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小説 開運三浪生活 37/88「西国大学行脚・後篇」

次の日、文生は再び青春18きっぷで長崎を発ち、熊本をめざした。鹿児島本線の車窓からは時折り青々とした田んぼの景色が続き、のどかな夏を思わずにはいられなかった。地元でも見たことのないサギのような白い鳥がやたらと目についた。

車内はすいていた。熊本県内に入ったとき、ボックス席の向かい側に買い物袋を提げた地元のおばちゃんが乗ってきた。気さくな女性で、ときどき文生に何か話しかけてきた。どうやら「旅行中なのか」「学生か」と言っているようだったが、慣れない抑揚と語彙と列車の走行音で文生はほとんど聞き取れず、曖昧に答えて乗り切った。すべてが夢の中で起きているかのように、九州の八月の昼は淡々と過ぎていった。

慣れない寝床が続いたので、この頃になると旅の疲れが溜まっていた。ゆったりと風呂に浸かり、畳に寝転がりたいところだった。一度も洗っていない厚手のジーパンが、いい加減汗で気持ち悪くなっていた。

昼下がり、今回の旅の終着点である熊本に着いた。二月の受験以来の熊本の街は、どこか懐かしかった。広大がある西条で感じた以上に、街はカラっとしていた。盛岡の静かな夏とはずいぶん違っていた。街ゆく人々が纏う空気と、街を走る古めかしい路面電車の光景がそう感じさせるのかもしれなかった。

理学部環境理学科のオープンキャンパスに参加した文生だったが、真新しい情報は得られなかった。曲がりなりにも一度は受験した学科なので念のため再検討してみたが、広大の総合科学部のほうが魅力的に思えた。文生は意を決した。

――受けっつぉ、広大。

広大は、文生が箸にも棒にもかからなかった熊本大の理学部よりもさらに難関とされていた。にもかかわらず、まったく躊躇しなかった。敢えて難関に挑まんとする我が心意気潔し、とまで思った。数学と化学の偏差値が40を割っていた劣等生の彼からすれば、どこの理系学科を受けようが難関に違いなかった。

――行くぞ、広大。

標的が定まり、文生のモチベーションは俄然高まった。熱くなる彼の瞼に、白い陽光に照らされた西条の街とだだっ広いキャンパスがよみがえった。熊本からは針路を折り返して実家をめざす予定だったが、その途中もう一度広島に立ち寄り、来年自分が受けることになる大学をちゃんとこの目に収めておきたいと文生は思い立った。

熊本大に行った翌日の午後、文生の姿は再び広大にあった。日曜ということもあって構内はさすがに閑散としていた。三日前には降りなかった広大中央口という停留所でバスを降り、いくつもの棟を眺めながら、カンカン照りの青空の下、文生は独り構内を散策した。八つの学部がひしめくキャンパスはさすがに広かった。一つひとつの建物が大きいし、緑も多く、池もあり、橋も渡った。

――これだよ。こういうのが大学なんだよ。

総合科学部棟の前に着くと、ほとんど人がいなくなった。文生は広場の真ん中に立ち、いずれ通うことになるであろう赤茶色の学部棟をその目に収めた。

――来年の今頃は、俺、ここを普通に歩ってんだな。

汗を拭きながら文生は妄想し、独り胸を高鳴らし、颯爽とバス停に向かった。滞在時間わずか二十分だった。

 
帰途は山陽・東海道本線で東に向かい、再び東京を経由して福島県の実家に帰った。時季はちょうどお盆に差し掛かっていた。

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