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スイスの林業は儲かっていない

※ 2017/9/18 exciteブログより転載

2010年に スイス林業は決してうまくいっているわけじゃないという記事をエントリーしました。7年越しになってしまいましたが、今回はどう儲かっていないのか、をデータで示してみたいと思います。

スイスの公有林(主に村有林の)事業体の経営収支を分析した「Forstwirtschaftliches Testbetriebsnetz der Schweiz: Ergebnisse der Jahre 2011-2013(スイス連邦環境省・スイス林業連盟・ベルン応用科学大学共同プロジェクト) 」の中から一部の図を抜粋し、スイス林業の収支構成がどのようになっているのか、分析を試みます。

前提:
・スイスの林業事業体は公有林事業所と民間事業体に2区分される
・前者は森林所有者の立場でもあるが後者が森林を持つことはほとんどない
・森林面積の約70%が公有林、その多くが村有林
・ただし都市近郊の平坦地〜丘陵地では私有林が多く、かつ小規模所有

・公有林の面積が小さい村や州では事業所を持たずに村が直接フォレスターを雇用する
・公有林面積の大きな村や州では事業所を法人化しているところが多い
・その場合は法人がフォレスターを経営者として雇用している
・私有林は農家林家的な副業経営かフォレスターへの経営管理委託が主

・以下のデータは、200の公有林事業所の経営実態を分析したもの
・公有林経営だけではなく私有林経営を委託された分の収支も含んでいる
・2011-2013年のデータななので、少し古い

・民間事業体(素材生産業者)の収支実態はまた異なってくるので要注意
・民間事業体は高性能林業機械を持ち、ときには州をまたいで広範囲で仕事を行っている(でないと償却できないから)


データその1:公有林200事業所の収入形態によるタイプ区分

公有林事業所は、収入の形態によって以下の4つに区分されます。

・林業収入が主な事業所 25%:収入の80%以上が林業収入
・弱い多様性を持つ事業所 39%:収入の50%〜80%が林業収入
・強い多様性を持つ事業所 28%:収入の30%〜50%が林業収入
・サービス業および製造業で成り立つ事業所 8%:林業収入が30%未満

つまり、林業収入が50%を越えてる事業所は全体の54%、主に林業収入で成り立っているというのは、25%に過ぎません。


データその2:公有林200事業所の収入内訳

林業収入 55%
・素材(丸太)売上 29%
・補助金 20%
・その他の林業収入 7%
サービス収入 31%
・公共事業 17%
・民間からの受託事業 8%
・その他のサービス業 5%
製造収入 14%
・エネルギー用バイオマス(薪・チップ) 12%
・その他の製品 2%

素材の売上が全体の3割しかないというのは衝撃的。補助金とは落石や雪崩防止保安林のための施業、生物多様性のための林縁の施業、土壌保全を目的に架線集材を推奨するための助成、などといった内容。その他の林業収入とは、クリスマスツリー用苗木の育成販売や林産物など。

サービス収入とは、公園整備(造園、ガーデニング)、除雪作業、村道のメンテナンス、土木工事などなど。

エネルギー用材の収入が林業収入とは区別されているのが興味深いところ。二次加工が入るところがポイントのよう。その他の製品とは、遊歩道に置くベンチやハンター用の小屋、バーベキュー施設などがこれに該当。

以上は公有林の事業所の経営内訳で、高性能林業機械を所有する民間事業体では請負による素材生産の割合がほとんどになります。


データその3:公有林200事業所の収支分布

経営区における年間のhaあたり収入と支出を示した図(2013年の例)。縦軸が収入、横軸が支出、真ん中斜線が損益分岐線。つまり図の左上の事業所が黒字、右下の事業者が赤字。

凡例:
◯ ジュラ山脈(フランス寄りの山岳地)
▲ 中央低地(平坦地)
◼ プレ・アルプス(中央高地・丘陵地)
◆ アルプス山岳エリア

このグラフから読み取れるのは…
・プラマイゼロ近辺の事業所がかなり多い
・地形が平坦だからといって黒字とは限らない(むしろ赤字がこんなに?)
・山岳地ほどhaあたりの収入も支出も少ない傾向

といったところでしょうか。平坦地の収支が意外に悪いのは、資源の質が良くないこと(例えばブナ林が多い)や、都市近郊で景観保全レクリエーションのニーズが高いために、そのための作業や非効率な作業が多くなりがち、といった事情があるためです。

これは公有林メインの収支ですので、赤字になる分は村や州からの補填で賄われますが、これがどこまで許されるかは、赤字の理由と各地方自治体の財政状況および市民の理解次第。公有林だからこそ負うべき役割、例えば試験研究のフィールドとしての位置づけとそれに伴うコストもその一例。

数年間の経営改善計画が定められ、期限に目標に達しない場合は人事考課、最悪ボスの交代などもありうるとのこと(スイスでは公務員の身分保障制度が2001年に廃された)。つまり赤字には納税者が納得できる合理的な理由が必要で、垂れ流しは許されない(建前ではなくて実際に許されない)ということになります。

民間事業体の場合は当然ながら全ての事業体が、単年度限定ではないにせよ左上に位置しています(赤字の場合は倒産するので消えて無くなる)が、公有林事業所と同様に大きく儲けているという状況ではなく、結論としては、みんなギリギリのところであの手この手で頑張っているのがスイス林業の経営実態と言えそうです。

ひとつ注意したいのは、この収支には減価償却や再投資(再造林)費用も含まれているという点。日本で林業収支が議論される場合、ここを(意図的に?)分離してしまうのでまともな経営分析にならないことが多く見受けられるのが残念です。

林業機械を購入する際の補助制度はないことなどを考慮すると、主伐したが植える費用が無い(再造林費用はほとんどが補助金頼り)という日本のおおまかな森林管理の実態からすれば、遥かに健全な経営状況と言えるとは思います。


個人的見解

日本と同様に条件の悪いスイスで、何故林業が成り立っているのか?という疑問への一つの答えは、「林業だけに頼らないでいろいろやっているから」ということになろうかと思います。高付加価値(を目指す)林業だからというのもその一面ではありますが、それは彼らが目指している将来像であって、現状生き延びているのは前者に因るところが大きいのではないかと、上記データからは分析できます。では、なぜいろいろできるのか...

スイスで森林作業員の国家資格を持っているということは、強い体幹を有すると同時に労働安全に高い意識がある、動植物の知識がある、機械が扱える、注意深い観察力がある、チームで働くコミュニケーション力があるということを意味し、林業以外の様々な場面においても質の高い現場仕事を実現できることを意味します。これが偶然ではなく教育体系になっている。

林業だけでは食えない、となるととてもネガティブな見方になりますが、その高い能力を生かして多方面から収入を得ておくことで、林業収入に上下があっても生き延びられるようにしておく、と考えれば、これは一つのポリシーなのかなとも思います。彼らの目指す森づくり〜50年先のマーケットは誰にも分からないので、だからいろいろ育てておく森づくりを行い、それは結果的に環境にも貢献する〜の考え方と共通するものがあります。

昔の林業バブルのように、立法5万も10万もしたという時代が「林業が成り立つ」の定義ならば、スイス林業はほとんど参考になりません(大きな投資をしてしまったものを回収するための魔法の杖にはならない)。

強豪国に囲まれ、様々な失敗を経ならがもしたたかに生き延びている...これからの時代を考えるとき、知れば知るほどスイス林業への興味が深まるのは、そういうところなのだろうなと振り返っているところです。

※ 引用した調査データの分析は、リース林業教育センター2回生(当時)の Florian Kisrig 氏のサポートを受けました

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