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私は、パブリックによって救われていた。

こんにちは、コンタニです。
引き続き、ジョブレスを満喫しながら今後の準備をしています。(無職を”ジョブレス”と名付けたエール社の篠田さんが素敵すぎる・・・ぜひこちらの記事を読んでみて下さい)

今回のnoteは、日記のようなエッセイのような、気づきをたらたらと綴るnoteにします。これを読んでくださった方に何かプラスのようなものをお届けできるかはわかりませんが、一緒に考えながら読んでみていただけると嬉しいです。

満喫と言っても満喫できてはいませんよね。
動いていないと落ち着かない性格。
人に説明すること・説明できるということを重視する自分の性格。(他者に対して重要視するというより、自分で自分に対して。)
自分で思っていたより、決断、意思決定して動いていくことが自分の習慣だったようです。

ただ、余白を設けることで、ここ数年事業に邁進していて個人的に取っていなかった行動をとることができている気がします。
ゆっくり書きだしたり、実務的なもの以外の本をゆっくり読んだり、興味があるコミュニティに参加してみたり、そんな場に足を運んでみたり。
前職にて、社内で事業を始めてからは、正直事業に関係する(と自分で考える)ことだけに集中していたんだなと気が付きました。

自分の想像以上に、事業のことばかりを考えていて、”自分自身は何に関心があるか”ということを、考えていなかったんだなと気が付きました
ここ数年は、事業での視察や出張でどこか地域に行くことは多くても、プライベートの旅行などは一切していなかったなと、そういうことにも気が付きました。事業のこと以外に考えていたことも、結局同じようなことで、会社の経営のこと、組織や人材のあり方ってどうすればいいんだろうなとか、そういうことばかりでした。

先月、前職で上長だった方とお食事に行きました。
この方は、「紺谷は、相反する一見矛盾したようなことを、同時に大切にできる人だよね」と私に私について気づかせてくださるような言葉を沢山授けてくれた方なのですが、(詳しくはこちらのnoteに書いています)

「紺谷はなんだか多角・俯瞰的だよね。出てくる言葉も、『~とも言えるし、~とも言える』みたいな言葉が多い。」

と先月にも言ってもらって、なんだか色々考えさせられる日々です。

その話し方に出ているのかどうかわかりませんが、最近は、いや意外と去年くらいからかもしれません、これまで自分が経験してきたことを自分で再解釈するようなことが増えているような気がします。

例えば、自らの人生の主体性について。
前職で事業を始める前は、「どうして自分の人生なのに自分で決断できない人が多いんだろう」「どうして自分の人生のことなのにこんなにも他人事のように人は語るんだろう」という、日本人の自分の人生に対する主体性のなさに、憤りに近い課題感を感じていました。

「きっとこれは、詰込みで受け身で画一的な日本の義務教育、そして親が子に自分のエゴを押し付けがちな家庭環境から来るものだ」と、原因や背景をそのように仮説立て、自分が受けてきたもの含め、そのような変わらない社会環境に憤りも感じていました。
そして、時間がかかっても、必ずしやそれを変えるような仕事をどんな形でもしていくのだと、決意めいていました。(いつもこういうような話ばかり人としているので、よく「あなたは起業家もいいが政治家になるべきでは?」と言われます。というか言われる回数がめっちゃ増えました笑)

ある時、このような話、課題感を、国家公務員になった高校の友人に話しました。(彼は、自分が片親家庭で育った経験から、子どもの教育に関する制度や法律を自分の手でより良くしたいという理由で、法律策定に関わる国家公務員になりました)

「紺谷の感じる課題感、言いたいことはすごくよくわかる。
でも、公教育の目的は、優秀な人材を輩出することじゃないんだ。落ちこぼれてしまう人を作らないためなんだ。どんな地域にいても、どんな家庭環境でも、関係なく等しく基盤となる教育を受けられる。機会の均等が目的なんだ」

…皆さん、この言葉を読んでどのように感じましたか?
私は頭をハンマーで殴られたような気持ちになりました。

そして、「ああ、自分が考えていたことは、本当に恵まれていた、いち民間人の視点でしかなかったんだ」と自分を恥じました。
(ちなみに、この「義務教育の意義とは」のやり取りはほぼ全く同じやり取りが漫画ドラゴン桜の中にもあるのである・・・後から知って、自分に爆笑・・・)

他にも、一緒に事業をやってくれていたりほさんが運営しているNPOの懇親会にお邪魔したとき。厚労省の若手官僚の方がいらっしゃっており、たまたま教育の話になりました。その時、「教室の意義」についても考えさせられました。

「確かに、コロナでオンライン化、デジタルで進められる部分が増え、自宅でもタブレットを使いながら学習は進められるかもしれません。でも、オフラインで教室に行くことの意味って、授業だけじゃないんですよね。実際に学校に来て、身なりや表情の様子を見ることで、「この子、ちゃんとご飯食べれてるのかな?」「もしかしたらネグレクトを受けてるんじゃないか?」と先生が気付くことができる。家庭だけで閉じていると、それを公的な存在として気づくことが難しくなるんですよね。」

普段、いかに機能的にしか、一つの視点でしか考えられていなかったかを、気づかされた瞬間でした。とともに、「社会的な、より多くの人のために、というような公益のことこそ、官だけでも民だけでも駄目で、みんなで取り組む必要があるんだ」と強く感じたことを覚えています。

同時に、自分が地域で受けてきた教育。(高校まで公立でした、大学は私立でしたが…)
親が働きながら私を育てるために利用したであろう制度や仕組みや補助金。
そもそもの両親の仕事そのもの。(二人とも教員で、地方公務員だったため)
よく通っていた図書館。放課後行っていた学校近くの公民館。利用していた行政システム。参加した地域の体験学習。学校の先生も頼れる方が多かったので、学習内容だけではなく進路の相談を聞いていただいたことも多くありました。

思い返してみると、私の人生は、パブリックなモノやサービス、場、仕組み無しには語ることができないと気が付きました。

・・・きっと、これを読んでいるあなたもそうではないですか?

今まで、自分の過去を、閉鎖的な義務教育や、地方での環境で、死にたくなって苦しんできたと、そう解釈していました。
でも、よくよく考えると、苦しかった過去を含め、いやむしろそういうものにこそ、私は生かされていたのだと気づきました。

人の人生の起点となるようなものを、つくりたい。特定の人だけ利用できるというわけではなく、できるだけ色んな人が交わるような場づくりをしたい。今、そんな風に考えるようになったのも、きっと、このことに気付いたからです。

私は、両親によって生まれ、育てられた。
それは確かに事実ではあるが、極めて狭義の解釈でもある。
きっと社会によって生まれ、生かされてきたのだと。

ここで絶対脳裏によぎる名言があるのだった。

「あなたの国があなたのために何ができるかを問うのではなく、あなたがあなたの国のために何ができるのかを問うてほしい」

ケネディ先生やばすぎる件

円安だとか給与が安いとか日本はもうオワコンだとか。
自分の今があるのは社会のせいだとか国のせいだとか時代のせいだとか。
言いたくなる気持ちもわからんでもないが、世界中よく見てみて下さいよ、課題のない国なんて一つとしてありませんよ。

国にやってほしいことを、勤めている会社に不満を、要望するのも大事なことではあるけれど、国をつくるのも社会をつくるのも私たち一人一人だってことを忘れちゃいませんか。

誰かにやってほしいことを望むより、それを作るのは他でもない自分で、自分は社会に、もっというとまずは近くのあの人から、何ができるのかなあと考えるほうが楽しいですよ。

そうやって、考えられることから、できることからやってみれば、いずれそれが自分を救うことになりますから。これは信念とかではない、事実だと思ってます。

こういう事ばかり言葉にしているから政治家を勧められるのかもしれないな・・・
最近自分の中で感じている再解釈と、自分がパブリックに、社会に生かされてきたのだなという気づきと、だから自分が社会に対してできることをしたいのだという改めての決意を、書いてみましたとさ。





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