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友人について

【エッセイ】友人について




なんも思いつかないから数少ない友人の話でもするかー。

コイツねー、めっちゃアホなんですよ。アホの度合いでいったら私をゆうに超えてますね。コイツと対談すると相対性理論が厳然と働き、自分がまともだと錯覚する程度には。

幼稚園の頃はコイツとばかり遊んでましたね。主に『地面に落ちたら死ぬゲーム』を楽しんでました。
遊具や影はセーフです。ゆるゆるルールです。多分お互いの影も利用してワープとかしてたと思います。

ある日、園内の端っこの茂みの前で私は佇んでいました。この間の休み時間に精魂込めて作った泥団子が何者かに破壊されていたからです。
せっかく隠していたのに……どうして……あと関係なかったです。

記憶は飛んで、次はお招きされたコイツの誕生日パーティーですね。
私は誕生日といえば家で適当に済ますモノだと信じておりましたから、たくさんの人が集まるパーティーに底知れない居心地の悪さを感受していました。
なので相対性理論に従い、早退しました。

不思議なことに、小学校の時のコイツの記憶が一切ありません。転校してきた別のヤツの記憶が多いです。

中学校からまた仲良くなりました。
ですが思春期まっさかりなので、異性やらカーストやらが阻害として働き、度々居心地が悪かったです。
コイツは異性に親しくされると底知れなく調子にのるタイプで、相対的に幼馴染の私をないがしろにしてきやがりました。

話は少し飛びますが、家族によく友人との距離感について言及されます。
『友人ならもっとこうすべきだ』みたいに。
正直『❓』です。
私はどこに友人が居ようと、元気ならソレでいいというスタンスなので、過度な詮索は絶対しません。ていうか、興味が湧きません。

『えっ……元気ならソレでよくない……❓』です。

そんで高校。
これくらいの年齢になると、コイツの調子のり具合は加速し、アインシュタインも光について思考を深めるのを放棄しました。
度々『んだよコイツ‼️』と思ってましたが、この頃は私の家によく泊まりにきてました。
メントスを買ってきてほしいと毎回お願いしてました。我々の主食はメントスなのです。

お互い社会に出ましたが、未だにコイツが何をやってるのかよくわかりません。
去年は休職してたみたいですが、話を聞く限り結構なお給料を不労で得ており、一見すると生活に不便はなさそうでしたが通帳はマイナスに傾いているとか。

仕方なく追求していくと、様々なローン、特に『100万円』もする立派なカメラの支払いに追われているとか。
私は鼻で笑い捨て、『そんなカメラじゃないとできない事って何❓ 売れ』と、有益なアドバイスをしておきました。結果は知りませんが。

――という会話を、5年ぶりぐらい会った今年の正月にしました。
なにやら『べんちゃーきぎょー』とやらで、こき使われているそうです。ざまぁないでし。

まぁ休職というワードの通り、コイツは精神を病んでいます。理由はアホだからです。
アホなので『んな事で悩んでんじゃねーよ❗️』って部分でいちいち悩んでいます。
こういう部分が私と似ているので、スムーズに意志の疎通ができるのでしょう。

コイツがウジムシみたいな生活を繰り返す中、いつお勉強をしているのか定かでありませんが、結構な知識の量と見解を持っています。なので中々に話がいがあります。

正月明けから復職したようですが、きっとまたこき使われているのでしょう。
時折そんな、都会で(元気に?)頑張っているコイツを想像し、空に向かい鼻で笑ってやるのです。


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