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総合型選抜の効果・影響を論文からまとめてみた

「総合型選抜」での入学者割合の増加は定期的に出てくる話題になっています。話題になるたびに自分の考えというか気になるところをまとめようと思っていたんですが,いつもズルズルとやって機を逃していたので書ける範囲でエイヤ!と書いてみました。

総合型選抜とは何か

総合型選抜はAO入試と呼ばれていたもので,書類審査,面接,学力試験(方法は様々)を組み合わせて実施します。

大学入学者選抜関連基礎資料集」(2021)より

総合型選抜入学者の割合が増加する・していることに対して賛否両方の意見が出続けています。見ているとなんというか,ひとつ地雷が踏まれるとどんどん連鎖するようなイメージです。最近の爆弾はこの記事でしょうか(内容が想像できるし契約していないので読んでませんが)。

現在,大学入試では一般選抜のほか多様な選抜方法をとることが求められるようになりました。そのため,入学者に占める総合型選抜入学者は全体の17%弱を占めています。

大学入学者選抜の実態の把握及び分析等に関する調査研究 調査報告書」より

総合型選抜はなぜ批判されるか

総合型選抜入学者の増加に対するよくある批判は次の2点かと思います。

  • 総合型選抜入学者の増加は学生の学力低下を招く

  • 総合型選抜入学者の増加は階層の固定化を招く

この理由をもう少しだけ説明しておきます。

学生の学力低下

旧来のAO入試では学力試験を課す必要がなかったので,入学後に大学の授業に付いていけない,あるいは相対的に見て一般選抜入学者よりも成績が低いということが言われていました。

これは理数系だけど数学そのものの能力を見ていないとか,そういうことだと理解してもらうのがいいと思います。このような批判は総合型選抜にもあったため,現在では上の画像の③のような学力試験的な要素が入るようになりました。

階層の固定化

総合型選抜では活動報告書などの書類が重視される要素のひとつになります。活動報告書のサンプルを見ると,志望する学科に合わせて学内外での学業に関する活動として「総合的な学習の時間」,部活動,生徒会活動等,ボランティア活動,各種大会・コンクール,留学・海外経験等や,資格・検定について記すことが求められています。

令和5年度大学入学者選抜実施要項について(通知)」より

ボランティア活動や外部の大会等の活用は家庭の所得が高いほど有利になるという批判があります。

この点の指摘は次の記事に詳しいです。

ちなみによくまとまっている記事だと思いますが,「日本の大学入試を従来の筆記試験ではなく、米国のような課外活動などを含めた総合型選抜にした方が良いのではないか?と言った意見を多く見るようになりました(太字はまつーら)」という問題設定はすでに進んでいる状況ではちょっとズレているところがないか?と思いました。おそらく「より進めた方が良いのではないか」あたりが妥当でしょう。

総合型選抜は実際のところどうなのか

では上の批判はどこまで適当でしょうか。

学業面の評価

学力や入学後のパフォーマンスについて気になるのはどういう大学から見るかという視点が欠けていないかということです。

まず学力低下ないしは学力差について,2019年時点ですが私が集めた論文や報告書を見た限り,推薦入試と一般入試での差はほぼ見られませんでした(なお推薦の方式によっては成績に差が見られるものもあるので,より細かく見る必要はある)。

同じように,Twitterを見ていると個別の大学でAOや総合型選抜入学者の成績が悪くない(むしろ良い?)とか,総合型選抜入学者は高いパフォーマンスを発揮してこれこれこういう成果を出しているみたいな話は見かけるのですが,個別のエピソード過ぎて,どこまで総合型選抜入学者というカテゴリー一般に当てはまるのかという疑問はありました。また,このような評価は選抜性の高い,言い換えると偏差値の高い(ここで偏差値という言葉を使うのはイヤですが,一番イメージしやすそう)大学の話が出てきがちではないかという疑問もありました。

こういったこともあり,上の記事を書いた後も関連研究をもうちょっと集めてみないと分からないなあとは思っていたのですが,そういったレビュー論文が出ていました。

木村 治生 (2021)「推薦入試・AO入試の効果に関するレビュー研究―「個別大学の追跡調査」と「複数高校・大学を対象とした調査」の結果に注目して―」『大学入試研究ジャーナル』31,pp.167-174.

木村(2021)の要旨を引用します。

本研究は,2010 年以降に発表された推薦・AO 入試の効果をテーマとした先行研究について,「①個別大学の追跡調査」と「②複数高校・大学を対象とした調査」の結果を系統的にレビューしたものである。分析の結果,推薦・AO 入試の効果を否定的に評価する研究は①にも②にも多い一方で,肯定的
に評価する研究は②には少ないこと,とくに学業成績以外の多様な資質・能力をアウトカムに設定した研究が欠落していることが明らかになった。大学の条件による効果の違いを検討した研究が少ないことや,高大を接続する縦断研究がないことも課題である。

この「肯定的評価を出した研究は個別大学の追跡調査に多い」というのは私もTwitterを見た感想とかなり合致している印象です。

100ほどの研究を参照している中の事例でこれが全てでも代表でもないのですが,木村(2021)で引用されている大学を挙げてみます。

推薦・AO入試を否定的に評価
・同志社大学社会学部
・福井大学工学部
・長崎大学
・山口大学
・甲南女子大学
・千葉科学大学
推薦・AO入試を肯定的に評価
・名古屋学院大学
・長崎大学
・琉球大学
・お茶の水女子大学
・広島大学
・京都工芸繊維大学
・慶應義塾大学SFC
・高知大学医学部
・追手門学院大学
・東北大学
・九州大学
・京都大学教育学部

肯定的に評価している大学を見ると全国区で有名な大学が入っていることが分かります。木村(2021)も次のように指摘しています(太字はまつーら)。

個別大学を事例とした研究からは,推薦・AO 入試の構造的な課題が透けて見える。推薦・AO入試で能力が高い学生を獲得できているのは,相対的に見て選抜性が高い大学である。しかし,こうした大学でも,選抜にかかるコストを考えたとき,一般入試を超えるメリットがあるかがつねに問題となる。一方で,選抜性が低い大学では,推薦・AO 入試によって一定数の学生が確保できるメリットを享受できるが,大学で学ぶ資質に欠ける学生を受け入れざるを得ない状況を生む。

複数の高校・大学を対象とした研究はまだ少ないものの,批判的に検討する調査研究はあるとのことです。まず推薦・AO入試を志望する高校生についてです。木村(2021)には推薦・AO入試を積極的に利用している層について次のように書かれています。

  • 進路多様校を対象とした量的調査と質的調査では,高校入学当初は大学進学を希望していなかった生徒が,推薦・AO 入試によって四年制大学に水路づけられる「四大シフト」現象が見られる(中村2010)

  • 進路多様校における大学進学者の多くが指定校推薦を利用(片山2010)

  • 入学難易度の高い普通科の高校生ほど一般入試を利用し,入学難易度が高くない普通科や専門学科の生徒が推薦入試を利用(西丸2015)

また,推薦・AO 入試受験者の調査もあります。

樋口(2013)は,ベネッセ教育総合研究所が実施する大学生調査をもとに,推薦・AO 入試受験者の約半数が,高校 3 年で 1 時間に満たない学習しかしておらず,5人に 1 人は受験対策すらしていないというデータを提示している。

一方で推薦入試を考える高校生の学習については肯定的に評価している研究も見当たるとしています。

山村・濱中(2018)は,首都圏にある 10 の高校を対象にしたパネル調査の高校 1 年生のデータから進学中堅校では推薦入試での進学を考える生徒の定期テストの学習時間が長いことを示している。

ただ要旨でも述べているように,推薦・AO入試を経た大学生を複数の大学について調べた研究は見当たらないようです。

階層による入試方式の選択

総合型選抜入学者(または「定員」?)の増加は階層の固定化を招くという批判については,山口泰史さんの記事(2023年)が参考になるでしょう。

山口(2023)では大学進学を希望する時期と世帯収入・両親の学歴が検討されています。まず世帯収入が高いほど早い時期に大学進学を決めています。

山口(2023)図2より

そして,大学進学時期の早さはどういう大学へ進学するかに影響しています。

山口(2023)図4

つまり,「世帯年収の高低→大学進学希望度の高低・時期の早遅→進学大学の偏差値高低」という関係が成り立つとのことです。

階層の固定化を解消するには早い時期に大学進学への希望に導く必要があります。しかし,上述の木村(2021)の中で引用されていた中村(2010)に指摘される「四大シフト」現象によって大学進学に切り替えた人は推薦・AO入試を利用していたことから,偏差値下位の大学への進学が中心であることが推察できます。厚労省の「令和4年賃金構造基本統計調査」を見ると,進路が大学か専門学校かによって年収が異なるので,その意味で「四大シフト」は階層の流動をもたらしている面はあります。

しかし,「偏差値による年収差」があるとすると,四大シフトによる階層の流動化は限定的となってしまいます。今回見ることができていませんが,偏差値と年収の関係に言及した研究もあります。

  • 樋口美雄 (1994)「大学教育と所得分配」石川経夫編『日本の所得と富の分配』東京大学出版会,pp. 245-278.

この研究によると,「偏差値によって就職先の企業規模や、昇進の程度(上場企業や官公庁の役職者割合)に違いがある」(朴澤 2017)ようです。

この他に大学の所在地による年収の違いを検証した研究があります。

  • 朴澤 泰男 (2017)「大卒男性の年間収入と出身大学の所在地・設置者の関係について : 就業地による違いに着目した考察」『NIER Discussion Paper Series 』4, pp.1-22.

非常に雑なまとめ方をすると偏差値は都心部>地方部,国立>私立という傾向があります(朴澤論文でも言及あり)。もちろん受験方式や受験層がかなり違うので適切な比較は難しいです。それこそ個別のエピソードとして偏差値下位でも高所得(またはその逆)というケースもあると思います。統計は個別例を説明しませんのでその点はよく注意すべきでしょう。

ただその問題を抱えることを認めた上であえてこの論文を見ると,次のように国公立,東京の私立大学出身者は地方私立大学より年収が高いことが分かります。ちなみにこれは分散も入れてほしいデータですね。

この関係は就業地を揃えても変わりません。

このように,所在地による年収の違いがあり,所在地により偏差値の高低があることからも年収と偏差値の間には正の相関が見られるという想定はそう外れてはいなさそうで,そうすると「四大シフト」による階層の流動化は限定的なものだも言えそうです。

ちなみにこれは暴論に近いのですが,大学院進学者は大学進学者よりも年収がかなり高いので,「四大シフト」の後,大学院進学することで階層の流動化を招くということがあってもいいかもしれません。

まとめ

AO入試を源流に持つ総合型選抜が学業・パフォーマンス面,階層の固定化にもたらす影響について調べました。上の報告内容は私の感覚としてはだいぶ近いものになったと思います。以下ざっくりとしたまとめです。

  • 総合型選抜が大学入学後の学業・パフォーマンス面にもたらす影響は肯定的・否定的いずれもある。ただし,高い効果をもたらしているのは高い偏差値帯の大学の個別報告が中心である。

  • 総合型選抜は進路選択の遅い人が「四大シフト」として用いる傾向があり,これは専門学校卒などと比べたときの階層の流動化をもたらす。ただしその効果は限定的なところがあり,偏差値の高低を覆すほどではなさそうである。

そうすると,偏差値下位(非上位)の大学で学生のパフォーマンスを高めるには実践の積み重ねと共有が必要でしょう。理想的にはそのような実践が偏差値の高低を超えて階層の流動化をもたらしてくれるといいのですが,4年間(実質3年間)でそれをどう行うかはけっこうな難題でもあると思います。


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