Yasushi Kaneko

青山ブックセンター「KOD(研究社オンライン辞書)を使った翻訳演習」の講師、金子靖(研…

Yasushi Kaneko

青山ブックセンター「KOD(研究社オンライン辞書)を使った翻訳演習」の講師、金子靖(研究社編集部)です。同講座の補習のような形で始めた『図書新聞』そのほかでの書評演習。 本を書店で買って読む、論じてみる。 このことを一緒に考えたくて始めた補習です。

最近の記事

岩本明評 尾崎俊介『アメリカは自己啓発本でできている――ベストセラーからひもとく』(平凡社)

知られざる秘境、「自己啓発本」の世界を旅する――軽妙な筆致でアメリカ社会とアメリカ人の心理状況を明らかに 岩本明 アメリカは自己啓発本でできている――ベストセラーからひもとく 尾崎俊介 平凡社 ■奇妙に説得力があるタイトルだ。巷間に溢れる自己啓発本ロングセラーの大半はアメリカ人作家の手によるものだし、このジャンルの広告に踊る過度に前向きなメッセージは典型的な「勝ち組のアメリカ人ビジネスマン」のイメージそのものに見えるからだろう。  しかし考えてみると、私たちが「自己啓発本

    • 眞鍋惠子評 原田マハ『板上に咲く――MUNAKATA‥Beyond Van Gogh』(幻冬舎)

      〈ひまわり〉に魅せられた男の冒険を支えた妻が語る「世界のムナカタ」誕生の物語 眞鍋惠子 板上に咲く――MUNAKATA‥Beyond Van Gogh 原田マハ 幻冬舎 ■「スコさは、ゴッホになるんだもの。世界一の絵描きになるんだもの」これは棟方志功の妻の言葉。日本を代表する版画家を生涯支えたチヤが抱き続けた信念である。そしてこの言葉どおり、彼は「世界のムナカタ」となる。 『リボルバー』『風神雷神』『たゆたえども沈まず』など美術作品をテーマにした小説を数多く発表しているア

      • 奥田みのり評 エリザベス・ミキ・ブリナ『語れ、内なる沖縄よ――わたしと家族の来た道』(石垣賀子訳、みすず書房)

        二つの人種のルーツを持つ著者のアイデンティティを巡る回想記――母親のルーツを知ることは、沖縄を知ること。すなわち、米国が沖縄にしてきたことを知ること 奥田みのり 語れ、内なる沖縄よ――わたしと家族の来た道 エリザベス・ミキ・ブリナ 著、石垣賀子 訳 みすず書房 ■ヨーロッパ系とアジア系、二つのルーツを持つ子は、どんなふうに自己を形成していくのだろうか。本書は、二つの人種のルーツを持つ著者が、アイデンティティといかに向き合ってきたのか、その半生をつづった回想記である。  著

        • 遠藤康子評 村上春樹『デヴィッド・ストーン・マーティンの素晴らしい世界』(文藝春秋)

          村上春樹の脳内ジャズ談義とジャケットデザインが一挙に楽しめる熱いエッセイ――目でも耳でも楽しめるジャズ本 遠藤康子 デヴィッド・ストーン・マーティンの素晴らしい世界 村上春樹 文藝春秋 ■村上春樹が、ジャズに対する深い造詣と愛情をこれでもかと言わんばかりにぶつけてくるエッセイだ。ものすごい熱量を感じるが、かといって押し付けがましくはなく、村上の脳内で繰り広げられるジャズ談義がそのまま文字になったような軽やかさもある。  まず、タイトルにもあるデヴィッド・ストーン・マーティ

        岩本明評 尾崎俊介『アメリカは自己啓発本でできている――ベストセラーからひもとく』(平凡社)

        • 眞鍋惠子評 原田マハ『板上に咲く――MUNAKATA‥Beyond Van Gogh』(幻冬舎)

        • 奥田みのり評 エリザベス・ミキ・ブリナ『語れ、内なる沖縄よ――わたしと家族の来た道』(石垣賀子訳、みすず書房)

        • 遠藤康子評 村上春樹『デヴィッド・ストーン・マーティンの素晴らしい世界』(文藝春秋)

          柳澤宏美評 パク・キスク『図書館は生きている』(柳美佐、原書房)

          変化する図書館の苦労話と可能性――韓国出身で、アメリカの図書館で司書として働いた経歴を持ち、「図書館旅行者」の名で旅した世界各地の図書館の情報をSNSで発信もしている著者によるエッセイ 柳澤宏美 図書館は生きている パク・キスク 著、柳美佐 訳 原書房 ■たくさんの背表紙を見ながら図書館の本棚の合間を歩く。今考えると決して広くはない家のそばの図書館でさえ、自宅では味わえないワクワク感を感じたものだ。地元だけでなく、学校や大学、博物館等など、様々な場所にある図書館は、誰もが

          柳澤宏美評 パク・キスク『図書館は生きている』(柳美佐、原書房)

          井上毅郎評 アンナ・アスラニアン『生と死を分ける翻訳――聖書から機械翻訳まで』(小川浩一訳出、草思社)

          人間とともに存在し続ける営み――通訳・翻訳という営みの本質を、歴史上の出来事に著者自身の知見を交えながら紐解く 井上毅郎 生と死を分ける翻訳――聖書から機械翻訳まで アンナ・アスラニアン 著、小川浩一 訳 草思社 ■翻訳・通訳という仕事はおよそ人間が言語を使い始めたときから存在していると考えてよいだろう。そして歴史の中であらゆる仕事が消滅する中、今日に至るまで生き残っている仕事でもある。この事実は翻訳・通訳に対する圧倒的な需要を意味する。今日、母語以外の言語を習得する機会

          井上毅郎評 アンナ・アスラニアン『生と死を分ける翻訳――聖書から機械翻訳まで』(小川浩一訳出、草思社)

          品川暁子評、B・S・ジョンソン『老人ホーム――一夜の出来事』(青木純子訳、創元ライブラリ)

          老人ホームのある一夜を描いた実験小説 九人の意識と行動が同時進行する! 品川暁子 老人ホーム――一夜の出来事 B・S・ジョンソン 著、青木純子 訳 創元ライブラリ ■一九七一年に発表された『老人ホーム 一夜の出来事』は、九人の意識と行動が同時進行する大胆な実験小説だ。登場人物ごとに章立てになっており、それぞれが三十四ページを割り当てられ、ページに番号が振られている。八人の老人と一人の寮母は、同じ場所、同じ時間を共有しており、その意識と行動は一ページ、一行レベルで一致するよ

          品川暁子評、B・S・ジョンソン『老人ホーム――一夜の出来事』(青木純子訳、創元ライブラリ)

          森田千春評 リカルド・アドルフォ『死んでから俺にはいろんなことがあった』(木下眞穂訳、書肆侃侃房)

          疎外感を抱えて生きる移民家族の、切なくもユーモラスな珍道中――世界共通の深淵なテーマを読者に問いかけてくるような作品 森田千春 死んでから俺にはいろんなことがあった リカルド・アドルフォ 著、木下眞穂 訳 書肆侃侃房 ■主人公の男は母国で郵便配達の仕事に就いていたが、ある事件を起こし、妻と幼児と三人で外国に逃亡。現在は不法滞在の身で求職中。掃除婦として生活を支える妻の気晴らしにと家族で散歩に出かけた日曜日、帰路に乗った地下鉄の車両故障をきっかけに坂道を転がるように状況が急

          森田千春評 リカルド・アドルフォ『死んでから俺にはいろんなことがあった』(木下眞穂訳、書肆侃侃房)

          江戸智美評 リチャード・ライト『地下で生きた男』(上岡伸雄、作品社) 

          物語という形で「Black Lives Matter」と声を上げたリチャード・ライト――表題作の完成版が初邦訳、そして多才なライトを知ることのできる多彩な日本語版オリジナル 江戸智美 地下で生きた男 リチャード・ライト 著、上岡伸雄 編訳 作品社 ■第九十六回(二〇二四年)アカデミー賞脚色賞を受賞した『アメリカン・フィクション』は、黒人のステレオタイプ満載の作品を“これこそリアルだ”と歓迎する出版業界が舞台だ。主人公の売れない黒人作家が半ばジョークのつもりで、白人主流の読

          江戸智美評 リチャード・ライト『地下で生きた男』(上岡伸雄、作品社) 

          圓尾眞紀子評 群ようこ『老いてお茶を習う』(KADOKAWA)

          よそのお稽古場をのぞき見しているような臨場感――自分を棚に上げて笑った後は元気がもらえる群さんからのお茶の世界への招待状 圓尾眞紀子 老いてお茶を習う 群ようこ KADOKAWA ■群ようこさんといえば着物関連のエッセイもたくさん書いておられるのでお茶やその他の和のお稽古などはすでに長くご経験済みかと勝手に想像していたところ、このたび六十八歳にして初めて師匠についてお茶のお稽古を始められたとのことだ。今回の新著ではそのお稽古の最初の一年を群さんの心のつぶやきを通して読者は

          圓尾眞紀子評 群ようこ『老いてお茶を習う』(KADOKAWA)

          岩本明評 キム・チュイ『満ち足りた人生』(関未玲、彩流社)

          一人の移民女性が語る、強くしなやかな人生再生の物語――繰り返し何度も味わいたい一冊 岩本明 満ち足りた人生 キム・チュイ 著、関未玲 訳 彩流社 ■本作はケベック在住の作家キム・チュイによる『小川』(二〇〇九)、『ヴィという少女』(二〇一六)に続く三作目の小説である。自身も移民であった作者が、カナダに暮らす移民女性を主人公として新たな物語を描く。  主人公であるマンはベトナムで生まれた。生母はマンを産んですぐに亡くなり、マンは尼僧に拾われ、その後改めて育ての母に引き取られ

          岩本明評 キム・チュイ『満ち足りた人生』(関未玲、彩流社)

          三角明子評 ジョン・バカン著、エドワード・ゴーリー画『三十九階段』(小西宏訳、東京創元社)

          逃亡劇の成否は協力者の見極め次第――退屈な日々から一転して命がけの冒険に乗りだした主人公の心は多いに揺れ動く 三角明子 三十九階段 ジョン・バカン 著、エドワード・ゴーリー 画、小西宏 訳 東京創元社 ■第一次世界大戦前夜のロンドン。約三十年ぶりにアフリカから帰国したリチャード・ハネーは、退屈のあまり、余生を英国で過ごす計画を反故にして、アフリカへ戻ろうと思いはじめていた。ある日、外出から戻り自室の鍵を開けようとしていたハネーに、同じ建物に住むという男が話しかけてくる。そ

          三角明子評 ジョン・バカン著、エドワード・ゴーリー画『三十九階段』(小西宏訳、東京創元社)

          田籠由美評 アーロン・グーヴェイア『男の子をダメな大人にしないために、親のぼくができること――「男らしさ」から自由になる子育て』(上田勢子訳、平凡社)

          「有害な男らしさ」から脱却しよう――特に男の子をもつ父親は一度読んでみてはどうだろうか 田籠由美 男の子をダメな大人にしないために、親のぼくができること――「男らしさ」から自由になる子育て アーロン・グーヴェイア 著、上田勢子 訳 平凡社 ■世の中に潜在する歪んだ形の男らしさを、著者は「有害な男らしさ」と呼ぶ。悲しくても男だから泣けない、男たるもの人の助けを求めない、キレイなものや可愛いものは女向けだから近づかない、生意気な女は黙らす! 育児なんか女がするものだ! ……そ

          田籠由美評 アーロン・グーヴェイア『男の子をダメな大人にしないために、親のぼくができること――「男らしさ」から自由になる子育て』(上田勢子訳、平凡社)

          小平慧評 コーマック・マッカーシー『アウター・ダーク――外の闇』(山口和彦訳、春風社)

          人間の意識と無意識の構造を射抜く現代的な射程――貧しい人々の暮らしの描写は「生活感」にあふれている 小平慧 アウター・ダーク――外の闇 コーマック・マッカーシー 著、山口和彦 訳 春風社 ■社会から孤立して暮らす兄キュラと妹リンジーの兄妹に、近親相姦による赤ん坊が生まれる。キュラは赤ん坊を森の中に捨て、行商をしていた鋳掛屋がその子を拾って連れ去る。リンジーは赤ん坊のことをあきらめられず、家を出て、赤ん坊をさがしてさまよう。一方キュラも、行く先々で仕事を転々としながら妹をさ

          小平慧評 コーマック・マッカーシー『アウター・ダーク――外の闇』(山口和彦訳、春風社)

          眞鍋惠子評 イアン・ボストリッジ『ソング&セルフ――音楽と演奏をめぐって歌手が考えていること』(岡本時子、アルテスパブリッシング)

          音楽好きのあなたへ――音楽家の心の内をのぞき、音楽への新しいアプローチを 眞鍋惠子 ソング&セルフ――音楽と演奏をめぐって歌手が考えていること イアン・ボストリッジ 著、岡本時子 訳 アルテスパブリッシング 音楽好きのあなたへ――音楽家の心の内をのぞき、音楽への新しいアプローチを ■イギリスを代表する世界的テノール歌手による音楽とアイデンティティにまつわる評論集である。「世界に名だたるスーパーテナーの書いた評論ってどんなもの?」と思われる向きもあるかもしれない。著者イアン・

          眞鍋惠子評 イアン・ボストリッジ『ソング&セルフ――音楽と演奏をめぐって歌手が考えていること』(岡本時子、アルテスパブリッシング)

          玉木史惠評 メアリ・ノリス『GREEK TO ME――カンマの女王のギリシャ語をめぐる向こう見ずで知的な冒険』(竹内要江、左右社)

          愛しいギリシャ――ちんぷんかんぷんな人生の救世主 玉木史惠 GREEK TO ME――カンマの女王のギリシャ語をめぐる向こう見ずで知的な冒険 メアリ・ノリス 著、竹内要江 訳 左右社 愛しいギリシャ――ちんぷんかんぷんな人生の救世主 ■推薦するという意味の「推す」から派生した「推し」は、熱心に支持する対象を表す俗語として日常的に使われる。 雑誌『ニューヨーカー』で校正者として二十四年間勤務し、カンマの女王として知られる著者メアリ・ノリスの「推し」は、アイドルでもゲームアプリ

          玉木史惠評 メアリ・ノリス『GREEK TO ME――カンマの女王のギリシャ語をめぐる向こう見ずで知的な冒険』(竹内要江、左右社)