間とゲージの溜まり方を考えると、ラーメンの次が見られない気がした僕は更に負荷をあげ、回転数もあげた。

そして必死になりながらも、時間ギリギリでラーメンを撃破した。

最後に待ち受けていたのは「ハム卵トースト」だった。

それを見た瞬間、一気に気持ちが冷めていくのを感じた。

「ここまで頑張ってきてラーメンの次がハム卵トースト?」
「朝、テレビ見ながら食べてたやつじゃん…」
「5分で食べたものと1時間漕いで消費したカロリーは釣り合わなくね…」

そして、1時間の孤独な冒険は終了した。

その日の練習帰りに大きな葛藤があったが、ラーメン屋で特製塩ラーメンを食べた。

いや、嘘をついた。

正確には特製塩ラーメンとチャーシュー丼を食べて帰った。
そのラーメンを食べたときの衝撃は今でも忘れられない。

今まで感じたことがないほどラーメンは僕の中に吸い込まれていき、まるで細胞レベルで身体が喜んでいるように感じた。

必死に汗をかいて消費したカロリーを取り戻すことに少しの罪悪感を感じたが、その瞬間の幸せは1時間の苦労と引き換えにしても良いと思える程だった。

仕事終わりのビールが美味しかったり、徹夜明けのお昼寝が幸せなのと同じ現象だと思う。

そう思うと、人生の苦しい時間は、幸せのために準備された「伏線」でしかないのではないか。

伏線は大きければ大きいほど、その物語は最後に面白い結末を迎える。

今はその伏線を張り巡らせる期間なので、最後に回収できないほど大きな伏線にしてやろうと思っている。

応援してくださる皆さんへ

「リハビリは地味なことの連続だったり、苦しいことばかりで大変だと思うけど頑張って」と言われることがあります。

怪我前のように、大歓声の中でプレーをしたり、チームメイトと毎日争うような派手で刺激的な日常ではなくなり、それに比べると少し地味に感じる日々を過ごしています。

でも、地味に感じる日常の中でも
一日一日を以前よりも充実させようと、小さな幸せや楽しみを作り出しています。

リハビリの期間中に「ハム卵トースト」の向こうにある景色を見にいきたいし、いつかはトレーニングルームにあるランニングマシーンでハーフマラソン(21.0975km)を練習が終わるまでの制限時間で完走に挑戦したいという楽しみだってあります。

こうして前向きに頑張れているのは日々、励まし続けてくれる皆さんがいるからだと思います。

いつもありがとうございます。

今できることを積み重ねながら、
たとえ漕ぐ回転数が落ちることがあっても、漕ぐことはやめないように復帰という目標地点まで進んでいこうと思います。

人生という大きな物語の中で、この怪我がもたらした一連の伏線がどのように回収されていくのか、一緒にお付き合いいただければ嬉しいです。

皆さんの前でプレーできる日を楽しみにしています。

それと、
最後に一つだけ書きながら引っかかっていることがある。

「がんちゃん…ドーナツは?」


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