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小説 開運三浪生活 22/88「LAST BANKARA」

成績こそ悪かった文生だったが、クラスの居心地はよかった。中学の時のように優等生扱いされることもなかったし、男子ばかりだったので異性の目を気にせず、ふざけあえた。教師も男子校出身者が多く、授業中に下ネタが飛び出すのはいつものことだった。
 
理数科で、文生には特に仲のいい友人が二人できた。
 
別の村の中学から来た木戸とは、中学時代に卓球の大会でよく顔を合わせていた。親しく会話を交わす仲ではなかったが、クラスメイトとして接してみると、下ネタも真面目な会話もそれなりに合わすことができるとわかり、文生はすぐに打ち解けた。すらりとした体型に面長色黒、物静かで適度に理知的な雰囲気を纏った木戸は、あまり目立たない存在ながらどの科目も常に平均点以上で、実に手堅かった。ここが共学校でなくてよかった、と文生は思った。木戸はそれなりに異性にもてるであろうから、文生は嫉妬に狂った高校生活を送っていたかもしれない。
 
邦楽ロックが好きな点も、文生との共通点だった。ブランキ―・ジェット・シティやミッシェルガン・エレファントの話題で盛り上がれるのはクラスで木戸だけだった。木戸は海外の有名なバンドも教えてくれて、時折りCDも貸してくれた。ただ、文生は一度も聴かなかった。一度、木戸から「君ってやつはほんとに頑固だなあ」と半ば飽きられたが、人から薦められると途端に興味を失くす面倒な性質が文生にはあった。
 
 
もう一人は野田と言った。丸顔に大きな目玉に天然パーマ、でも話してみると大人びた落ち着いた口調の野田は、木戸と同じ中学出身で、ダジャレや下ネタの点ではむしろこちらのほうが文生とは馬が合った。おまけに野田も劣等生の部類に入っていた。中学時代に無線の免許を取得したという野田は、機器いじりは好きだが物理と数学がからっきしという屈折ぶりだった。
 
木戸も野田も、文生と同じく理系志望だった。木戸は東北大の機械工学が第一志望、野田は東京の秋葉原周辺で情報通信系の学科がある大学ならどこでもOKという大雑把なスタンスだった。
 
 
翌春、文生の二年進級と同時にH高は共学となり、下の学年に女子が入ってきた。県内の男女別学の進学校が徐々に共学していく話は前々からあった。部活をやらない文生には、後輩との接点がない。共学になったからと言って高校生活に新たな彩りが加わることはなかったが、中学以来ひさびさに見る女子たちは思いのほか柔らかく華やかなオーラを放ち、妙にいきいきとしてまぶしい生き物に見えた。男だけのクラスは確かに気楽だったが、異性と一緒に高校生活を送れる一年生男子がうらやましくもあり、自分には遠い世界の出来事のように思われた。

二年になり、理数科の生徒も理系と文系に分かれた。理科と数学にまったく歯が立たない分際で、文生は迷わず理系を選んだ。とにかく、理系に憧れていた。数学だけでなく英語も出来は悪く、さらに駄目だったのが化学で、進級が危ぶまれるほどのレベルだった。

H高では、中間考査と期末考査の平均点が30点を切ると追試を受けさせられた。いわゆる赤点である。追試で50点を切ると留年が決定する。理数科の生徒のほとんどにとっては無縁の世界――と高をくくっていた文生自身が化学でついに赤点をとったのは、二年生の一学期のことだった。

なにしろ授業がまったく理解できなかった。化学反応を表現した数式が、文生にはただの文字列にしか見えなかった。

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