#エッセイ 『まずはお医者さんに行ってみました!2』

 さてさて、先週胃腸科の先生に書いてもらった紹介状を握りしめ、東京都がやっている大きな総合病院にやってきました。事前に予約を取っていたので、受付に行くと、早速外科に行くように言われ、そこの待合所の長いすに座って待つことにしました。そして待つこと約五分で診察室に通されました。先生は紹介状にサッと目を通して
『フムフム、鼠径ヘルニアね・・』というとその患部を目視して
『じゃぁ、手術しましょうかね・・』と言いました。
“手術”と聞くとドキドキです。心配だから、いや心配というより怖いから聞けることは何でも聞いておこう!そう決意していたので、まずは
『このぉ・・・手術って痛いんですかね・・・?』と聞くと
『うーん・・手術中は全身麻酔ですから痛みなんて感じませんよ。ただ術後に麻酔から醒めると人によっては多少の痛みは感じるようですね。そーですねぇ・・外科の手術全般に言えるのですが、術後の痛みは女性より男性の方が感じやすいみたいですね。』とサラッと答えてくれました。
“ん!何だと!俺は男だからな・・・そじゃあ痛いんじゃん・・”と思い、こうなると恥も外聞もあったもんじゃありません。先生のその答え終わる前に
『僕は怖がりでしかも痛がりですから、何とかなりませんかね・・?』と聞いたら、お医者さんは目を丸くして
『ん?何とか・・?ふふ・・(笑)。まあ術後の痛みに関しては、痛み止めもありますから心配いりません。この手術は簡単ですし、術後は2,3日すれば元気になりますから大丈夫です・・(笑)』とまたサラッと答えて終わりです。“いやいや俺の質問は痛みを無くしてくれだぜ!先生!大丈夫ってなんだよ!”と思ったのですが、そう言われるとこれ以上の質問は思い浮かびません。とりあえず分かったような、分からないような気分のまま『ハイ!』と返事をして手術をする事を受け入れる事にしました。何とも情けないもんです。先生に質問をするならせめて“治るでしょうか?”とか“再発の恐れは?”という質問をするべきなのかもしれませんが、“痛くないですか?”とは自分でも“俺はアホか?”と思います。
 手術をするとなると、その日はその後に血液の検査やレントゲンを撮ったりと、何かとやる事があるもんで、瞬く間に時間が流れていきました。そしてその日の最後には麻酔科の先生との面談が残っていました。麻酔科の先生の部屋は中央手術室の横にあります。何日かしたらここで手術を受けるのかと思うと気分はブルーです。とは言え仕方が無いので、その部屋に色々な種類を持っていそいそと入り、その日の最後の診断をしてもらう事にしました。そこでの先生とのやり取りは診断というよりアンケート調査のような質問が多く、アレルギーの事や両親の病歴などを聞かれ、それらには全て問題が無く終わろうとした時に、僕よりうんと若い麻酔科の先生は書類に何か書き込みながら目も合わせずに
『何か質問はありますか?』と聞くので、咄嗟に思い付いた事として
『あの~・・麻酔で眠っている最中は夢とか見るのですかね・・?』と聞いてみました。
これは実際に昔から思っていた疑問だったのですが、質問を聞いたその先生は目を点にして
『ん・ん?夢・・・?うーん、自分で自分に麻酔をかけた事がないから分からないけど、どうなんでしょうね・・・。ハハ・・聞いた事ないなぁ~』と一応答えてくれました。
   きっとそんなバカな質問は誰もしないのでしょう。自分でもバカな質問をしたもんだと思っていたら、先生の横に座っていた若い女性の看護師が書類で顔を隠しながら下を向いて笑いを噛み殺していたのです。医療関係者からすればやはりバカな質問だったのでしょう。何だか自分がとても頭の悪い人間に思えて、“今の質問取り消し!”と言いたい気分になりました。そんなこんなで手術前の診断と検査が終了しました。

 多くの人は自分が病気になるとやはり不安になると思うのです。頼みの綱は目の前のお医者さんだけです。その患者の病状にもよりますが、みんなすがるようにお医者さんに色々尋ねると思うのです。お医者さんにしてみれば、患者を診る事が仕事です。毎日何人もの同じような症例を診ているとそれぞれの患者に対する気持ちが少し麻痺して、一人一人に寄り添うという気持ちは薄れてしまうのではないでしょうか。でも僕はそれを責める気にはなれません。僕も会社の仕事を機械的に処理している瞬間は多いです。そこに一回一回心を込めるという事はあまりありません。もちろん仕事としてやらなければいけない事と割り切って処理をかけるという感じで多くの日々過ごしています。でも僕が会社でしているその仕事の先にはお客さんがいるのですよね。自分自身がそんな感じで仕事をしているのに、お医者さんにだけそんな高尚な事を求めるのも酷かなと思ったりします。確かに『医は仁術』なる言葉はありますが、それは主語を変えればどんな仕事にも当てはまるはずです。多くの人の人生の最後の砦になりうる仕事だからこそ、医者にだけこんな文言があるのでしょうか・・。今までに治療をしてくれた多くのお医者さんはやるべこ事はキッチリしてくれていますので、それで僕は十分だと思っています。たとえお医者さんが素っ気なくてもそれでちゃんと治してもらえれば僕は患者として感謝しますし、これ以上何かを求めようなんて思わないのです。
   普段はそんな事を思ったりしているのですが、その日の病院からの帰り道に昔見たテレビの事を思い出していました。かつて子供の頃、母親と観ていたテレビのある番組で、とある年老いたお医者さんが泣いているという光景を見た記憶を思い出したのです。その先生の名前は憶えていないのですが、何でも有名な外科医で胃癌の権威とされていた方だったと記憶しています。その先生はご自身が胃癌になって初めて患者さんの気持ちが分かったと嘆いていました。ご自身が医者として診察をしていた当時、多くの患者がすがるように質問をしてくるのですが、それに対して真摯な態度で向き合ってこなかった事を反省し泣きながら語っていたのです。ご自身にしてみれば自分が医者としてやるべきことはちゃんとやってきたし、この先この目の前の患者がどうなっていくかという事もよく分かっていたので、それにいちいち答えるという事が面倒くさいと思っていたようです。それで患者には冷たい態度を取ってしまった自分がいかに愚かであったかと嘆き悲しんでいました。その年老いた先生もご自身が癌になり死というものが目の前に突き付けられた時に初めてかつて自分にすがってきた患者の気持ちが分かったのでしょう。そういった意味では医者という仕事は大変です。病気と向き合うという事はやはり人(患者)と向き合い、そしてそれはいつの日にか死というもを迎えるであろう未来の自分とも向き合っていく事になるのでしょうから。人の痛みとは心の痛みであっても、体の痛みであってもやはり自分の身に降りかかって来ないと本当の意味では理解は出来ないのでしょうね。それは僕らのような普通の生活をしている人でも、お医者さんでもその感覚は同じなのではないかと思うのです。そうなると、僕は人の病気を治してあげる事はもちろん出来ませんが、時と場合によっては苦しんでいる人に寄り添ってあげるというここもあまり出来ないのかもしれないと思い少し不安を覚えました。
    今回の僕の症例は医学的には大したことは無いので、痛そうだ何だと意気地ない事ばかり考えていましたが、でもこれから先、年老いて自分の身に何か大きな病気がやってきたら僕はそれを自然の摂理と思いながら前向きに治療に臨めるだろうかと考えると、今の僕では無理だろうと考えてしまいました。今回の手術では健康を取り戻せるであろうという安心感と共に、未来の自分がどんな感じで老いと死に向きあって行くのだろうかとぼんやりと考えてしまったのです。
 二週間後には入院して手術です。(続く)

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