鈴木偏一

マインドが大学生。 https://twitter.com/ichi_hen?s=09

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マガジン

  • 小説 開運三浪生活 #4 太田川憧憬

    数学も化学もからっきしなくせして理系に憧れ続ける懲りない男・田崎文生(19)。「県大」に籍を置きながら挑んだ広島大の受験に失敗した彼は、「ならば」と東北を飛び出し、広島の地で予備校に通いながら浪人2年目の生活を始める。

  • 小説 開運三浪生活 #3 イーハトーブの冤罪

    プライド高く理系に憧れ続ける元・優等生にて現・劣等生のタサキフミオ(20)。せっかく滑り込むことができた「県大」のキャンパスライフに飽き足らない彼は、相変わらず理系への憧れを捨てきれず、仮面浪人を決意する。

  • 小説 開運三浪生活 #2 モノクロ時代

    プライド高く理系に憧れ続ける元・優等生にて現・劣等生のタサキフミオ(20)。東北南端の農村に生まれた彼は、いかにして優等生としてのプライドを育み、その後劣等生に落ちぶれていったのか。その生い立ちから「県大」に滑り込むまでを描く。

  • 小説 開運三浪生活 #1 三浪前夜

    プライド高く理系に憧れ続ける元・優等生にて現・劣等生のタサキフミオ(20)。せっかく進学した「県大」を休学し、広島大の総合科学部を再受験するまでの孤独で独善的な足取りを描く。

  • 十行日記

    日常まわりの雑感を十行でつづる不定期エッセイ

最近の記事

小説 開運三浪生活 62/88「曇り空と数学」

広大総科の後期の試験はあっという間に終わった。手応えと言えるものはほぼないに等しかった。数学は前期よりも難しかったし、英語に至っては長文を読んでいるだけで気持ちが折れそうになった。あまりにも戦う準備ができていなかった。 三月二十日、文生は広大の西条キャンパスに向かった。わざわざ合格発表をその眼で見るためだった。もし合格していたら、速やかに入学後の住居を契約しなければと思ったからである。散々の出来だったのにもかかわらず、楽天的なこの男はまだ合格に一縷の望みをかけていたのである

    • 小説 開運三浪生活 61/88「精神論」

      二次試験本番はあっという間にやってきた。 それなりの努力はした文生だったが、道のりの長さをあらためて感じるばかりだった。化学は知識を足せば足しただけ学力が伸びる実感があったが、数学は三角関数と極限と行列の苦手意識をいまだに覆せずにいた。 数学の世界を理解するのに必要な、先天的な何かが自分には欠けている気がした。高校時代にはぼんやりとしていた苦手意識に、かえって輪郭がついてしまった格好だった。偏差値は40足らずから50手前まで確かに伸びたが、根本的な何かが不足していた。

      • 小説 開運三浪生活 60/88「悲劇のヒーロー」

        一月十三日はすぐに訪れた。文生はJR山陽本線の車両に揺られ、センター試験会場の広大へ向かっていた。 文生が割り当てられた試験会場は法学部の大講義室だった。学部違いとはいえ、志望校でセンター試験を受けることに誇らしさにも似た感慨もあったが、いざ解答用紙を前にした文生はガチガチだった。あとのない二浪のプレッシャーが急に押し寄せてきた。解答用紙の楕円を塗りつぶすのに、やけに時間を要した。思えばこの九ヶ月間、すべての模試を通い慣れた川相塾で受けていただけに、ひさびさの公共の場での受

        • 小説 開運三浪生活 59/88「雪が降らない町」

          十二月の中旬をもって川相塾の後期の講義は終了し、そこからクリスマスイブにかけて五日間の冬期直前講習が組まれていた。文生からすれば、まだゴールすら見えていないのに時間だけが着々と過ぎていく感覚だった。 冬期直前講習には、前期以来ご無沙汰していた講師たちも登壇していた。そのなかに、英文解釈の鬼、中本の姿もあった。前期の講義では女子生徒を泣かすほど容赦しない駄目出しをしていた中本だったが、冬期直前講習では打って変わり、前向きで威勢のいいコメントで浪人生たちを鼓舞していた。 「ほ

        小説 開運三浪生活 62/88「曇り空と数学」

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        • 小説 開運三浪生活 #4 太田川憧憬
          19本
        • 小説 開運三浪生活 #3 イーハトーブの冤罪
          15本
        • 小説 開運三浪生活 #2 モノクロ時代
          19本
        • 小説 開運三浪生活 #1 三浪前夜
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        • 十行日記
          18本

        記事

          小説 開運三浪生活 58/88「窮地の二浪生」

          幸い、翌日は土曜なので講義はなかった。文生は正午過ぎにずるずると布団から這い出た。全身の倦怠が弱まった代わりに左脇腹の掻痒はますます強まっていた。広島駅前のデパート「エールエール」に入っている大型書店のフロアに皮膚科があったのを思い出してトボトボと出かけて行った。 皮膚科は土曜の午後でも受診できた。医者は五十代か六十代か判らなかったが、とにかくシャキシャキと喋る女性だった。 「タイジョーホーシンだね」 昨夜からさらに赤味を帯びた患部を一目見て、女医は即答した。初め

          小説 開運三浪生活 58/88「窮地の二浪生」

          小説 開運三浪生活 57/88「自意識過剰」

          広島の穏やかな秋がさらに深まってきた十一月のある日、マーク模試と記述模試の結果が同時に返ってきた。いずれも前月に受けたものだった。 マーク式は、英語国語地理が快調で800満点中587点でC判定。苦手な数学化学の上積み次第では、広大が手の届く距離に見えたかに思われた。だが、記述式が芳しくなかった。D判定。数学も化学も同程度に低かった。文生は改めて、道のりの果てしなさを痛感した。普段机に向かっている時に感じている焦りがそのまま数字に表れた格好だった。もう二浪の秋だというのに、こ

          小説 開運三浪生活 57/88「自意識過剰」

          小説 開運三浪生活 56/88「野田」

          十月になると、さすがに広島の街を吹く風も秋のそれに変わっていた。東北育ちの文生からしてみれば、ようやく過ごしやすい季節が来たという感覚だった。文生の行動圏はせいぜいアパートから徒歩十分程度にある広島駅南口界隈ぐらいなもので相変わらず狭かったが、初めて迎える広島の季節がいちいち愛おしかった。 (俺は今、広島を歩ってるんだ……) 街を歩くだけで、満ち足りた気持ちだった。広島と言えば市電で十分ほど行った先に市民球場や平和記念公園を擁する中心街があり、広島駅の北口方面には大きな神

          小説 開運三浪生活 56/88「野田」

          小説 開運三浪生活 55/88「白河らあめん」

          若手バンドの名を冠した『スナッパーズの夜間大学校』という三十分番組は、オールナイトニッポンが始まる前の0時半からの枠に放送されていた。 はじめ聞いた時は新手のお笑い集団かと勘違いするくらい、展開されるトークが軽妙でほどよいグダグダ感が癖になった。聴き進めてみると、どうも彼らは広島市内の大学で結成された四人組バンドで、今は東京で活動しているらしい。番組内で数曲流れるポップな彼らの曲は、ほどよい切なさとほどよい華やかさですぐさま文生の耳を捕えてしまった。 その頃文生が好んで聴

          小説 開運三浪生活 55/88「白河らあめん」

          小説 開運三浪生活 54/88「カープ狂」

          九月に入った。 文生の不安と焦燥は結局埋まらないまま、川相塾の後期の講義が始まった。 講義を受けるごとに成長の感触があった前期とは打って変わり、後期はあまりの解らなさに、合格ラインからずるずると引き離されていく頼りなさを自覚する日々だった。数学は偏差値50から先にはなかなか上がれず、有機と高分子化合物の章に突入した化学はまったくついていけなくなった。 伸び悩みを自覚するたびに焦燥が募った。塾で二十時まで自習し、広島駅前のダイエーで総菜を購入し、まだ夏の余韻が残る友愛市場

          小説 開運三浪生活 54/88「カープ狂」

          小説 開運三浪生活 53/88「真夏の夜の騒音」

          アパートに帰り一息つくと、受験への焦燥感が再び頭をもたげてきた。 ――結局、ほとんど勉強できなかった……。 だが、そこは楽天的な文生である。 ――いいや、夜中に取り返す! 十時過ぎにようやく数学のテキストを開き、問題に取りかかった。 が、小一時間過ぎたところで「ちょっと休憩」とラジオをつけたところで集中力が切れてしまった。気づけば邦楽ロックに裏声でハモリなぞ弄している。――わかってる、ラジオなんか聴いてる場合じゃねえ……。さらに小一時間経った頃、文生はやっとラジオを

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          小説 開運三浪生活 53/88「真夏の夜の騒音」

          小説 開運三浪生活 52/88「真夏の徘徊」

          夏期講習も終わりお盆に入ると、さすがに予備校も休校になった。が、浪人生に休みなどあるべくもない。母親から帰省の可否を確認する電話が来たが文生はにべもなく断った。 友人たちとはメールでの数往復があった。広島に来てからも2週間に一度は連絡を取り合っている野田は、この夏は都内でアルバイトに明け暮れると言う。中部地方の総合大学に通う木戸は、サークル内でできた彼女と旅行するのでお盆の帰省は見送るとのこと。県大の同期だった貫介は、例によって夏季休暇の間まるまる岩手県南部にある実家でのん

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          小説 開運三浪生活 51/88「祈りと実り」

          浪人生に夏休みはない。八月に入っても文生は広島に居続け、夏期講習を受けに川相塾に通う日々だった。 それにしても、初めて過ごす広島の夏は暑かった。まず、東北とは日差しの力からして違った。朝八時を回ったばかりだというのに、文生の背中にはじっとりと汗が噴き出していた。 塾への道すがら、横断歩道の信号機が切り替わるのを待っていると、ふいにサイレンが鳴った。文生は少しビクッとなって、すぐ気が付いた。 ――ああ、これが広島の八月六日か。

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          小説 開運三浪生活 50/88「定位置」

          文生が徹夜で訳したこの日の長文は、京大の過去問とのことだった。道理で難しいはずだと文生は納得した。ある女子生徒が中本に指名された。初めはきれいな日本語訳がすらすらと読み上げられたが、途中で出てきた「produce speech」のところで中本の眼が鋭く光った。 「スピーチを生む? 何その日本語。それで意味伝わります? 話にならんね」 ただでさえ静かな講義室が凍りつく。 「speechを生むってどういうことですか? こういう英語をきちんと日本語にできるかどうかなんよ、でき

          小説 開運三浪生活 50/88「定位置」

          小説 開運三浪生活 49/88「オールナイトエイブン」

          水曜の文生は朝から強カフェインドリンク「眠眠打破」をかっくらい、グロッキーな状態でいつもより十分以上早く家を出る。一限目の講義「英文解釈」で講師の真ん前の席を陣取るためである。 「キミら、そんなんじゃけ浪人するんよ」 中本という、優男の風貌に似合わず攻撃的な語り口の中年男性が講師を務める英文解釈は、文生が受講した川相塾の講義のなかで飛びぬけて厳しかった。要するに長文の和訳問題をひたすら解くのだが、有名大学の過去問が出題されることもあり、ただでさえ辞書片手にちまちまと考えな

          小説 開運三浪生活 49/88「オールナイトエイブン」

          小説 開運三浪生活 48/88「まっちゃん・ギバちゃん」

          丸本なるみへの消極的な片思いを継続する一方で、肝腎の学力のほうは少しずつだが伸びていった。 高校時代には雲をつかむような感覚にとらわれていた二次関数をようやく理解できつつあったこと、同じく高校時代にはまったく頭に入ってこなかったいくつもの化学元素の特徴が知識として定着してきたことが大きかった。なるみのことはときどき思い出していたが、顔を見れるのは週に一度の化学実験の時だけだったし、講義と予習と復習で一日は過ぎるので、恋愛に没頭する余裕などなかった。 川相塾に通い始めてから

          小説 開運三浪生活 48/88「まっちゃん・ギバちゃん」

          小説 開運三浪生活 47/88「炎の男」

          週に一度の化学実験で同じグループになった丸本なるみと文生は、週を重ねるごとに少しずつ打ち解けていき、他のグループメンバーを交えて勉強会をやったり、時にはふたりだけで紙屋町や八丁堀といった広島の中心街に繰り出すまでに仲を深めていった。

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          小説 開運三浪生活 47/88「炎の男」