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青果うりば

【短編】人間のお話です


望んでいたような日々は遠くて、大きなコンテナに揺られる振動の中、腐乱の種を宿した私たちは今日も。
朝に抱かれる手、肩に置かれる夜の手。
どこへ行っても目が、石に塞き止められた小川の中の小さな【🍎】すらも。
なんとなく耳たぶを触ると、血が通っていないかのように冷たくて。視線はただ、釘付けで。

普通の果物として流通したかった。
でも現に私は、こうして古着の匂いが立ち込めるようなショーウィンドウ🪟の前から動けなかった。

選択は他にもあったハズなのです。
『シンボル』としての、という脆弱な逃げ。でも、確かめたかった。
個人的な趣味程度で、大抵の人は終わっているのかな? どんなふうに、何を考えながら……コレを。

帰宅し着用。鏡をじっと。
夕日の🔴と、子どもたちの喧騒が、耳元を流れ去るかのように。静寂と鼓動が、友人や家族の顔が。
暗闇の中糸をひいて、頼りない枝にしがみついた【蛹】が……いえ、今日はここまで、これで。

『シンボル』の着脱を一度でも行った私が、純粋な眼でこの雑踏を眺めるなどと。
『生』という名の揺らぎに疑いすら持たず、記号的で社会的な自己はもう、とっくにさ。

今日も演目は『私』

いつもの この顔の 思考の おしゃべりの
あそこの家の 〜のような どこにでもいる

小川の先に蔓延る、懐疑主義者ですら疎まれているのに。だからわかるよ。私はもう、対岸に立っているワケじゃない。
中立の鴨ですら、私を視界に入れないだろう。

それでも私は笑ってた。
ナイショの【🍎】を、自分で見定めたのだから。
小川の中の【🍎】も、雨続きの最近が押し流してくれた。

駆けて、飛んで……次第にゆっくり。

帰宅し着用。鏡をじっと。
箱の中の更に小さな箱の中の私の【眼】には、どうしてか、涙がうかび、もっと小さく、自分を抱きしめた。


腐乱の種を宿した私たちは今日も。
ただ静かに、部屋の掃除を始めた。




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