青山泰の裁判リポート 第7回 1パック322円のミニトマトを万引きした女性は、なぜ懲役2年の実刑になったのか。

全文無料公開。スキや、フォローや、投げ銭などをしていただける記事を目指しています。一人でも多くの方に読んでいただけるとうれしいです。

「万引きは女性に多い犯罪」というイメージがある。
実際には、令和3年に刑法犯で検挙された女性のうち、万引き犯は約54%(男性の場合は約22%)。
65歳以上の高齢者に限れば、検挙された女性の約72%が万引きによるものだ(令和4年度 犯罪白書)。

小森圭子被告(仮名・85歳)は、法廷に入るとき傍聴席をちらっと見て、裁判官に向かって深く一礼した。
長い金髪をブルーのゴムで束ねた小柄な女性だった。
サーモンピンクのポロシャツに紺のジャージ上下。ファスナー部分にはピンクのラインが入っている。スリッパも鮮やかなピンクだ。

罪名は常習累犯窃盗罪。
ミニスーパーで、ミニトマト1パック322円を万引きした。
備え付けの買い物かごを使わず、自分のショルダーバックに入れた長ネギ、キャベツは会計したが、バッグの底にミニトマトが残っていた。店を出たところで、店員が声をかけると「あら、入ってたの?」と。
右手で持っていたミニトマトを左手に持ち替えたとき、間違ってバッグ内に落としてしまった。レジで会計し忘れた。盗む気はなかった」と主張した。

犯行時、小森被告は
約14万円の現金を持っていた

駆けつけた警察官には「お金は持っているんだから、払えばいいんでしょ。10万円以上持っているので、盗むわけがない」と。
確かに犯行当時、小森被告は約14万円の現金を持っていた。

しかし、防犯カメラが、犯罪を克明に記録していた。
店内の人気のない場所で、被告人がミニトマトを意図的にバッグに入れているところを。

どうして現金を持っているのに、ミニトマトを万引きしたのだろうか? 
長ネギとキャベツは、きちんと会計しているのに。

考えられる理由は、「本当は払うつもりだったのに、忘れてしまった。万引きするつもりはなかった」と装うためだろうか。もしかしたら万引きが発覚した時、持参したお金で代金を払って、見逃してもらった経験があるのかもしれない。

検察官が追及するが、
質疑応答がかみ合わない…

検察官が追及する。小森被告は、かなり耳が聞こえづらい様子だ。
――店の外で店員に声をかけられたことを覚えていますか?
「覚えていない」
――「もしもし、カバンの中を見せてもらえませんか?」と言われませんでしたか? 
なんで警察を呼ばれたのかわかりますか?
被告人は無言のまま、首をひねっている。
――名前、住所、生年月日を聞かれましたよね。
「申し訳ない、思い出せない」
――名前は嘘つきましたよね。
「名前は2つある、もう一つの名前を言っただけ。DJの名前、それで仕事してるんだから」――生年月日も嘘言いましたよね。
「知らない、誰がそんなこと言ったんですか?」
――住所の部屋番号も違った。
「なんで嘘つかなきゃいけないんですか?」
――昨年10月まで、栃木刑務所に入ってましたよね?
「わからない」

噛み合わない質疑応答が続いた。
傍聴席の男女がお互いの顔を見合わせ、呆れたように苦笑いしている。

常習累犯窃盗罪は、
3年以上の懲役刑

常習累犯窃盗罪は、窃盗や窃盗未遂を繰り返し犯している人に対する罪で、3年以上20年以下の懲役。罰金刑がない。
通常の窃盗罪(10年以下の懲役、または50万円以下の罰金)より重い。
過去10年間に、窃盗罪で裁判にかけられ、6か月以上の懲役刑を3回以上受けた人が、再び窃盗を行った場合などに適用される。

検察官の求刑は、懲役3年。
備え付けの買い物かごを使わず口の開いたトートバッグを持ち、野菜を手に持って店内を歩き回るなど、計画的犯行。
前科5犯で、法を守る意識が鈍麻している。
認知症の症状とは、趣が異なる、との医師の診断がある。完全責任能力がある、と。

被告人は「盗んだつもりは
ありません」と主張

被告人は「盗んだつもりはありません」と主張。
弁護士は、被告人の主張を繰り返した。
「小森さんは認知症で心神耗弱状態だった。過去に、アルツハイマー型認知症と診断されたことも」と。

最後に言いたいことは? と裁判官に問われ、小森被告は証言台でうなずくだけ。
裁判官は「特にないんですね」と。

判決は懲役2年
被害額が小さく、14万円の現金を所持していたことなどの情状を酌量して減刑した、と。

被告人は、首を何度もひねって、納得できない様子だった。
判決理由を説明するため、裁判官から座るように何度か言われるが、よく聞こえないよう。刑務官に促されて証言席に座った――。

57歳の女性は、1320円の
ヘアトリートメントを万引きして…

被告人席の岡崎恵子(仮名)は、憔悴している様子だった。
体を右に傾けていて、うつむいて目をつぶっている。ときおり首を小さく小刻みに左右に動かして、じっとしているのが辛そうだ。
茶髪を束ね、眼鏡をかけている。淡いサーモンピンクのシャツにクリーム色のコットンパンツ姿。年齢は57歳だが、もう少し年長に見えた。

岡崎被告は、原宿のコスメショップで、ヘアトリートメント1本1320円を万引きした。
左腕にかけたスヌーピー柄のバッグに商品を入れ、その上に脱いだ上着をかけて、そのまま退店。現行犯逮捕された。
犯行時、6万5000円の所持金があったのに、万引きしたのだ。

保安員から「会計していない
商品がありますよね」と

犯行を目撃していた保安員が、声をかけた。
「会計していない商品がありますね」
「そんなことはやっていない。お金を払えばいいんでしょ。私は帰る」
と立ち去ろうとした、という。

法廷では、声が震わせながら、「間違いありません」と万引きを認めた。
供述では「自宅に持ち帰って使うつもりだった。お金を払うこと自体がもったいないと思ってしまった」と。

岡崎被告は前科4犯。
平成30年に窃盗で懲役8月執行猶予3年、パンケーキを盗んで懲役7月執行猶予3年、懲役1年などの判決を受けている。
令和5年8月に仮釈放されて、メンタルクリニックに通っていた。

自閉スペクトラム症などと診断されたが、治療は続けなかった、という。
「デイケアに来て欲しいと言われてケンカして。次に通った病院では入院を勧められたが、入院しなかった」と。

50歳を過ぎて、万引きを
繰り返すようになった。

取り調べでは「50歳を過ぎてから万引きを繰り返すようになった。スリルがある、興奮する、達成感がある。行為そのもので異常な興奮状態になる」と供述。
万引きした商品の多くは自宅の一室に保管していて、使用していない。

弁護士による質問に、か細い声で答えていく。
母と実家で暮らしていたが、出所5か月後から万引きをするように。主に化粧品と本。犯行は週に1回程度。
強迫性障害が出始めた。鍵がかかっているか、電気をちゃんと消したかが気になる。
父の遺産で2000万円の貯金があるが、お金が減る一方なのが不安になって仕方がない。

「犯行時は、頭の中が
真っ白になってしまって…」

「犯行時は頭の中が真っ白に。取ることに夢中になってしまう。
捕まったり、刑務所に行くことになるとか、考えられない」
声をかけられて抵抗したのは「逃げたかったから」

自分が使っているコスメブランドのキャンペーンがあり、試供品がもらえるのでそのお店に行った、という。
お店は客が手にしたものは販売しない方針なので、弁償額は計19万9000円に。
「弁償金は自分のお金から支払いました。被害者の方々には大変申し訳ないと思っています。(今後については)就労支援を受けて仕事をしたい。病院へもかかさず通院したい」と。

裁判官が事実を確認しようと質問をするが、疲れたのか、乗り気でないのか、かなり投げやり。「答えたくありません」と。

検察官は、常習性を糾弾する。
「手口は巧妙で手慣れたもの。金額が軽微だが、盗癖は根深い。
前科4犯で前歴2件。万引きが発覚したとたん、入院して治療を受けると主張した。再犯可能性が高い」

求刑は懲役3年。

弁護人は「防犯カメラを
気にせず、計画性がない」

一方、弁護人は、「懲役1年6月が相当」と主張した。
「金額が軽微で、手に取ったものすべてを買い取っている。
防犯カメラを気にする様子もなく、計画性がない。確定診断は受けていないが、病的窃盗。充分なお金を持っているのに万引きするのは、明らかに病気の影響がある」と。

被告人は、証言台で弱々しい声で謝罪した。
「被害者の方々には、大変な迷惑をかけてしまいました。そして家族にも心配を。コーディネーターさんの力を借りながら、精一杯やっていきたいと思っています」

判決は懲役1年。
万引き1件1320円。被害額は軽微だが、大胆で手慣れた犯行。
弁護側は精神障害の影響があると主張するが、「欲しかったが、お金を払いたくなかった」という主張は合理的で、精神障害を前提にしなくても成り立つ。
累犯窃盗での裁判は初めて。商品を買い取って弁償して、精神的な治療を行うと言っている。

裁判官は被告人を諭す。
「裁判のことを忘れずに、約束をきちんと守ってください。今回を最後にしてください」
被告人は裁判官に向かって、少し右に傾いた頭をゆっくりと下げた。

両被告の自宅には、
万引きした大量の商品が……

弁護士によると、小森被告の自宅には消費できないほど大量の食料品が保管されている、という。岡崎被告宅の1室にも、未使用の化粧品があふれている。
大量の商品に囲まれていないと、不安になるのだろうか?

万引きは、お店にとって、経営を左右する死活問題だ。
保安員や防犯カメラを配置するなど、相当な経費もかけている。
万引きを重ねる2人の被告人に、もちろん同情の余地はない。

しかし85歳と57歳の2人の女性がこれまで歩んできた人生に思いを巡らすと、複雑な気持ちになってしまう。そして、これからについては――。

322円のミニトマトを万引きして懲役2年。
1320円のヘアトリートメント万引きで懲役1年。
再犯防止のために、刑罰はどれほどの効果があるのだろうか――。
刑罰だけでは限界がある、と感じるのは私だけではないだろう。
 

ここから先は

0字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?