小説で感じる西武大津店の面影と思い出の膳所
「本屋大賞2024」の1つが、宮島未奈作『成瀬は天下を取りにいく』に決まった。滋賀県大津市膳所を舞台にしていて、タイトルにもなっている主人公「成瀬あかり」や「西武大津店の閉店」という出来事を中心に、いろんな人間模様が描かれている。
物語のキースポットとして多く登場する「西武大津店」はかつて営業していた実在の店舗。西武グループを創業した「堤家」のふるさとで、44年間親しまれてきたが、2020年8月末に閉店した。裏表紙にはありし日のイラストがあるが、現在は取り壊された。
最初は新快速のテレビに映る文字ニュースで名前だけ知っただけで「へぇ〜」と言わんばかりの僕。しかし「滋賀が舞台」という噂を聞きつけて、地元愛が燃えた。読みたくなって買ってしまった。
ありがとう西武大津店
最初の物語は「成瀬あかり」という変わり者の女子中学生を、幼馴染の「島崎みゆき」の視点で描かれる。成瀬の突拍子もない一言で幕を開ける
「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」
成瀬が西武ライオンズのユニフォームを着て、西武大津店にやってくる県域テレビの中継に毎日夕方に映り込むという奇妙な行動からいろんな出会いが描かれる。
ざっくりと本の内容
ここからあと5つの物語がある。
膳所から来ました(成瀬と島崎が漫才コンビを結成し、「M-1」に挑戦する話)
階段は走らない(膳所育ちの「敬太」「マサル」という2人の中年男性メインの友情物語)
線がつながる(膳所高校に進学した成瀬を描いた話)
レッツゴーミシガン(成瀬がかるた大会で出会った、広島の高校生「西浦」と「結希人」を琵琶湖の観光船「ミシガン」の周遊クルーズに誘う話)
ときめき江州音頭(ときめき坂の夏祭りに参加する成瀬の心内を本人の視点で語られる)
出てくる登場人物はいずれも成瀬と何かしら関わっていて、基本的に舞台は「膳所駅」から「西武大津店」にかけてのエリア。成瀬を中心に様々な人間模様が交錯する。
思い出の膳所
僕自身も西武大津店には馴染みがある。高校時代は弓道部の大会で武道館へ向かう道中脇を通っていた。
膳所の街自体、何百回も通った。駅員のアルバイトで京都の下宿からこの街に週5で通ったり、「大津パルコ(現オーミー大津テラス)」へ行ってラジオの生放送を見に行ったり。駅から西武へ下る「ときめき坂」という商店街の景色もどこになんのお店があるか、ここに小学校があるなど全て把握している。
小説で描かれる景色はイメージしやすかった。知ってる街の景色となると想像はしやすいし、内容もほのぼの、珍しく笑うこともある。「びわテレ」「ぐるりんワイド」といった県民ならピンと来そうな架空のテレビや大津市民じゃなくても唸る「うみのこ」「ミシガン」と言った県民的ワードがたくさん出てくる。滋賀県民の僕はかなり見入ってしまっていた。
とはいえ、「西武大津店」はあまり入ったことがない。武道館から膳所駅へ向かう際に少しショートカットして店内を通り抜けたぐらいで、「大階段」や喫茶店の印象はあまりない。もし僕が大津市民だったら、もっと深く読めたかもしれない。ここももっとブラリしておいたらよかったとプチ後悔。あと、現役時代が一切撮れてなかった。
成瀬という人間
成瀬の人柄もすごく知りたくなる部分がある。変わり者で意味不明なことをたくさんやってるのに、賞状をとるほど結果を残している。成績優秀で滋賀一の進学校として名高い「膳所高」に行き、東大志望だ。成瀬みたいな、変人で才能が開花している人なんてたくさん見てきた。下手に考えない方がうまくいくこともあるのだろうか。「天下を取りそう」と言っても語弊はない。
一方で成瀬も島崎に対して、後ろめたく思う気持ちには驚いた。何も知らない人からすれば変人だし、よく言えば「行動力の塊」。こういうキャラクターで「親友を振り回していた」と反省してしまうことには至ってフツーの人間なのだと思った。その本音を話せるこの2人は「心の友」ってやつだ。
活字は苦手でも
昔から活字は苦手、嫌いだと言ってきた僕。しかし、馴染みがある、好きとなると話が入りやすい。
ヨルシカのときもそうだった。全く知らない文学でも音楽で、世界がなんとなく分かった。ヨルシカにどっぷり沼らなければ出会えてなかったし、一生本を避けていたかもしれない。
想像できる滋賀のあれこれ
「膳所」という100回通った街に、「うみのこ」「平和堂」と言った滋賀ネタや膳所の県道沿いにある「びっくりドンキー」「プラージュ(美容室)」などのチェーン店もすぐわかる。何もかも想像できる。
琵琶湖線や湖西線を走る「茶色い電車」も想像できる。個人的にはふるさと「長浜」を始め1000回以上乗った電車だし、すごく楽しく読めた。
1回読破したところで第2弾『成瀬は信じた道をいく』も買ってきた。果たして成瀬は“天下を取れる”のか。こちらも楽しみだ。
ストリートミュージシャンの投げ銭のような感覚でお気軽にどうぞ。