オルゴール。
「はぁ…」
俺は駅前の街頭を背にひとりため息をつく。
そんな俺のことを、すれ違う人たちはまるで興味が無いように俯いて歩いている。
俺はギターケースを背負い直すと、必要以上に眩しい景色から逃げるように歩く。
ミュージシャンを目指すため、上京して早3年。
とにかくお金がない俺は、事務所に入ることも出来ず、こうやって駅前の路上ライブで地道に活動を続けている。
(今日も誰一人足を止めてくれなかったな。)
たまにちらほらとお客さんが来てくれることもあるが、基本的には一人で歌って一人でお礼を言っている。
明日のバイトのシフトを携帯で確認した俺は、家路を急ぐ。
こんな金も名誉もない貧乏ミュージシャンの俺にも、幸せな一時がある。
それは…
「ただいまー」
六畳一間の狭い部屋に向かって俺は呟く。
「あ!おかえり○○!」
すると、可愛らしい笑顔が出迎えてくれる。
同棲している彼女の璃花だ。
小さい頃からの幼なじみで、中学生の時から今までずっと付き合っている。
俺がミュージシャンを目指すことを伝えると、「○○の事を支えたい。」と言って一緒に地元を離れて上京してくれた。
璃花も俺も、様々なバイトを掛け持ちしながら何とか二人で生活をしている。
「今日はどうだった?お客さん来てくれた?」
璃花は笑顔で尋ねる。
「今日もゼロ。寂しいもんだよ。」
俺も笑いながら答える。
「そっか。でも、私○○の歌大好きだよ。いつかきっと誰かが聴いてくれるよ!」
「はは、ありがとう璃花。」
俺は必死でフォローをしてくれる璃花の頭を優しく撫でる。
「お腹すいたでしょ?ご飯食べよっか。」
「あぁ、そうだな。」
俺は綺麗に並べられたお皿の食事に手をつける。
「美味しい。」
「ほんと?良かった〜。いっぱい食べてね?」
璃花の料理は世界で一番美味い。
昔から俺の身の回りのことは、全て璃花がやってくれていた。
それに甘えないように、俺も夢を叶えて璃花のことを楽にさせてやりたいのだが。
現実はそう上手くはいかないもんで。
ネガティブな思考になり、俺と居たらこんな良い子の幸せを邪魔しているんじゃないかって考えることも少なくない。
「ご馳走様。ありがとう璃花。美味しかったよ。」
俺は璃花の頭を優しく撫でる。
「えへへ、全部食べてくれてありがとう。」
璃花は満足そうに笑うと、すぐに洗い物を始める。
俺はソファーの横にある棚から小さな箱を取り出す。
二人が出会った頃からずっと大切にしているオルゴールだ。
まだ幼かった二人はこの音に乗せて一緒に歌って遊んでいた。
璃花も歌うことが大好きだったのだが、俺の歌っている所がいつも好きと言ってくれていた。
俺もそんな璃花の笑顔を見るのが何よりも嬉しくて、もっとたくさんの人を笑顔にしたいとミュージシャンを志し始めた。
もう錆びてしまったネジをゆっくりと回す。
「あ、それ懐かしいね。」
洗い物を終えた璃花は俺の隣に座る。
「璃花、俺さ。」
俺は細い指をとって璃花の顔をじっと見つめる。
「今はまだ、こんな頼りないけどさ。」
外はまだ肌寒い日だ。璃花の手は冷たい。
「いつか絶対、璃花のこと幸せに出来るように頑張るから。だから…」
すると、璃花の手が温かくなる。
「えへへ、ありがとう○○。私はね、○○と一緒に居られるだけで幸せだよ?」
璃花は笑っている。
「でもね、ひとつだけ約束しよう?」
俺の目をじっと見つめて璃花は続ける。
「何があっても、私のそばに居てくれる?」
その笑顔の中に、何か覚悟のようなものを感じる。
「……あぁ、約束だ。」
俺は璃花をそっと抱き締める。
それから二人は同じ毛布に包まって抱き合いながら眠る。
「○○、おやすみ。私、今日も幸せだったよ、ありがとう。」
璃花はそう言って眠りにつく。
悴んだ指先が冷えきらないように、ゆっくりと手を繋ぐ。
「ありがとう璃花、おやすみ。明日もよろしくな。」
いつか今日の言葉が幻に変わってしまっても。
たとえ、星になる時が来ても。
この箱から奏でられるメロディーみたいに。
二人だけのオルゴールを鳴らし続けよう。
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「………なるほど、そういう背景があったんですねぇー。」
「はい、妻の支えがなかったら僕はもうとっくに夢を諦めていたと思います。」
「中学生の時からずっと一緒なんでしょ?純愛ですねぇ〜!」
「正確には、もっと前。小さい時から一緒に居ましたね。」
「くぅ〜!もっとその辺詳しく聞きたいんですけど、時間が押しているので早速スタンバイお願いします!」
「はい!よろしくお願いします!」
「それでは早速、お聴きいただきましょう。SNSを中心に若者世代に大ヒット。大切な恋人との約束を歌った珠玉のバラード。○○で、『オルゴール』です。どうぞ。」
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