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普通の人・当たり前のこと

「普通の人だと思います」

『白い巨塔』で演じた財前という外科医について、どんな人かと問われ、唐沢寿明さんが答えた。えっ、と声が出た。正確な応答はうろ覚えなのだが、財前を「普通の人」だと思ったことはなかった。

私は2004年のドラマ版を母の横で観た。リアルタイムではなく、再放送だったと思う。財前は出世欲と権力欲が強く、周囲を蹴落としながらどんどん成り上がっていく。母いわく、賄賂のやりとりや料亭での根回し、俳優たちの悪い顔を見るのが好きなのだという。「ドラマは毎週観なくちゃいけないのがかったるい」が口癖の母が、プレミアがついたDVDを買うほどお気に入りのドラマだ。放送当時も欠かさずに観ていたらしい。

財前は郷里に母をひとり残している。大学病院では平気で他人を切りすてながら、母親にはとても優しい。なるほど、たしかに普通っぽい。だけど、「普通の人」なら、あんなふうに成り上がれないんじゃないかしら。

『白い巨塔』には、里見という内科医が出てくる。準主人公のような立ち位置で、江口洋介さんが演じている。彼は、財前とは反対に、出世にはまるで興味がない。患者を救うことを第一にしている。途中までは財前と同じ病院で働いているが、権力争いに必死になる周囲に嫌気がさし、職場を移ってしまう。出世は望めなくても、患者の治療に集中できるところへ。

立場に侵される

調子が出ないときはコントを観たくなる。といっても、ラーメンズのコントしか観たことがなかったのだが、配信サービスにいろんな芸人さんのライブがあることを知った。

このまえは東京03のコントを観た。『大豆田とわ子と三人の元夫』で角田さんのお芝居を観ていたことと、さとふるのCMが好きだからというミーハー極まりない理由からである。鑑賞順を決めかねて、とりあえず最新作の「ヤな因果」をえらんだ。

東京03のコントは舞台設定も人間関係も現実的で「あるある」「いるいる」が的確なところがおもしろい。私は角田さんのヘタレ役が好きだ。部下の手前、「わかりません」と言えない上司など、まわりにも自分にも共通点を感じる人物が出てくる。

ヘタレな上司、ありがた迷惑を断りきれない人、といった「よくいる人」は、状況や立場によってそういう面を引きだされているだけだ。そのさまを見た観客は「私はそんなことしないよ」と他人事のように思って笑う。現実では笑えないことでも、コントを観ている時間だけは例外だ。

「人として当たり前」

唐沢さんの「財前は普通の人」という解釈について考えを巡らせるうちに、ふと、「里見のほうがむしろ普通ではない人なのかもしれない」と思った。

乱暴にまとめるなら、里見は「いいやつ」だ。出世して金を稼げるようになれば、いまよりもいい思いができる。そんな周りの声に耳を貸さず、患者の治療に集中しようとする里見は、「医師として当たり前」のことをしているとも言える。だが、同じ環境におかれて、同じように生きられる人はどれくらいいるのか。

何かの動画で見たのだが、「どうすれば人望を集めることができるか」について書かれた本の結論は、「いいやつでいること」だそうだ。単純な方法である。こんなことを書いた本を出版しようものなら、いいやつが爆増し、私のような不届者は世の中で浮きまくってしまいそうだが、そんなことは起きていない。

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