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掌編小説 すきま風

両親があいついで樹になった。父が定年を迎えて、すぐだった。まず母が、それから後を追うように父が樹になった。「おしどり夫婦」だと評判のふたりだった。これからはずっと一緒に過ごせるところだったのに、一緒にあちこち旅行もしたかったろうに。妻が「そうねえ」と言った。

「家族をこれからも見守ってほしい」、そんな思いから、家をリフォームすることにした。全体的に木材を活かした造りとし、ふたりにはリビングの壁となってもらおう。家族の集まる様子が一番よく見える場所に、ふたりを寄り添わせる形にしよう。妻に相談すると、少し考えて、「そうねえ」と言った。

初霜の降りた休日、リビングのソファで読書をしていると、冷気が頬を撫でるのを感じた。窓を確かめたが、閉まっていた。首をひねって、もう一度ソファに戻り、冷気のもとをたどった。

冷気は、父と母の間から吹き込んでいた。ふたりはぴったりとついていたはずなのに、いつの間にか、すきまができていた。よく見ると、父のほうは特に変わりがないのだが、母のほうが、父から身をそらすようにゆがんでいた。

本当は「おしどり」なんかじゃなかったのかもしれない。これからどうしたものかと、妻に嘆くと、「そうねえ。あなたが間に入ったら」と言った。

すきま風を感じながら、しばらく立ち尽くしていた。

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ひとが樹になる、そんな世でのお話です。よろしければ、こちらもぜひ。


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