見出し画像

【対談】 torch clinic 市山卓彦院長 x 森田ゆき 不妊治療は幸せになるための医療 

恵比寿駅から徒歩1分という好立地にクリニックを構えるtorch clinicは生殖医療専門の婦人科医院です。2022年5月の開院以来、自社開発の電子カルテと患者専用受診サポートアプリとの連携をはじめとした、新しい取り組みを行う市山卓彦院長に、不妊治療の目的、課題とどう向き合っているのかお話を伺いました。

周産期救急から不妊治療のエキスパートに

森田:先生が生殖医療に携わるようになった経緯を教えていただけますか?

市山院長:実家が山口県で祖父の代から内科で開業していたので、なんとなく後を継ぐのだろうなぁと思って医大に入ったんですね。自分は内科で地域医療に貢献したいと思っていました。でも、大学5年生の実習過程で産婦人科病棟の研修へ4週間行った中で、お産にたくさん立ち会い、たくさんの「おめでとう」と言える素晴らしい病棟だと感じました。一方で、同じフロアの病棟にはがん患者さんも多くいらして、子宮を全摘した後に抗がん剤治療、放射線治療をしたけれど数年で亡くなった30代の子宮頸がん女性の最後に立ち会ったんです。子宮頸がんについての知識があれば予防できたかもしれない生産年齢の女性がこんな風に命を落とすということがショックだったんです。
そこから生産年齢の人たちの命を救いたいと思い産婦人科の窓を叩きました。
初期研修は静岡にあるドクターヘリがバンバン飛んでくるような病院で、朝も晩も周産期救急に没頭しました。救急の現場に運ばれて来る方は高齢妊娠の方の割合も高く、不妊治療によって妊娠した方も多くいらっしゃいました。高齢妊婦は合併症もありますしリスクが高いので、そもそもそういった方たちが 妊娠するまでの経過を知らないまま救急医として働いていたことに違和感を感じたんです。不妊治療の第一線で勉強したいという話を当時の教授に話したところ、北九州にあるセントマザー産婦人科医院へ行くことが叶いました。

森田:セントマザー産婦人科医院というのはどういう病院なのでしょうか?

市山院長:無精子症で有名な病院です。日本産婦人科学会によると、2019年には体外受精をはじめとした高度生殖医療が年間45万件行われ、出生時の14人に1人が医療技術で生まれています。そんな時代に、年間約7,000件の高度生殖医療を行なっているのが北九州にあるセントマザー産婦人科医院なんです。
いざ飛び込んでみたら、1日400人から500人来院するようなまるで野戦病院のような環境で、北は北海道、南は沖縄、そして海外からも患者さんが来ていました。まさに社会の課題が今まで命を懸けてきた産婦人科領域の中に隠れていることにショックを感じたんです。

森田:具体的な課題というのはどいういったことでしょうか

市山院長:国内には約1万4,000人の産婦人科の専門医いるんですけれども、そのスペシャリストのさらにサブスペシャリティ、例えば周産期医療、がん、不妊治療といった専門に分かれる中で、不妊治療の専門家っていうのはだいたい900人ほどで非常に少ないニッチな分野なんですよ。

出典:torch clinic 資料(2023/2)

産婦人科医のキャリアのスタートは9割が周産期母子医療センターから始まるので、不妊治療を詳しく知らない医師も多い。私自身もそうでした。大学で行われている高度生殖医療の件数は年間100-300件程度が多い中、北九州で年間7,000件に携わることができたのは貴重な経験でした。
今から4~5年前に元々いた大学病院で不妊治療ができる医師が不足しているということで関東に戻ったんです。その際に1人の患者さんが
「先生のおかげで赤ちゃんを授かることができました。でも、私はこの子を授かるために仕事も辞めました。お金も使い切りました。友人も失いました。それでも、この子がいてすごく幸せです」とおっしゃったんです。赤ちゃんを授かるっていう誰にでも権利のある人間の欲求を満たすために、それ以外のものをすべて諦めなきゃいけないっていうのは、人の尊厳を奪っていると思ったんです。不妊治療のために人生のいろんなものを諦めることはなくさないといけないと思いながら、大学病院に戻りました。
今から4年前、千葉県の浦安にある大学附属病院に、北九州での経験をかわれて帰ってきました。

妊娠する力を伝えられるクリニックを目指す

森田:なぜ独立されてクリニックをオープンされたのですか?

市山院長:体外受精で初めて生まれたイギリス人の方は現在43歳ぐらい。まだ非常に若い医療であり、自由診療で発展してきたためにクリニックごとの診療内容にも差が激しい医療です。キャリアを積みたい女性が妊娠について考え始める時はキャリアも最盛期、就労との両立が課題になる。不妊治療を受けている方の約17%の女性が離職ないし働き方を変えるざるを得ないというデータを2021年に順天堂大学の公衆衛生のチームが発表しています。仕事を諦めないと赤ちゃんを産めない状態を少しでも早くどうにかしたい。ならば、大学病院から飛び出して、自分の思いを全力で発揮できるようなクリニックをやろうと考えるようになりました。
大事なことは、不妊治療から離脱させないためのITも活用したスケジュールなどのサポート。さらに通院時間や費用に対する負担の軽減を図り不妊治療や婦人科への通院のハードルを下げる。そういった不妊治療の前後のサービスを充実させることなんです。つまり高齢患者さんになって不妊に取り組むのではなく、もっと早い段階で自分の体を知り妊孕性(にんようせい)、「妊娠する力」を意識してもらえるような発信をしていかないといけないと考えました。
そして元ヤフー株式会社で女性向けのメディアの責任者をしていた中井と一緒に、医療知識の発信をメディアでも行い、医療のデジタル化(DX化)も進めています。
高度生殖医療を受ける方の平均年齢は大体40歳前後と言われていますが、我々はそれよりも若い30代の方々にも、適切な時期に治療を始めることの大切さを伝えていきたいと考えています。35歳を過ぎてから2〜3人出産できる世界を提供するために適切な時期に高度生殖医療を行い、受精卵を早めに凍結する。若くして採卵・凍結することで妊娠率を維持できるんです。36歳で1人産み、38歳になったら35歳の時の受精卵を戻し、40歳で3人目を産める世界を叶えたいんです。

森田:torch clinicでの不妊症治療の流れってどうなっているのでしょうか?

市山院長:最初にまず自然妊娠ができるかどうかのフィジカルな情報を一回全部調べます。基本検査を行うことで子宮のコンディション、卵巣のコンディションを見て今の妊娠力ってこんな感じですとお伝えする。それを知った上で特別な治療を選ぶか選ばないかは個人の自由です。でも、知らないから選べないのは権利の喪失だと思っているので、最初に全部お話します。
例えば、35歳のカップルで子どもは3人欲しいと考えている。今までの不妊治療はタイミング法、人工受精、体外受精と段階を踏んで進んでいくステップアップ法っていうのが主流なんです。今回、国の施策で経済的にかなりサポートされ、体外受精がより若年層でも選びやすくなりました。その中で当院ではパラレルに提案してく、それぞれの状況に適した治療を検討する方法を提案しています。(以下図参照)

出典:torch clinic 資料(2023/2)

来院された方にはまず、何人赤ちゃんが欲しいのか、いつ欲しいのか、家族計画をヒアリングした後に2人のフィジカルな情報をお話しして、ロードマップを作る。逆算して、いつどこで何人産むのか、どれくらいコストがかかるのかというまで説明すると、そんなに安いんですかとびっくりする方もいます。

森田:そこまでオープンに話をされてしまうんですね。価格表もホームページに出ていて、素晴らしいなと思っていました。

市山院長:はい。知って選んでほしいので全部最初に言ってしまいます。不妊治療について興味のある人しか知らないのが問題なんです。だから適正な情報や知識を提供しています。
まずベースとなる価格を知っていただいた後に患者さんのフィジカルな情報に合わせて最適な治療計画を立てています。
例えば、「11個採卵したら8個受精して、良い状態のものを3個凍結したら1個あたりの妊娠率があなたの年齢だとだいたい40~45%ですよ。それにかかるコストが保険が効いたら10万円くらいです」と、これまで1人赤ちゃん授かるまでの体外受精の平均のコストは200万円(1回あたり約50〜70万円)と言われていて、それが40歳以上だと450万円だと言われていたんですね。それが保険適用化に伴って3割負担ですむ。これまで手が出せなかった若年層が取り組めるというので、喜んでいる患者さんもいらっしゃいます。

出典:torch clinic 資料(2023/2)

森田:未知な世界だし、やっぱり経済的な負担、時間的な問題、家族計画についてパートナーと話し合えないということもありそうですよね。メンタル的なケアも先生方がしっかり寄り添って
聞き出していただけるんですね。男性の理解がなく、治療のスタートが遅れてしまうケースもあると聞きます。

市山院長:実は当院は本当に多くの男性の方にご支持いただいていて、全体の7分の1は男性患者さんなんです。男性が当院で精液検査をしていただいて、パートナーを連れてくるという入り口もあるというのが特徴的です。
あえて産婦人科とかレディースクリニックって名前を付けていないのは男性が入りやすくするためでもあります。クリニックの内装なども紺と黄色にして、男性も居心地良くなるように考えました。そもそも妊娠治療って男女が関わるものなのに、なぜ産“婦人”科なんだと思っていたので男性と女性が2人で取り組めるような環境作りは意識しています。
一方で、カルテは別々に作成する、必要やご希望に応じて診察を別々に行うなど、プライバシーに配慮した治療を心がけています。

テクノロジーの活用で診察前後の時間を快適に

森田:アプリの導入やそれぞれのプロフェッショナルがここで一つのチームとしてやっていくっていう考えが新しいですよね。

市山院長:すでにご受診いただいている患者さんに最適な治療を提供するのはもちろんのこと、まだ手の届かないところにいる方に手の届くところまで来ていただくためにどうするかを考えています。
簡便にするのは医療だけではなくて医療の周りです。適切な患者さんのところに情報を届けるためのウェブを中心としたマーケティングと丁寧な医療を継続的に続けることで、患者さん同士のコミュニティの中から紹介という形でどんどん繋がっていくのはありがたいことです。
一緒にやっている中井がウェブやマーケティングの専門なのでいろいろやってくれています。

森田:最先端医療すぎて感動してしまいます。中井さんの経緯もすごい面白いですね

中井さん:私は株式会社ARCHの代表取締役をしています。スタートアップとして、日本の出生率を本気で上げるチームです。現在は市山院長と一緒に院内の電子カルテシステム、患者さんが日常的に使うアプリの作成、新規の患者さんへのマーケティングをしたりウェブサイトを作ったり、何でもやります。日本で一番いいクリニックを作って、それを全国展開していくことで、日本の出生率を上げ、結果として日本のためになると思っています。

森田:アプリは誰でも利用できるんですか?

中井さん:アプリは無料なので誰でも端末があればダウンロードできます。私自身も不妊治療を2年半経験したからわかるのですが、治療中はすることが多く、いつ何をするのかを理解するのはすごく難しい。また、患者さんのデータを患者さんご自身にお渡ししても管理が大変です。独自のアプリを電子カルテシステムの情報と連携して、患者さんに治療の結果はもちろん、今日は何をやる日かといったことを通知して伴走していっています。
現在、フェムテックアプリでそういったサービスはあるのですが、実際に通院しているクリニックとアプリが連携して、治療とつながっている仕組みにはなっていないんです。インターネットやテクノロジーを活用することで、対面で診察をする時間をより密度の高いものにする。それをサポートするプロダクトを作っていると思っています。

左からtorch clinic 市山院長、森田、株式会社アーチ中井代表

中井さん:不妊治療を受ける上では不可避とも言われる、長い診察待ち時間についてもプロダクトで解決していきたいと考えています。

市山院長:不妊治療の待ち時間は1診療あたり平均2~3時間程度とも言われ、長いところだと4時間5時間かかることもあります。
温かみのある医療を1ミリも削りたくない中で、どこで患者さんのトータル診療時間を削るかを徹底して考えました。アプリや電子カルテといったプロダクトを作ることで、事前の予約の時間、問診の時間、後決済の導入で会計で待つ時間といった数分の時間をギュと縮める工夫をしています。診療後は当日の診察内容をアプリから見れるようにし、理解を促します。お渡しするお薬も院内処方で行っているので薬局での待ち時間も不要です。それだけで30分から40分の短縮ができます。

家族計画があってこその体外受精

森田:例えば更年期女性のホルモンの状況といった婦人科領域のこともやってるんですか?

市山院長:もともとは婦人科・不妊治療で始めたのですが、あまりに不妊治療のニーズが多すぎて現在は婦人科の新規患者さんを止めていないと不妊治療が回らないような状況になっています。
私たちのビジョンは、この数年間でこのトーチクリニックグループを発展させて全国的に発信していきたいと思って動いており、その中には当然初潮から更年期までを網羅できるようなクリニックも作っていきたいです。
不妊治療は明確な計画と知識を持って臨まないと、不安に襲われたり、生理が来るたびに一喜一憂してしまう。長期計画で取り組む必要があります。なので、最初に未来を示すことで未来に向けて頑張ることに繋がる、可視化することがすごく大事で、家族計画をちゃんと立てるところがキーだと思っています。

森田:先生みたいなお考えで今やってらっしゃるクリニックは他にもあるのでしょうか?

市山院長:めずらしいと思います。ある程度年齢を重ねて治療を開始すると、使用するのはその年齢の時の卵子です。当然年齢相応の卵子なので妊娠する確率は低くなる。そして不妊治療が辛いものになります。医療者にとって患者さんに本当に寄り添うことが何かを正しく認識しなくてはと思います。

森田:基本的には受精卵の凍結をなさっていると思うのですが、卵子の凍結をするという不妊治療についてはどうお考えですか?

市山院長:家族計画をベースにした凍結をお勧めはしますが、年齢にもよりますね。卵子単体の凍結は健康保険が適用されません。私もデリケートな年齢の34歳から36歳ぐらいの方ですと卵子凍結は勧めるけれど、30歳以下の方にはコストの観点からも今凍結するのがベストか自分の家族計画と照らし合わせてみて、とお話をします。一般的な若い方で35歳前後での妊娠を予定されているようでしたら、「34歳の時にパートナーがいなかったらまた来てください」とお伝えしています。

森田:市山院長がスーパードクターなのは排卵誘発と採卵の技術なのかとおもうのですが、具体的になにをするのでしょうか?

市山院長:排卵誘発のホルモン剤の投与の仕方や期間に特徴があります。患者さんごとに状況や検査データを見て決めます。
ラボの培養士の技術も素晴らしく、良い卵があって良い精子を見分ける人たちがいて、それを顕微授精をする。さらに母体側のコンディションを見つめながら母胎内に受精卵を戻す。私たちはスーパーチームだといえると思います。もちろん人間の体を相手にしている以上、予想外のことが起こることもありますが、私たちはすでに、国内に50施設ほどしか対応できない年間1,000件以上の採卵を可能にしています。

森田:先生からのメッセージというか、届けたい思いはどういうことでしょうか?

市山院長:不妊治療は幸せになるための医療だということ。目的と手段を誤ってはいけないということが一つですね。
目的は幸せになることなので、不妊治療も、あくまで家族が幸せになるための一つの手段として考えていただきたいです。元気な赤ちゃんを健康に産むということが目的なので、不妊治療をしようと、タイミング法で妊娠しようと、人工授精で妊娠しようと、体外受精で妊娠しようと、家族計画を的確に健康に実現することを念頭に置いてほしいです。そのためにも、不妊治療クリニックを訪れてご自身の妊孕性を知ってほしい。
男性の精子や妊孕性も同じように調べることをおすすめします。当院では、精液検査を3000円で行っており、既婚未婚問わず、多くの男性患者様にご受診いただいています。コロナ禍で男性断りという婦人科医院も多いようなので、ぜひ当院を活用してください。

森田:さまざまな新しい技術を取り入れつつ、市山院長が不妊治療は「幸せになる手段の一つ」と捉えるていることに感動しました。これからも不妊に悩む方のために、できる活動を続けていこうと思います。どうもありがとうございました!


市山 卓彦院長 略歴
torch clinic 院長/医学博士
日本生殖医学会生殖医療専門医 / 日本産科婦人科学会専門医
日本産科婦人科学会専門医指導医 / 臨床研修指導医
産婦人科、女性不妊症全般、着床不全、細菌叢解析

torch clinic
https://torch.clinic

株式会社ARCH
https://arch.social

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?